面識のなかった同級生と名前のない関係になったら、隙間なく重なる相性で離れられなくなった【完結】

 仕事の炎上案件がようやく片付き、午後半休をもぎ取った俺は、自室のベッドに寝転んで天井を見上げていた。

 あの日から、このシーツに包まるたびに、あの肌の感触を思い出してしまっていた。

(……一体、なんだったんだあれは)

 相性が良すぎて、何度も我を失いそうになった。
 あんな感覚に陥ったのは、俺だけなのだろうか。

 そう思いつつも、彼女がこの中で見せたいろんな表情を思い出すと、向こうも同じように感じてくれていたのではと自惚れたくなる。

 あれから、連絡はとっていなかった。

 調子に乗っているかもしれないが。
 これまではいつも相手から連絡先を聞かれていたので、自分から聞くという発想が抜け落ちていたのだ。

 藤崎に頼めばわかるのかもしれないが――怪しまれる気がする。

 また会いたい気持ちはあったが、行動には移せずにいた。

 ダラダラと時間を消費していた、十五時頃。
 ちょうどその藤崎からメッセージが入る。

『今日飲める!?』

 またしても急な誘いだった。
 時間はあるし、『行けるけど』とだけ返すと、あいつは仕事中のはずなのにすぐに返信が飛んできた。

『よかったーー!! いや、勇気出して坂本さんを誘ったんだけど、「え?二人?」ってちょっと警戒されたから来て!!』

 女々しいやつだな、とため息をつきつつも。
 画面に映る『坂本さん』の文字を見て思考が止まる。

(……高梨さんも、来たりすんのかな)

 胸の奥でわずかに膨らんだ期待を隠し、了承した。


 指定された居酒屋に入り、最初は藤崎と二人で適当に喋っていた。

 少し遅れて坂本さんも合流し、三人で会話を進めるものの、一向に高梨さんの名前は出ない。

 しびれを切らした俺は、グラスのビールを喉に流し込んだあと、口を開いた。

「……高梨さんは? 呼ばないの?」

 向かいに座る藤崎と坂本さんが、驚いたように目を見開く。

「どうしたの? 史人。珍しい」と藤崎。
 坂本さんは「あっ、連絡してみよっか?」と、サッとスマホを取り出して電話をかけ始めた。

 彼女はしばらくスマホを耳に当てていたが、高梨さんは出なかったようだ。

「出ない。まだ仕事中かな?」

 俺は、小さく息を吐く。

(仕事中か、もしくは……別の男といるとか)

 そんな可能性も頭をよぎり、無意識のうちにまたビールを飲み込んだ。

 しかし、すぐに折り返しがあり、仕事を終えた彼女が来ることになった。
 そう聞いた瞬間から、入口のふすまが開くのが待ち遠しくて仕方なくなってしまう。

「いらっしゃいませー!」

 やっと現れた姿に、一瞬、全身に鳥肌が立った。

 前回よりきっちりとした、仕事モードの格好をした彼女に目を奪われ、気の利いた挨拶すら返せない。

 空いていた俺の隣に座ってきた。

「仲良くなったの?」という藤崎の無神経な問いに、分かりやすく狼狽えている横顔を、面白く観察する。

(……いやいや。仲良くなったじゃん)

 心の中でからかう。

 一切のフォローをしない俺に、目配せで無言の抗議をしてくるが、その必死な様子がさらに可笑しさを誘った。

 藤崎の昔話に笑ったり、相槌を打ったりする彼女の声が、すぐ隣で鼓膜を揺らす。
 明るい性格だが、女性の中ではやや低めの、落ち着いたトーン。
 それを聞いていたら、あの夜のよからぬ記憶を鮮明に思い出してしまいそうで――。
 俺は、口数を減らしていた。

 テーブルの下に下ろした手は、彼女に触れたくて仕方がなくて、ずっとそのタイミングを窺っていた。

 帰ろうかという話になり、藤崎が坂本さんに意識を向けた一瞬の隙をついて。
 彼女の右手をそっと握り込んだ。

 ピクッと肩を揺らした彼女は、戸惑い、また抗議する。
 でもやっぱりその手は、俺の手の中にぴったりと収まっていた。

 サラサラな細い指。
 一度触れてしまったら、もう離れられなくて困る。

 坂本さんが起きた拍子に、慌てて離されたけれど。
 俺は、今日も絶対に連れて帰ると、心の底で静かに決めた。

 ◇

 ――パタン。

 音を立てて、玄関の重いドアが閉まる。

 目論見どおり、再び彼女をこの部屋に連れ込むことに成功した。

 電車に乗る前からここまで、ずっと彼女の手を強く握りしめたままだった。

「えっと……お邪魔します」

 この前と同じように、小声で控えめに挨拶する彼女を見下ろす。

 二人きりになった瞬間、わずかに保たれていた理性の糸が切れた。
 靴を履いたまま、まだ電気もつけていない暗い玄関で、思わず顔を傾けて唇を塞いだ。

「…………っ」

 触れ合った瞬間、身体の芯に電流が流れたように感じる。

 頬を両手で包み、痛くならないようにそっと、でも逃がさないように必死で玄関の壁へと追いやる。
 角度を変えて、何度も唇を重ねた。
 吐息が熱くなり、俺の背中に回された手がシャツを握りしめる。
 彼女も必死に応えてくれているのがわかって、もう、完全に自制がきかなかった。

 息も絶え絶えにキスを繰り返しながら、なんとか互いの靴を脱ぎ捨てる。
 そのまま暗い部屋の中へと進み、二人でベッドに転がり込んだ。

 柔らかなマットレスに沈み込み、ブラウスの隙間から滑らかな肌へと手を入れると、小さく抵抗された。

「……芦田くん……っ、シャワー、とか……」

 潤んだ瞳で見上げてくる彼女に、顔を埋めるようにしてすがる。

「……まず一回だけ……」

「…………っ」

 余裕のない声でねだるように囁くと、彼女は暗がりの中でもわかるほど頬を真っ赤に染め、そのまま俺を受け入れてくれた。