順調だと思っていたのに、きのう、あのメッセージが送られてきたのだった。
『合唱部ってそんなに大事?』『オレよりも?』『合唱とか、10年後も続けてると思う?』『オレが尽くしてないとでも?』『キミはなにを捧げられる?』
突風が吹き抜けたようだった。まるで終わりの日が来たと錯覚するくらいに。
走馬灯のように、どころじゃない。ぶわぁっと壱太との日々が駆け抜けて、思い出ってたったこれだけだったかなと落胆しながらも、なんとしても守らなきゃと思った。この関係を壊してはいけない。
壱太と遊べるのは部活がない日、つまり土日だけ。
でもその日はバイトがある。そんなに頻繁に休めるわけでもない。
だから、削れるのは部活だけだ。
壱太のいうとおり、わたしは高校を卒業したら合唱は続けないと思う。
進学先で歌うことに特化した部活とかサークルがあっても、わたしごときがやっていけるレベルでもないだろうし、そんな熱もない。
そうなのだ、わかってしまった。熱もない。
近ごろ合唱部のひとたちからも、冷たい視線を感じる。
あの動画騒動は、わたしだけじゃなく、合唱部みんながバカにされていると厄介者あつかいされた。
辞めるといって止めてくれそうなのはカスミちゃんくらい。
今度の日曜日、他校の合唱部に代わって、うちの合唱部がイベントに参加することになった。なんでも、インフルエンザが蔓延して休校になっているのだとか。
会場まで送り届けてくれるバスも昼食のお弁当も手配されているので、もったいないからそれを引き継いでほしいという。
部員は大喜びだが、わたしはありがた迷惑だとテンションだだ下がりだった。
ただでさえバイトは休みたくないのに。
壱太は部活だったらバイトを休めるのかって、怒ってしまったのだった。
わたしはまだ疑心暗鬼だった。
壱太はわたしをどう思っているのだろう。
壱太からはっきりと告白されたわけじゃないし、好きだよともいわれたことがないが、勘違いじゃないよね?
カスミちゃんは自分から「好き」といったらそれに応じてくれるはず、とアドバイスしてくれた。
その勇気が持てたとき、壱太もはっきりとその気持ちに気づくはずだと。
いうなら今しかない。
『好き』って文字を画面に出してもなかなか送信できずにいた。
そして、最後のメッセージが送られてきて24時間が経ったときだ。
壱太からメッセージが届いた。
『これだけはいえるよ、オレは10年後もキミといっしょに居続けたい』
月がきれいですね
さすがに、これが愛を語る言葉だなんて飛躍しすぎてスルーされても仕方がないが、壱太はずっと素敵な言葉をわたしにくれていた。
それを今さら気づくなんて。
バカだな。
部活に固執していたのも、今となっては意味が分からない。
退部届の出し方を調べようとしたが、やめた。出席しなければそのうち除籍扱いになるにちがいない。
でも、次の日曜日くらいは参加しないことをいっておかないと迷惑をかけちゃうかも。
カスミちゃんに伝えてもらえばいいかな。
登校して教室でカスミちゃんを探した。
すると向こうもわたしに用があったみたいで、名前を呼びながらこちらに来た。
「おはよう。カスミちゃん」
呼びかけに応じると、カスミちゃんはわたしを教室の隅に押しやるように誘導した。
「おはよう。それより、なんかへんなウワサを聞いたんだけど」
カスミちゃんはわたしを気遣うように声をひそめた。
たぶん、わたしの悪口だろうな。
それでもわたしが動揺しないものだから、カスミちゃんはいぶかしげな様子だった。
もうなにも気にすることなんかないんだ。壱太がいればいい。
別になにを思われてもかまわない。笑いたければ笑えばいい。
他人のあら探しばかりしてかわいそうに。
面と向かってはいわないよ。それをいったら、そういう人たちと同じになっちゃうし。
平然と待ち構えた。カスミちゃんの唇が動く。
「北見くん、人からお金借りてるらしい」
「ええ?」
壱太が? 思いがけぬ方向からやってきて、冷静さが吹き飛んだ。
「お金を返さなきゃいけないからバイトしてるとかで」
「ギターは……?」
「表向きそういうことにしてるんじゃない」
「で、でもさ、借りたのなら返すのが当たり前だし、返さないっていってるのなら、ダメだけど、べつに、普通だよ」
わたしはものすごく動揺していたけど、強がった。
カスミちゃんもそんなことぐらいでは引かなかった。
「デート代、いつも払ってるんでしょ」
「わたしは他に使い道ないし、いいの。付き合ってるんだから」
「付き合ってる?」
わたしはきのうのことも全部話した。わたしたちはずっと相思相愛だったってことを。
「それなんだけど……」
カスミちゃんは言いづらそうに一瞬視線を外した。
「北見くんには別の人がいるらしい」
「いないよ」
自分でも驚くほどすぐさま反応していた。
カスミちゃんが目を丸めている。
「だいじょうぶ。つきまとわれているなら、わたしがなんとかする。それより、部活のことだけど――」
「翠ちゃん」
カスミちゃんはわたしの言葉をさえぎって、両肩をがっちりとつかんだ。
「心配だよ」
「わかってる。でもね、わたしにとってはどっちがウソをついているかじゃないくて、どちらを信じるかなの」
カスミちゃんはガッカリしたようにかぶりを振った。
「ちがうよ。知る必要がある。ちゃんとした事実を。それからどうするかを翠ちゃんが決めればいい」
いったん、わたしはトイレに駆け込んだ。
同じ教室にいる壱太を疑う目で見られない。
カスミちゃんはずっと応援してくれていたのに、なんで急にそんなことをいうんだろう。
わたしが壱太と両思いになんかなるはずないと、からかってただけなのかな。
そしたらいつの間にか付き合ってるものだから、嫉妬してるの?
もうなんだかわからない。
せっかく部活をやめる決断をしたのに。
――そうだ。あのカード。
人魚姫のカードを手にしたとき、自分の宿命というか、こうなるんじゃないかなという予感があった。
『人魚姫は声を失う』
わたしは結局合唱部を辞めて壱太との時間を大事にする、そういう選択をするんじゃないかと思ってた。
制服のポケットに手を差し込む。
指先に入れっぱなしにしていたあのカードが当たった。
人魚姫が描かれた不思議なカード。
人間の姿になって海岸を歩いている人魚姫が――
「えっ」
またカードの絵柄が変わっていた。
人魚姫が絶望に満ちた表情で立ちつくしている。
そのすぐ横では人魚の姿をした女性がナイフを握っていた。
それも、刃先が人魚姫に向いている。同胞のはずの人魚がなにかをたくらんでいるように見えた。
この人魚ってカスミちゃん?
同属だったのに。そっち側にはいかせない。そんな気持ちなの?
このカードにはなんらかの意味がある。そうとしか思えない。
これをくれたお姉さんにもう一度会いたい。
――導かれる
そういってた。
あのときはバカにしちゃったけど、わたしの未来を暗示しているようだった。
『合唱部ってそんなに大事?』『オレよりも?』『合唱とか、10年後も続けてると思う?』『オレが尽くしてないとでも?』『キミはなにを捧げられる?』
突風が吹き抜けたようだった。まるで終わりの日が来たと錯覚するくらいに。
走馬灯のように、どころじゃない。ぶわぁっと壱太との日々が駆け抜けて、思い出ってたったこれだけだったかなと落胆しながらも、なんとしても守らなきゃと思った。この関係を壊してはいけない。
壱太と遊べるのは部活がない日、つまり土日だけ。
でもその日はバイトがある。そんなに頻繁に休めるわけでもない。
だから、削れるのは部活だけだ。
壱太のいうとおり、わたしは高校を卒業したら合唱は続けないと思う。
進学先で歌うことに特化した部活とかサークルがあっても、わたしごときがやっていけるレベルでもないだろうし、そんな熱もない。
そうなのだ、わかってしまった。熱もない。
近ごろ合唱部のひとたちからも、冷たい視線を感じる。
あの動画騒動は、わたしだけじゃなく、合唱部みんながバカにされていると厄介者あつかいされた。
辞めるといって止めてくれそうなのはカスミちゃんくらい。
今度の日曜日、他校の合唱部に代わって、うちの合唱部がイベントに参加することになった。なんでも、インフルエンザが蔓延して休校になっているのだとか。
会場まで送り届けてくれるバスも昼食のお弁当も手配されているので、もったいないからそれを引き継いでほしいという。
部員は大喜びだが、わたしはありがた迷惑だとテンションだだ下がりだった。
ただでさえバイトは休みたくないのに。
壱太は部活だったらバイトを休めるのかって、怒ってしまったのだった。
わたしはまだ疑心暗鬼だった。
壱太はわたしをどう思っているのだろう。
壱太からはっきりと告白されたわけじゃないし、好きだよともいわれたことがないが、勘違いじゃないよね?
カスミちゃんは自分から「好き」といったらそれに応じてくれるはず、とアドバイスしてくれた。
その勇気が持てたとき、壱太もはっきりとその気持ちに気づくはずだと。
いうなら今しかない。
『好き』って文字を画面に出してもなかなか送信できずにいた。
そして、最後のメッセージが送られてきて24時間が経ったときだ。
壱太からメッセージが届いた。
『これだけはいえるよ、オレは10年後もキミといっしょに居続けたい』
月がきれいですね
さすがに、これが愛を語る言葉だなんて飛躍しすぎてスルーされても仕方がないが、壱太はずっと素敵な言葉をわたしにくれていた。
それを今さら気づくなんて。
バカだな。
部活に固執していたのも、今となっては意味が分からない。
退部届の出し方を調べようとしたが、やめた。出席しなければそのうち除籍扱いになるにちがいない。
でも、次の日曜日くらいは参加しないことをいっておかないと迷惑をかけちゃうかも。
カスミちゃんに伝えてもらえばいいかな。
登校して教室でカスミちゃんを探した。
すると向こうもわたしに用があったみたいで、名前を呼びながらこちらに来た。
「おはよう。カスミちゃん」
呼びかけに応じると、カスミちゃんはわたしを教室の隅に押しやるように誘導した。
「おはよう。それより、なんかへんなウワサを聞いたんだけど」
カスミちゃんはわたしを気遣うように声をひそめた。
たぶん、わたしの悪口だろうな。
それでもわたしが動揺しないものだから、カスミちゃんはいぶかしげな様子だった。
もうなにも気にすることなんかないんだ。壱太がいればいい。
別になにを思われてもかまわない。笑いたければ笑えばいい。
他人のあら探しばかりしてかわいそうに。
面と向かってはいわないよ。それをいったら、そういう人たちと同じになっちゃうし。
平然と待ち構えた。カスミちゃんの唇が動く。
「北見くん、人からお金借りてるらしい」
「ええ?」
壱太が? 思いがけぬ方向からやってきて、冷静さが吹き飛んだ。
「お金を返さなきゃいけないからバイトしてるとかで」
「ギターは……?」
「表向きそういうことにしてるんじゃない」
「で、でもさ、借りたのなら返すのが当たり前だし、返さないっていってるのなら、ダメだけど、べつに、普通だよ」
わたしはものすごく動揺していたけど、強がった。
カスミちゃんもそんなことぐらいでは引かなかった。
「デート代、いつも払ってるんでしょ」
「わたしは他に使い道ないし、いいの。付き合ってるんだから」
「付き合ってる?」
わたしはきのうのことも全部話した。わたしたちはずっと相思相愛だったってことを。
「それなんだけど……」
カスミちゃんは言いづらそうに一瞬視線を外した。
「北見くんには別の人がいるらしい」
「いないよ」
自分でも驚くほどすぐさま反応していた。
カスミちゃんが目を丸めている。
「だいじょうぶ。つきまとわれているなら、わたしがなんとかする。それより、部活のことだけど――」
「翠ちゃん」
カスミちゃんはわたしの言葉をさえぎって、両肩をがっちりとつかんだ。
「心配だよ」
「わかってる。でもね、わたしにとってはどっちがウソをついているかじゃないくて、どちらを信じるかなの」
カスミちゃんはガッカリしたようにかぶりを振った。
「ちがうよ。知る必要がある。ちゃんとした事実を。それからどうするかを翠ちゃんが決めればいい」
いったん、わたしはトイレに駆け込んだ。
同じ教室にいる壱太を疑う目で見られない。
カスミちゃんはずっと応援してくれていたのに、なんで急にそんなことをいうんだろう。
わたしが壱太と両思いになんかなるはずないと、からかってただけなのかな。
そしたらいつの間にか付き合ってるものだから、嫉妬してるの?
もうなんだかわからない。
せっかく部活をやめる決断をしたのに。
――そうだ。あのカード。
人魚姫のカードを手にしたとき、自分の宿命というか、こうなるんじゃないかなという予感があった。
『人魚姫は声を失う』
わたしは結局合唱部を辞めて壱太との時間を大事にする、そういう選択をするんじゃないかと思ってた。
制服のポケットに手を差し込む。
指先に入れっぱなしにしていたあのカードが当たった。
人魚姫が描かれた不思議なカード。
人間の姿になって海岸を歩いている人魚姫が――
「えっ」
またカードの絵柄が変わっていた。
人魚姫が絶望に満ちた表情で立ちつくしている。
そのすぐ横では人魚の姿をした女性がナイフを握っていた。
それも、刃先が人魚姫に向いている。同胞のはずの人魚がなにかをたくらんでいるように見えた。
この人魚ってカスミちゃん?
同属だったのに。そっち側にはいかせない。そんな気持ちなの?
このカードにはなんらかの意味がある。そうとしか思えない。
これをくれたお姉さんにもう一度会いたい。
――導かれる
そういってた。
あのときはバカにしちゃったけど、わたしの未来を暗示しているようだった。



