そのまま、ぐいぐいと手を引かれてテントの方へと戻っていく。
「ちょ、ちょっと速いって……!」
「戻るぞ!水分補給も大事だからな!」
清次郎くんは振り返らずにそう言った。
さっきまでのことなんて、まるでなかったみたいに。
(……)
その背中を見ながら、私はほんの少しだけ息を吐く。
―――助けられた。
そう思った瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
テントの近くまで来ると、心乃ちゃんがこっちに気づいて手を振った。
「おーい、どこ行ってたん?」
「ちょっとな!」
ざっくりした返事に、心乃ちゃんは「ふーん」とだけ言って、それ以上は何も聞かなかった。
カイジくんは少しだけ安心したような顔をして、ペットボトルを差し出してくる。
「理世ちゃん、大丈夫ですか?」
「……うん、ありがと」
受け取って一口飲むと、冷たいお茶が喉を通っていく。
さっきまでカラカラだったのが嘘みたいに、少しずつ落ち着いていく。
テントの中には、少し濡れてしまって干されているクマ吉と、職員さんに見守られているニュートン。
その光景がなんだかおかしくて、思わず小さく笑ってしまった。
「何笑ってんの?」
「クマ吉……無事かなって」
「あー、大丈夫大丈夫。干してるからだから」
心乃ちゃんは軽く手を振る。
その言葉に、さっきのぺちゃんこの姿を思い出して、また少し笑いがこみ上げる。
「え、本当にどした?」
「さぁ……」
「あ、そうだ」
パンっと何かを思い出したかのように手を叩く心乃ちゃんは、いきなりリュックから財布を取り出した。
「かき氷食べたい」
「お小遣いなくなっても知りませんよ?」
お小遣いとは、家族からの仕送りみたいな感じだ。面会の時に一気に渡される場合もあれば、職員さんに預けた分を分割して毎日渡されるというのもある。
「よし行こ、氷がウチを呼んでる」
「氷に呼ばれることあるのか……?」
「清次郎くん、そうじゃないです。違います」
「まぁ細かいことは気にしない!」
心乃ちゃんはそう言って、くるっと踵を返す。もう頭の中は完全にかき氷でいっぱいらしい。
職員さんについてきてもらって、私達は海の家にやってきた。
海の家は、外から見た以上に賑やかだった。
木の床はほんのり温かくて、どこからか揚げ物の匂いと甘いシロップの香りが混ざって流れてくる。
「うわ、人多っ」
心乃ちゃんが小さく顔をしかめた。
人が多いの、苦手なんだって。
人が多いだけで、空気が重くなる感じ。視線が増えた気がして、息が浅くなる感じ。その気持ちはよく分かる。
「すみませーん!かき氷四つ!」
清次郎くんがまた元気よく注文する。
「味どうする?」
「ブルーハワイ」
「いちごで」
「宇治金時を」
「金時って夏でもあるんですね」
「職員さん達は何にしますか?」
「私はレモンにしようかな」
かき氷を受け取って、職員さんも含めて六人で端の方へ移動すると、少しだけざわめきが遠くなる。
さっきまでのガヤガヤが、壁一枚向こうの出来事みたいにぼやけた。
心乃ちゃんは肩の力を少し抜いて、椅子に腰を下ろした。
カイジくんはそんな様子を見て、何も言わずに席を選んで座る。
清次郎くんは「よし、ここを拠点とする!」とか言っているし、隣では、心乃ちゃんがクマ吉にスプーンを近づけている。
「はい、クマ吉も一口」
「やめて溶けるから!」
「大丈夫、ホームに帰ったら洗濯するから」
そう言って、心乃ちゃんはお財布の中からカードを取り出した。ホームの洗濯機はカードでも現金でも使えるから便利だよ。
海からの帰り道は、行きよりもずっと静かだった。
電車に揺られながら、誰からともなく口数が減っていく。
はしゃぎ疲れたのか、それとも楽しかった時間が終わるのが少し寂しいのか。
私は窓に頭を預けて、ぼんやりと外を眺めていた。
オレンジ色に染まった空と、遠くに見える街並み。 さっきまでいた海が、もう別の世界みたいに感じる。
(……楽しかったな)
それだけで、胸の奥がじんわり温かくなる。
いつの間に眠っていたのか、私は職員さんに声を掛けられて起きた。
優しく肩を叩かれて、ゆっくりと目を開ける。
「……あ、おはよーございます」
ぼんやりとした頭で体を起こすと、窓の外には見慣れた駅のホームが見えていた。
いつの間にか、みんなも支度を始めている。
「ほら、降りるぞ」
清次郎くんが荷物を持ちながら声をかける。
「ん……」
まだ少し眠気が残ったまま、立ち上がる。
「早く帰ってお風呂入りたいです……」
「あかん、ここで横になったら終わる」
「頑張れ!風呂に入れば寝れるぞ!」
「明日のOTはお菓子作りだよねぇー」
「ダメだ!心乃ちゃんが半分寝てる!」
職員さんが肩を軽く揺すると、心乃ちゃんは「んぁ……」と気の抜けた声を出した。
「あー……起床」
「うん、おはよう」
(さすが、職員さん。手慣れてる……)
「心乃くん、完全に寝落ちしかけてたな」
清次郎くんが呆れたように言うと、心乃ちゃんはぼんやりしたまま片手を上げる。
「はよ寝よ……」
「もうすぐホームですから。ほら、荷物は職員さんが持ってくれていますから」
「クマ吉とクマ次郎はしっかり持ってるぞ!」
「あとは歩くだけだよ!」
その後、なんとか気絶しかけの心乃ちゃんをホームまで歩かせることに成功。
パパッとお風呂に入って、その日は爆睡した。
「ちょ、ちょっと速いって……!」
「戻るぞ!水分補給も大事だからな!」
清次郎くんは振り返らずにそう言った。
さっきまでのことなんて、まるでなかったみたいに。
(……)
その背中を見ながら、私はほんの少しだけ息を吐く。
―――助けられた。
そう思った瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
テントの近くまで来ると、心乃ちゃんがこっちに気づいて手を振った。
「おーい、どこ行ってたん?」
「ちょっとな!」
ざっくりした返事に、心乃ちゃんは「ふーん」とだけ言って、それ以上は何も聞かなかった。
カイジくんは少しだけ安心したような顔をして、ペットボトルを差し出してくる。
「理世ちゃん、大丈夫ですか?」
「……うん、ありがと」
受け取って一口飲むと、冷たいお茶が喉を通っていく。
さっきまでカラカラだったのが嘘みたいに、少しずつ落ち着いていく。
テントの中には、少し濡れてしまって干されているクマ吉と、職員さんに見守られているニュートン。
その光景がなんだかおかしくて、思わず小さく笑ってしまった。
「何笑ってんの?」
「クマ吉……無事かなって」
「あー、大丈夫大丈夫。干してるからだから」
心乃ちゃんは軽く手を振る。
その言葉に、さっきのぺちゃんこの姿を思い出して、また少し笑いがこみ上げる。
「え、本当にどした?」
「さぁ……」
「あ、そうだ」
パンっと何かを思い出したかのように手を叩く心乃ちゃんは、いきなりリュックから財布を取り出した。
「かき氷食べたい」
「お小遣いなくなっても知りませんよ?」
お小遣いとは、家族からの仕送りみたいな感じだ。面会の時に一気に渡される場合もあれば、職員さんに預けた分を分割して毎日渡されるというのもある。
「よし行こ、氷がウチを呼んでる」
「氷に呼ばれることあるのか……?」
「清次郎くん、そうじゃないです。違います」
「まぁ細かいことは気にしない!」
心乃ちゃんはそう言って、くるっと踵を返す。もう頭の中は完全にかき氷でいっぱいらしい。
職員さんについてきてもらって、私達は海の家にやってきた。
海の家は、外から見た以上に賑やかだった。
木の床はほんのり温かくて、どこからか揚げ物の匂いと甘いシロップの香りが混ざって流れてくる。
「うわ、人多っ」
心乃ちゃんが小さく顔をしかめた。
人が多いの、苦手なんだって。
人が多いだけで、空気が重くなる感じ。視線が増えた気がして、息が浅くなる感じ。その気持ちはよく分かる。
「すみませーん!かき氷四つ!」
清次郎くんがまた元気よく注文する。
「味どうする?」
「ブルーハワイ」
「いちごで」
「宇治金時を」
「金時って夏でもあるんですね」
「職員さん達は何にしますか?」
「私はレモンにしようかな」
かき氷を受け取って、職員さんも含めて六人で端の方へ移動すると、少しだけざわめきが遠くなる。
さっきまでのガヤガヤが、壁一枚向こうの出来事みたいにぼやけた。
心乃ちゃんは肩の力を少し抜いて、椅子に腰を下ろした。
カイジくんはそんな様子を見て、何も言わずに席を選んで座る。
清次郎くんは「よし、ここを拠点とする!」とか言っているし、隣では、心乃ちゃんがクマ吉にスプーンを近づけている。
「はい、クマ吉も一口」
「やめて溶けるから!」
「大丈夫、ホームに帰ったら洗濯するから」
そう言って、心乃ちゃんはお財布の中からカードを取り出した。ホームの洗濯機はカードでも現金でも使えるから便利だよ。
海からの帰り道は、行きよりもずっと静かだった。
電車に揺られながら、誰からともなく口数が減っていく。
はしゃぎ疲れたのか、それとも楽しかった時間が終わるのが少し寂しいのか。
私は窓に頭を預けて、ぼんやりと外を眺めていた。
オレンジ色に染まった空と、遠くに見える街並み。 さっきまでいた海が、もう別の世界みたいに感じる。
(……楽しかったな)
それだけで、胸の奥がじんわり温かくなる。
いつの間に眠っていたのか、私は職員さんに声を掛けられて起きた。
優しく肩を叩かれて、ゆっくりと目を開ける。
「……あ、おはよーございます」
ぼんやりとした頭で体を起こすと、窓の外には見慣れた駅のホームが見えていた。
いつの間にか、みんなも支度を始めている。
「ほら、降りるぞ」
清次郎くんが荷物を持ちながら声をかける。
「ん……」
まだ少し眠気が残ったまま、立ち上がる。
「早く帰ってお風呂入りたいです……」
「あかん、ここで横になったら終わる」
「頑張れ!風呂に入れば寝れるぞ!」
「明日のOTはお菓子作りだよねぇー」
「ダメだ!心乃ちゃんが半分寝てる!」
職員さんが肩を軽く揺すると、心乃ちゃんは「んぁ……」と気の抜けた声を出した。
「あー……起床」
「うん、おはよう」
(さすが、職員さん。手慣れてる……)
「心乃くん、完全に寝落ちしかけてたな」
清次郎くんが呆れたように言うと、心乃ちゃんはぼんやりしたまま片手を上げる。
「はよ寝よ……」
「もうすぐホームですから。ほら、荷物は職員さんが持ってくれていますから」
「クマ吉とクマ次郎はしっかり持ってるぞ!」
「あとは歩くだけだよ!」
その後、なんとか気絶しかけの心乃ちゃんをホームまで歩かせることに成功。
パパッとお風呂に入って、その日は爆睡した。



