ネムリ姫の快眠計画

月が高く昇り、夜市の灯りがぽつぽつと輝く通り。
ネムリはフードを深くかぶり、人混みの中を歩いていた。
その横にはレオンがいる。
レオン
「姫様」
ネムリ
「なに」
レオン
「人混みの中では離れないでください」
ネムリ
「うん」
ネムリは適当に返事をする。
その時、通りの端に小さなお菓子屋が見えた。
ネムリの目が少しだけ輝く。
ネムリ
「レオン」
レオン
「はい」
ネムリ
「甘いの食べたい」
レオン
「……は?」
ネムリ
「砂糖は睡眠に良い」
レオン
「初めて聞きました」
ネムリ
「たぶん」
レオン
「“たぶん”で国家の王女が行動しないでください」
ネムリ
「クッキー」
レオン
「……」
ネムリ
「食べたい」
レオン
「……」
レオンはため息をつく。
レオン
「ここで待っていてください」
ネムリ
「うん」
レオン
「絶対動かないでください」
ネムリ
「うん」
レオン
「絶対です」
ネムリ
「うん」
レオン
「約束ですよ」
ネムリ
「うん」
レオンは半信半疑の顔をしながらも、お菓子屋へ向かっていった。
ネムリはその背中をじーっと見つめる。
そして小さく呟く。
ネムリ
「……」
ネムリ
「護衛が居なくなった」
数秒の沈黙。
ネムリ
「これは…」
ネムリの目が少しだけ輝く。
ネムリ
「チャンス」
ネムリはくるっと反対方向へ向いた。
そして小走りで路地へ入る。
ネムリ
「枕屋」
数分後。
レオンはクッキーの袋を持って戻ってきた。
レオン
「姫様、買ってきました」
沈黙。
レオン
「……」
レオン
「姫様?」
そこには――
誰もいない。
レオン
「……」
レオン
「……」
レオンはゆっくり空を見上げた。
レオン
「やられた」
その頃。
ネムリは細い路地を抜けて歩いていた。
フードの影で顔は見えない。
シンプルな服。
誰も王女とは思わない。
ネムリ
「成功」
ネムリは小さく頷く。
ネムリ
「枕」
通りの奥。
古びた看板が見えた。
木の看板にはこう書かれている。
「ドルトの快眠枕店」
ネムリ
「ここ」
ネムリは静かに扉を開けた。
カラン…
小さな鈴の音。
店の中には――
天井まで積まれた枕。
丸い枕。
長い枕。
羽毛の枕。
石の枕。
変な形の枕。
ネムリ
「……」
ネムリ
「天国」
店の奥から声がする。
???
「いらっしゃい」
ゆっくりと現れたのは白髭の男。
ドルト
「珍しいな」
ネムリ
「?」
ドルト
「こんな時間に枕を見に来る客は」
ネムリ
「うん」
ドルト
「初めてだ」
ネムリ
「快眠探してる」
ドルトはネムリをじっと見た。
そして少し笑う。
ドルト
「なるほど」
ドルト
「いい目してる」
ネムリ
「?」
ドルト
「本気で眠りを求めてる目だ」
ネムリ
「そう」
ドルト
「どんな枕が欲しい?」
ネムリは即答する。
ネムリ
「世界一」
ドルト
「……」
ドルトはニヤリと笑った。
ドルト
「面白い」
ドルトは店の奥へ歩く。
ドルト
「なら特別なのを見せてやろう」
ネムリ
「!」
ドルトが持ってきたのは――
真っ白な羽毛枕。
ふわふわ。
ネムリの目が輝く。
ネムリ
「……」
ネムリ
「触っていい?」
ドルト
「どうぞ」
ネムリはそっと手を乗せる。
ふわっ。
ネムリ
「……」
ネムリ
「すごい」
その時。
店の外から声が響いた。
レオン
「姫様ぁぁぁぁ!!」
ネムリ
「……」
ネムリ
「見つかった」
ドルト
「姫?」
ネムリ
「……」
ネムリ
「気のせい」
その瞬間――
扉が勢いよく開いた。
バン!!
レオン
「姫様!!」
店の中の二人が振り向く。
レオンとネムリの目が合う。
沈黙。
ネムリ
「……」
レオン
「……」
ネムリ
「クッキー買えた?」
レオン
「そこですか!!」
店主ドルトは大笑いした。
ドルト
「はっはっは!」
ドルト
「面白いお嬢ちゃんだ!」
ネムリ
「枕買う」
レオン
「帰ります!!」
店の中。
天井まで積まれた枕の間で――
レオンとネムリが向かい合っていた。
レオン
「姫様」
ネムリ
「なに」
レオン
「帰ります」
ネムリ
「やだ」
レオン
「やだではありません」
ネムリ
「枕」
レオン
「城にもあります」
ネムリ
「これは違う」
ネムリは白い羽毛枕を抱きしめた。
ふわふわ。
ネムリ
「これ」
レオン
「……」
ネムリ
「世界一」
レオン
「先ほど見ただけですよね?」
ネムリ
「触った」
レオン
「それだけで判断しないでください」
ネムリ
「快眠センサー」
レオン
「そんな物はありません」
ネムリ
「ある」
レオン
「ありません」
ネムリは枕をぎゅっと抱える。
ネムリ
「これ買う」
レオン
「帰ります」
ネムリ
「買う」
レオン
「帰ります」
ネムリ
「買う」
レオン
「帰ります」
沈黙。
ネムリはその場に座り込んだ。
レオン
「姫様?」
ネムリ
「帰らない」
レオン
「……」
ネムリ
「これ買わないと」
ネムリ
「帰らない」
レオン
「子供ですか」
ネムリ
「王女」
レオン
「余計に問題です」
店主ドルトは腕を組んでその様子を見ていた。
ドルト
「はっはっは」
ドルト
「ずいぶん枕に惚れたようだな」
ネムリ
「うん」
ドルト
「その枕は特別だ」
レオン
「値段はいくらですか」
ドルトはにやりと笑う。
ドルト
「金貨三枚」
レオン
「高すぎます」
ドルト
「最高級羽毛だ」
レオン
「それでも高いです」
ネムリ
「買う」
レオン
「姫様」
ネムリ
「買う」
レオン
「城に帰ります」
ネムリ
「帰らない」
ネムリはそのまま床に横になった。
枕を抱えて。
ネムリ
「ここで寝る」
レオン
「やめてください!!」
ネムリ
「快眠」
レオン
「快眠じゃありません!」
ネムリ
「帰らない」
レオン
「……」
レオンは頭を抱えた。
レオン
「……」
深いため息。
レオン
「わかりました」
ネムリ
「!」
ネムリはむくっと起きる。
レオン
「買います」
ネムリ
「ほんと?」
レオン
「その代わり」
ネムリ
「?」
レオン
「すぐ城に帰ります」
ネムリ
「帰る」
レオン
「絶対ですよ」
ネムリ
「うん」
レオンは財布を取り出す。
レオン
「金貨三枚ですね」
ドルト
「毎度あり」
ネムリ
「やった」
ネムリは嬉しそうに枕を抱きしめた。
ネムリ
「今日から快眠」
レオン
「本当にそれで変わるんですか」
ネムリ
「うん」
ドルトはネムリをじっと見ていた。
ドルト
「嬢ちゃん」
ネムリ
「?」
ドルト
「ずいぶん眠りが好きみたいだな」
ネムリ
「大事」
ドルト
「そうか」
ネムリ
「うん」
ネムリはレオンの袖を引く。
ネムリ
「帰る」
レオン
「はい」
レオンは扉に向かいながら、ふと立ち止まった。
そして振り返る。
レオン
「店主」
ドルト
「なんだ」
レオンの目が少し鋭くなる。
レオン
「今日ここに来た客の事は」
ドルト
「……」
レオン
「絶対に他言無用です」
ドルトは少し驚いた顔をした。
レオン
「もし噂になれば」
レオン
「あなたも無事では済みません」
ネムリ
「脅し?」
レオン
「念押しです」
ドルトはしばらく二人を見つめて――
そして笑った。
ドルト
「心配するな」
ドルト
「客の秘密を喋る枕屋はいない」
レオン
「……」
ドルト
「それに」
ドルトはネムリを見る。
ドルト
「面白い客だった」
ネムリ
「また来る」
レオン
「来ません」
ネムリ
「来る」
レオン
「来ません」
ドルト
「はっはっは!」
二人は店を出た。
夜の街。
ネムリは枕を抱きしめながら歩いている。
ネムリ
「ふわふわ」
レオン
「姫様」
ネムリ
「なに」
レオン
「今度脱走したら」
ネムリ
「うん」
レオン
「私は護衛を辞めます」
ネムリ
「……」
ネムリは少し考える。
ネムリ
「それは困る」
レオン
「なら」
ネムリ
「……」
ネムリ
「バレないようにする」
レオン
「反省してください」
ネムリ
「してる」
レオン
「してません」
ネムリ
「してる」
ネムリは枕をぎゅっと抱きしめる。
ネムリ
「だって」
レオン
「?」
ネムリ
「今日は快眠」
レオン
「……」
レオンはまた空を見上げた。
レオン
「この国の未来が心配です」
ネムリ
「大丈夫」
レオン
「なぜです」
ネムリ
「よく寝るから」
レオン
「意味が分かりません」
二人は月明かりの城へと戻っていった。
ネムリは嬉しそうに呟く。
ネムリ
「早く寝たい」
レオン
「まだ城に着いてません」
ネムリ
「急ぐ」
レオン
「走らないでください」