ネムリ姫の快眠計画

夜。
月光がカーテンの隙間から差し込み、静かな寝室を淡く照らしている。
部屋の中央では、ネムリ姫が慣れた手つきで侍女ミリアの髪を整えていた。
鏡の前に座るミリアは、王女の豪華なドレスを着せられている。
ネムリは器用に化粧を施していく。
ネムリ
「じっとして」
ミリア
「は、はい…」
ネムリは最後にティアラをミリアの頭に乗せる。
そして鏡を見た二人は一瞬固まった。
そこに映っているのは――
ネムリ姫が二人。
ミリア
「え……」
ミリアは慌てて自分の頬を触る。
ミリア
「姫様と…そっくり…」
ネムリ
「うん、完璧」
ミリア
「姫様と髪色は違うけど大丈夫なんですか?!」
ネムリ
「寝ている時は暗くて分からないから平気…多分」
ミリア
「多分って…!バレたらどうするんですか?」
ネムリ
「バレないようにして」
ミリア
「そんな無茶なぁ」
ネムリ
「大丈夫。いざとなれば押し切って」
ミリア
「……」
ネムリ
「給料減給するよ…?」
ミリア
「喜んで受けさせて頂きます!!」
ネムリ
「うん、いい返事」
ネムリは満足そうに頷いた。
そしてベッドを指差す。
ネムリ
「じゃあ寝て」
ミリア
「え?」
ネムリ
「王女はもう寝てる設定だから」
ミリア
「今まだ夜の七時ですよ!?」
ネムリ
「王女は早寝」
ミリア
「早すぎます!」
ネムリ
「快眠は大事」
ミリア
「いや姫様が寝るんじゃなくて私が寝るんですけど?!」
ネムリ
「同じこと」
ミリア
「違います!!」
ネムリはすでにクローゼットを開けて、外出用のシンプルな服を取り出していた。
ミリアはその姿を見て、顔を青くする。
ミリア
「まさか今から城を抜け出すんですか…?」
ネムリ
「うん」
ミリア
「やっぱりぃぃぃ!!」
ネムリ
「今日は快眠枕を探しに行く」
ミリア
「そんな理由で命がけの脱走を!?」
ネムリ
「人生かかってる」
ミリア
「姫様の人生、睡眠で出来てますよね!?」
ネムリはさらっと髪をまとめ、フード付きの外套を羽織る。
ネムリ
「じゃ、行ってくる」
ミリア
「軽っ!!」
ネムリは窓を開けた。
外には月光に照らされた城の庭が広がっている。
ミリア
「ちょっと待ってください!出口そっちなんですか!?」
ネムリ
「正面は騎士いる」
ミリア
「当たり前です!」
ネムリ
「だから窓」
ミリア
「だからって飛び降りないでください!」
ネムリ
「二階だから平気」
ミリア
「姫様!!」
ネムリは窓枠に足をかける。
そして振り返る。
ネムリ
「ミリア」
ミリア
「はい!?」
ネムリ
「もしバレたら」
ミリア
「はい…」
ネムリ
「寝てたって言って」
ミリア
「それ通用します!?」
ネムリ
「王女だから」
ミリア
「理不尽すぎます!!」
ネムリは静かに笑った。
ネムリ
「大丈夫。すぐ戻る」
ミリア
「その“すぐ”が信用できないんです!」
ネムリ
「快眠見つけたら」
ミリア
「はい?」
ネムリ
「ミリアにも買う」
ミリア
「……」
ミリアは少しだけ考えて――
ミリア
「高級枕ですか?」
ネムリ
「王家御用達」
ミリア
「……」
ミリア
「いってらっしゃいませ姫様」
ネムリ
「うん」
ネムリは音もなく庭へ飛び降りた。
ミリアは慌てて窓から顔を出す。
ミリア
「気をつけてくださいよー!!」
ネムリ
「静かに」
ミリア
「すみません!」
ネムリは月光庭園を軽やかに走っていく。
その背中を見送りながらミリアは深くため息をついた。
ミリア
「はぁ……」
そして後ろのベッドを見る。
王女の寝室。
王女のドレス。
王女のベッド。
ミリア
「……私が王女役なんですよね」
ミリアはベッドに座る。
ふかふかの枕を触る。
ミリア
「……」
そして小声で呟いた。
ミリア
「これ…めちゃくちゃ寝心地いい…」
ミリアはそっと横になる。
そして数秒後。
ミリア
「……」
静かな寝息。
その頃――
城の外では。
ネムリが城壁の影から顔を出していた。
ネムリ
「成功」
そして小さく呟く。
ネムリ
「快眠枕、探しに行こう」
月の下。
ネムリ姫の快眠大冒険が始まる。
月明かりに照らされた城壁の外。
ネムリは静かに着地すると、フードを深くかぶった。
ネムリ
「……成功」
城を見上げ、小さく頷く。
ネムリ
「快眠枕、探しに行こう」
その時だった。
背後から――
カツン
カツン
石畳を歩く足音。
ネムリはぴたりと止まる。
ネムリ(心の声)
(騎士の足音…)
ゆっくり振り向く。
そこに立っていたのは――
王女専属護衛騎士。
レオン
「……姫様」
ネムリ
「……」
レオンは腕を組んで立っている。
レオン
「こんな夜更けにどちらへ?」
ネムリは一瞬考えた。
そして真顔で言う。
ネムリ
「散歩」
レオン
「城壁の外に?」
ネムリ
「うん」
レオン
「正門ではなく?」
ネムリ
「窓」
レオン
「飛び降りたんですか」
ネムリ
「二階だから平気」
レオンは深くため息をついた。
レオン
「姫様…」
ネムリ
「なに」
レオン
「影武者を置いて脱走するのはやめてください」
ネムリ
「……」
ネムリ
「バレた?」
レオン
「当たり前です」
ネムリ
「ミリア優秀なのに」
レオン
「問題はそこじゃありません」
ネムリは少し考える。
ネムリ
「レオン」
レオン
「はい」
ネムリ
「見なかったことにして」
レオン
「無理です」
ネムリ
「お願い」
レオン
「無理です」
ネムリ
「命令」
レオン
「却下です」
ネムリ
「騎士なのに」
レオン
「だから止めています」
ネムリ
「むぅ」
ネムリは腕を組む。
ネムリ
「快眠枕探しに行くだけ」
レオン
「理由が軽すぎます」
ネムリ
「重要」
レオン
「国家より?」
ネムリ
「睡眠は国家」
レオン
「意味が分かりません」
ネムリは真剣な顔で言う。
ネムリ
「寝不足は判断力落ちる」
レオン
「……」
ネムリ
「だから快眠は国益」
レオン
「……」
レオンは少しだけ考えた。
そして静かに言う。
レオン
「……帰りましょう」
ネムリ
「やだ」
レオン
「姫様」
ネムリ
「一時間」
レオン
「ダメです」
ネムリ
「三十分」
レオン
「ダメです」
ネムリ
「十五分」
レオン
「……」
ネムリ
「枕見るだけ」
レオン
「……」
ネムリ
「お願い」
レオン
「……」
ネムリはじっとレオンを見る。
沈黙。
レオンは深くため息をついた。
レオン
「……はぁ」
ネムリ
「!」
レオン
「十五分です」
ネムリ
「ほんと?」
レオン
「その代わり」
ネムリ
「?」
レオン
「私も同行します」
ネムリ
「……」
ネムリ
「見張り?」
レオン
「護衛です」
ネムリ
「逃げれない」
レオン
「当然です」
ネムリ
「むぅ」
レオン
「それとも城へ戻りますか?」
ネムリ
「行く」
レオン
「では行きますよ」
ネムリは小さくガッツポーズ。
ネムリ
「やった」
レオン
「姫様」
ネムリ
「なに」
レオン
「普通の王女は夜に枕探しに出ません」
ネムリ
「普通の王女は」
レオン
「はい」
ネムリ
「一週間の仕事を一時間で終わらせない」
レオン
「……」
ネムリ
「だから問題ない」
レオン
「問題しかありません」
ネムリはくるっと振り向き、街の方へ歩き出す。
ネムリ
「枕屋」
レオン
「そんな店夜に開いてません」
ネムリ
「開いてる」
レオン
「なぜ知ってるんですか」
ネムリ
「調査済み」
レオン
「……」
レオンは空を見上げる。
レオン
「私はなぜこんな姫の護衛をしているんだ…」
ネムリ
「?」
ネムリ
「楽しいから」
レオン
「全く楽しくありません」
ネムリ
「でも」
レオン
「?」
ネムリ
「少し笑ってる」
レオン
「気のせいです」
ネムリはふふっと笑う。
そして月明かりの街へ向かって歩き出した。
ネムリ
「急ぐ」
レオン
「なぜです」
ネムリ
「十五分しかない」
レオン
「だからです」
ネムリ
「快眠のため」
レオン
「……」
レオン
「本当にこの国大丈夫でしょうか」
二人は月夜の街へと消えていった。
――その頃。
城の中。
ミリア
「……」
ベッドの上。
ミリア
「……」
ぐっすり。
侍女
「姫様、お休みの確認に来ました」
ミリア
「……すぅ」
侍女
「今日も早くお休みですね」
侍女は静かに扉を閉めた。
そしてミリアは――
夢の中だった。