偽りのお嬢様〜不器用な御曹司は、素顔の私を離さない〜


保健室に着くと、養護教諭の先生が体温計を確認した。

「38度もあるわ。すぐに帰って、病院に行きなさい」

「でも……明日、文化祭なんです……」

美紅先輩の声が、震えていた。

「無理よ。この熱じゃ、明日までには治らないわ」

先輩は唇を噛んだ。

窓から、秋の夕陽が差し込んでいた。先輩の横顔に、橙色の光が当たっている。泣くのを堪えているのだと、すぐにわかった。

「ごめんなさい……みんな……」

私は保健室の入口で、その言葉を聞いていた。

美紅先輩が謝っている。誰よりも遅くまで残って、衣装のほつれを直し、セリフを体に叩き込んできた先輩が。

夕陽に照らされた先輩の横顔を見て、私は息をのんだ。

震える唇。潤んだ瞳。一番つらいのは、先輩自身のはずなのに。

「ごめんなさい」なんて言葉、本当は言いたくないはずなのに。

明日、誰よりも舞台に立ちたいのは先輩なんだから。

そのことに気づいた瞬間、頭のどこかで何かがよぎった。

私が、代わりに立てばいいんじゃ……。

次の瞬間、その考えを自分で打ち消した。

何を考えてるの、私! そんなの、無理に決まってる。

私は裏方だ。人前に立つのは、向いていない。私は、誰かの陰に隠れているのがお似合いなんだから。

そう思うのに……その考えは、首を振っても振っても消えてはくれなかった。