【景斗side】
少し離れた場所で、俺は立ち止まった。
振り返ると、彼女が泣きながら地面に座り込んでいるのが見えた。足元に何かが散らばっている。
気づいたら、戻っていた。
落ちているものを拾い上げると、演劇部の台本だった。表紙には『星ヶ丘学園中等部 演劇部』と書かれている。
ページを開くと、手書きのメモがびっしりと書き込まれていた。
【ここでの表情は?】
【このセリフの意味は?】
【シンデレラの気持ちを込めて】
そして──少し離れた余白に、こんな言葉が書いてあった。
【裏方は、舞台を作る人間。でも、たまに自分も表に出てみたい】
メモの字は小さくて、どれも丁寧だった。
嘘をつきながらも、こんなふうに何かに向き合っていた人なんだ。
その言葉がひどく正直で、俺はしばらく動けなかった。
ベンチで銀髪の話をしたとき、彼女は「そうなんですね」とだけ言った。
それだけだったのに、なぜか十分だった。押しつけがましくない、ただ受け取る、という聞き方だった。
「あ……それ……」
結城さん、と今は呼ぶべき彼女が、小さく声を上げた。
俺は台本を閉じてから、口を開いた。
「……これは、預かっておく」
「え……」
「君がどんな人間なのか、もう少し考えたい」
それだけ言って、台本を小脇に抱えて歩き出した。
怒りがないわけじゃない。傷ついてもいる。だけど──あのメモを見た瞬間、「もういい」とは言いきれなくなっていた。
俺が絵を描き続けてきた理由と、彼女がメイクをし続けてきた理由が、どこかで重なっている気がした。
台本を抱える手に、力がこもった。
【景斗side 終】



