偽りのお嬢様〜不器用な御曹司は、素顔の私を離さない〜


数日後の朝。鏡の前に座ったとき、いつもと違う緊張があった。

今日は、景斗さんとカフェで会う日だ。

メイクをしながら、何度も手が止まった。

真白さんとして会うのに、なぜか「自分として会いに行く」感覚がずっとあって、うまく振り払えなかった。

完成した顔を見る。鏡の中には、如月真白がいる。だけど、ブラシを置く手は、結城陽葵のものだった。



待ち合わせのカフェは、星ヶ丘学園からバスで20分ほど離れた、落ち着いた商店街の一角にあった。

木のぬくもりを感じる小さなお店で、ガラス窓から温かい光がこぼれていた。

時間ちょうどに着くと、景斗さんはもうそこに立っていた。

シンプルな白のシャツに、薄いグレーのジャケット。

西園寺家の応接室やテラスで見たときとは、全然違う印象だった。

あの場所では、彼はどこか「西園寺家の跡取り息子」として存在していたけれど。今日は、どこにでもいる中学生だった。

「景斗さん、お待たせしました」

「いえ、俺もちょうど今来たところです」

常連らしく、景斗さんはためらいなくドアを開けた。

すると、やわらかな甘いにおいが漂ってきた。コーヒーと、バターと、何か焼き菓子のにおい。

「わあ」

思わず声が漏れた。

「好きですか、こういう雰囲気」

「はい。すごく」

正直に答えてから、真白さんならもっと落ち着いて答えただろうか、と思った。もう遅いけど。

景斗さんは「良かった」と言って、ふわりと微笑んでくれた。