数日後の朝。鏡の前に座ったとき、いつもと違う緊張があった。
今日は、景斗さんとカフェで会う日だ。
メイクをしながら、何度も手が止まった。
真白さんとして会うのに、なぜか「自分として会いに行く」感覚がずっとあって、うまく振り払えなかった。
完成した顔を見る。鏡の中には、如月真白がいる。だけど、ブラシを置く手は、結城陽葵のものだった。
◇
待ち合わせのカフェは、星ヶ丘学園からバスで20分ほど離れた、落ち着いた商店街の一角にあった。
木のぬくもりを感じる小さなお店で、ガラス窓から温かい光がこぼれていた。
時間ちょうどに着くと、景斗さんはもうそこに立っていた。
シンプルな白のシャツに、薄いグレーのジャケット。
西園寺家の応接室やテラスで見たときとは、全然違う印象だった。
あの場所では、彼はどこか「西園寺家の跡取り息子」として存在していたけれど。今日は、どこにでもいる中学生だった。
「景斗さん、お待たせしました」
「いえ、俺もちょうど今来たところです」
常連らしく、景斗さんはためらいなくドアを開けた。
すると、やわらかな甘いにおいが漂ってきた。コーヒーと、バターと、何か焼き菓子のにおい。
「わあ」
思わず声が漏れた。
「好きですか、こういう雰囲気」
「はい。すごく」
正直に答えてから、真白さんならもっと落ち着いて答えただろうか、と思った。もう遅いけど。
景斗さんは「良かった」と言って、ふわりと微笑んでくれた。



