偽りのお嬢様〜不器用な御曹司は、素顔の私を離さない〜


「私……?」

「ああ。俺が好きなのは、結城陽葵だ」

その言葉が、体の芯のどこか深いところまで、ゆっくりと届いてくる。

嘘をついていた私を、それでも好きだと言ってくれた。

「最初から、君だった」という言葉が、頭の中でもう一度繰り返された。

ずっと誰かの陰に隠れてきた私のことを、景斗さんはちゃんと見ていてくれたんだ。

目頭が熱くなって、私は上を向いた。泣きたくなかった。

「……泣いてるの?」

「泣いてないです」

「目が赤いよ?」

「……泣いてます」

観念すると、景斗さんが小さく笑った。その笑い声を聞いた瞬間、涙が一粒こぼれた。

景斗さんがハンカチを差し出してくれる。

「ありがとうございます」

やっぱり、景斗さんは優しい。

文化祭の喧騒が波のように押し寄せて、また遠ざかった。

「……近いうちに、また会えますか?」

景斗さんが、落ち着いた声で聞いた。

「今度こそ、ちゃんとした出会いから始めよう」

私はハンカチで目元を拭って、頷いた。

「……はい」

「じゃあ、また連絡します」

景斗さんはそう言って、少しだけ迷うように手を上げてから、私の頭にそっと手を置いた。ぽんぽんとして、すぐに離したけれど。

「今日の陽葵さんの舞台、すごく良かった。本当に」

今、『陽葵さん』って、名前で……。

頭のてっぺんから足の先まで、一気に熱くなった。もう、何も考えられなかった。ただ、その温もりだけがひどくはっきりと残った。

「それじゃあ……」

景斗さんが背を向けて歩きかけた、そのとき。

「あの」

気づいたら、声が出ていた。

景斗さんが振り返る。