ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。【完結】

 ◇

 道路の角を曲がり、彼女の視界から外れた途端、僕はたまらず駆け出していた。

 アスファルトを蹴るスニーカーの音が、静かな住宅街に無遠慮に響き渡る。
 火照りきった顔に肌寒い風が打ち付けるが、身体の奥で暴れ狂う熱は一向に冷める気配がない。

(……俺は、何をやってるんだ……!)

 荒い息を吐き出しながら、心の中で自分を激しく罵倒する。

 ずっとずっと。特に、東京で再会してからは。
 彼女に心惹かれ、触れたくなることが、なかったわけではない。
 けれど、そんな気持ちが芽生えたとしても、しっかりと自制してきた。
 今までは、理性で完璧に制御できていたはずだったのに。

 走りながら、自分の胸の奥にどす黒く渦巻いていた感情の正体に、改めて戦慄する。

 まさか僕の中に、これほどまでに強い「嫉妬心」が眠っていたなんて――。
 彼女が、知らないところで見知らぬ男と親しくしているかもしれないという、たったそれだけの想像で。
 目の前が真っ暗になるほど、冷静さを失ってしまった。

 今まで生きてきて、何かに対してこんな醜い、激しい嫉妬を覚えたことはなかった。
 意志とは裏腹に、感情をぶつけてしまうことだって、一度もなかった。


 息が上がり、駅前のロータリーが見えてきたところで、ようやく足を緩める。
 同時に、強烈な自己嫌悪と後悔が波のように押し寄せてきた。

 急に抱きしめられ、困惑して目を丸くしていた彼女の姿が、脳裏に焼き付いている。
 驚かせてしまった。
 怖がらせてしまったかもしれない。

 それなのに、僕はただひたすら狼狽えるだけで、気の利いた言い訳もフォローも何一つできないまま、逃げるようにその場を去ってしまった。
 そんな自分自身に、ショックを受けている。

「最低だ……俺……」

 ◇

 ――ガタン、ゴトン。

 不規則に揺られながら、つり革を握りしめたまま俯いていた。
 車内の無機質な白い蛍光灯の光と、微かに漂う古びたモケットシートの匂いが、僕の心に重くのしかかってくる。
 窓ガラスにぼんやりと反射するその顔は、情けなさと焦りで酷く歪んでいた。

 最寄り駅に着いてからも、どうやってアパートまで歩いたのか、よく覚えていない。


 ガチャリとドアを開け、真っ暗な玄関に足を踏み入れた瞬間、最後の糸がプツリと切れた。
 靴を脱ぐ気力すら湧かず、崩れ落ちるように膝をついた。
 そして、すぐ目の前にある冷たいフローリングにパタリと額を押し当てる。

「……あー……」

 暗闇に包まれた狭い空間で、誰に届くわけでもない、後悔と混乱にまみれた情けない唸り声だけが、虚しく響き渡った。