ひよりが恒一の家で暮らし始めて、一か月が経った。
生活は、少しずつ形になっていった。
朝、恒一が先に起きて朝食を作る。ひよりは六時半に起きて、制服に着替える。二人で朝食を食べて、恒一がひよりを学校まで送る。それから恒一は市役所へ向かう。
放課後、ひよりは学童保育に通う。恒一が迎えに行き、一緒に帰宅する。
夕食は、時々由紀が手伝いに来てくれた。
由紀が来る日は、三人で食卓を囲んだ。
ひよりは、少しずつ笑顔を取り戻していった。
けれど、時々──母のことを思い出して、静かに涙を流す夜もあった。
そんなとき、恒一は何も言わず、ただひよりのそばにいた。
ある週末。
三人は、美和の墓参りに行った。
車で一時間ほどの、静かな霊園。
墓石の前で、三人で手を合わせた。
ひよりは、母の好きだった花を供えた。
「美和さん、元気にしてる?」
ひよりは、墓石に向かって話しかけた。
「わたしね、今、佐倉さんの家で暮らしてるんだ」
恒一と由紀は、少し離れたところで見守っていた。
「佐倉さん、すごく優しいよ。料理も上手だし」
ひよりは小さく笑った。
「由紀さんも、よく来てくれる。三人でごはん食べるの、楽しい」
ひよりは、墓石に手を置いた。
「でもね、やっぱり寂しいよ」
ひよりの声が、震えた。
「美和さんがいない夜は、すごく静か」
涙が、こぼれた。
「会いたいよ。美和さん」
恒一は、ひよりの肩に手を置いた。
ひよりは、恒一にもたれかかった。
「でも、頑張る。美和さんが教えてくれたから」
ひよりは、涙をぬぐった。
「名前を呼ぶこと、大事だって。だから、わたし、ちゃんと呼ぶね」
ひよりは、もう一度墓石に向かって言った。
「美和さん、ありがとう」
墓参りの帰り道。
車の中で、ひよりは後部座席で眠っていた。
恒一が運転し、由紀が助手席に座っている。
由紀が、静かに言った。
「恒一さん、ひよりちゃん、だいぶ落ち着いてきましたね」
「そうですね」
恒一は前を見たまま答えた。
「でも、まだ時々泣いてます」
「……そうですか」
「夜中に目が覚めて、母親を探してる。俺が気づいて声をかけると、『ごめんなさい』って謝るんです」
恒一の声は、少しだけ沈んでいた。
「まだ、俺に気を遣ってる」
「それは……仕方ないですよ」
由紀は言った。
「ひよりちゃん、まだ不安なんです。ここにいていいのかって」
「……」
「でも、時間が解決してくれます。恒一さんが、ちゃんと見守ってあげれば」
「由紀さん」
「はい」
「俺、ちゃんとできてるんでしょうか」
恒一は、少しだけ不安そうだった。
「父親として」
「恒一さんは、父親じゃないです」
由紀は言った。
「里親です。でも、それ以上の存在になろうとしてる」
「……」
「それで、十分です」
由紀は微笑んだ。
「ひよりちゃんも、それをわかってます」
恒一は、少しだけほっとした表情を見せた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
二人は、静かに前を見つめた。
その夜。
三人は恒一の家でカレーを作った。
ひよりが野菜を切り、由紀が肉を炒め、恒一がルーを溶かす。
三人で協力して、一つの鍋を完成させた。
「できたー!」
ひよりが嬉しそうに言った。
「いい匂い」
「うん」
由紀も笑った。
三人で食卓に座り、カレーを食べた。
「おいしい」
ひよりが言った。
「本当?」
恒一が聞いた。
「うん。美和さんのカレーよりおいしい」
ひよりはそう言って、少しだけ寂しそうに笑った。
「……ごめん」
「いいんだよ」
恒一は優しく言った。
「美和さんのこと、いつでも話していい」
「……うん」
ひよりは頷いた。
それから、由紀の方を見た。
「ねえ、由紀さん」
「なに?」
「由紀さんと佐倉さんって、付き合ってるの?」
恒一が、思わず咳き込んだ。
由紀も、少し慌てた。
「え、えっと……」
「付き合ってないの?」
ひよりは不思議そうに首を傾げた。
「でも、二人ともお互いのこと好きなんでしょ?」
「それは……」
由紀は、恒一の方を見た。
恒一も、由紀を見た。
二人とも、顔が少し赤い。
ひよりは、その様子を見て笑った。
「やっぱり好きなんだ」
「ひよりちゃん……」
「じゃあ、ちゃんと付き合えばいいのに」
ひよりは真面目な顔で言った。
「わたし、二人が一緒にいてくれた方が嬉しい」
恒一と由紀は、顔を見合わせた。
由紀が、小さく笑った。
「そうだね」
恒一も、頷いた。
「……そうだな」
ひよりが寝たあと。
恒一と由紀は、リビングで二人きりになった。
由紀が、静かに言った。
「恒一さん」
「はい」
「ひよりちゃんの言う通り、ですね」
「……はい」
恒一は、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「俺、由紀さんのこと……好きです」
「私も、恒一さんのこと、好きです」
二人は、顔を見合わせた。
それから、恒一がゆっくりと手を伸ばし、由紀の手を取った。
「由紀さん、俺と……」
「はい」
由紀は微笑んだ。
「付き合ってください」
「……はい」
二人は、静かに手を握り合った。
窓の外では、冬の星が静かに輝いている。
新しい関係が、始まろうとしていた。
翌朝。
ひよりが起きてリビングに来ると、恒一と由紀が並んでソファに座っていた。
「おはよう」
「おはよう、ひよりちゃん」
二人が同時に答えた。
ひよりは、二人の様子を見て、すぐに気づいた。
「……付き合ったの?」
「……うん」
恒一が答えた。
ひよりは、嬉しそうに笑った。
「よかった!」
それから、由紀の隣に座った。
「じゃあ、これから由紀さんももっと来てくれる?」
「うん。もっと来るよ」
由紀は、ひよりの頭を撫でた。
「ひよりちゃん、これからもよろしくね」
「うん」
ひよりは頷いた。
「わたしも、よろしくね」
三人は、笑い合った。
朝日が、窓から差し込んでいる。
新しい一日が、始まろうとしていた。
生活は、少しずつ形になっていった。
朝、恒一が先に起きて朝食を作る。ひよりは六時半に起きて、制服に着替える。二人で朝食を食べて、恒一がひよりを学校まで送る。それから恒一は市役所へ向かう。
放課後、ひよりは学童保育に通う。恒一が迎えに行き、一緒に帰宅する。
夕食は、時々由紀が手伝いに来てくれた。
由紀が来る日は、三人で食卓を囲んだ。
ひよりは、少しずつ笑顔を取り戻していった。
けれど、時々──母のことを思い出して、静かに涙を流す夜もあった。
そんなとき、恒一は何も言わず、ただひよりのそばにいた。
ある週末。
三人は、美和の墓参りに行った。
車で一時間ほどの、静かな霊園。
墓石の前で、三人で手を合わせた。
ひよりは、母の好きだった花を供えた。
「美和さん、元気にしてる?」
ひよりは、墓石に向かって話しかけた。
「わたしね、今、佐倉さんの家で暮らしてるんだ」
恒一と由紀は、少し離れたところで見守っていた。
「佐倉さん、すごく優しいよ。料理も上手だし」
ひよりは小さく笑った。
「由紀さんも、よく来てくれる。三人でごはん食べるの、楽しい」
ひよりは、墓石に手を置いた。
「でもね、やっぱり寂しいよ」
ひよりの声が、震えた。
「美和さんがいない夜は、すごく静か」
涙が、こぼれた。
「会いたいよ。美和さん」
恒一は、ひよりの肩に手を置いた。
ひよりは、恒一にもたれかかった。
「でも、頑張る。美和さんが教えてくれたから」
ひよりは、涙をぬぐった。
「名前を呼ぶこと、大事だって。だから、わたし、ちゃんと呼ぶね」
ひよりは、もう一度墓石に向かって言った。
「美和さん、ありがとう」
墓参りの帰り道。
車の中で、ひよりは後部座席で眠っていた。
恒一が運転し、由紀が助手席に座っている。
由紀が、静かに言った。
「恒一さん、ひよりちゃん、だいぶ落ち着いてきましたね」
「そうですね」
恒一は前を見たまま答えた。
「でも、まだ時々泣いてます」
「……そうですか」
「夜中に目が覚めて、母親を探してる。俺が気づいて声をかけると、『ごめんなさい』って謝るんです」
恒一の声は、少しだけ沈んでいた。
「まだ、俺に気を遣ってる」
「それは……仕方ないですよ」
由紀は言った。
「ひよりちゃん、まだ不安なんです。ここにいていいのかって」
「……」
「でも、時間が解決してくれます。恒一さんが、ちゃんと見守ってあげれば」
「由紀さん」
「はい」
「俺、ちゃんとできてるんでしょうか」
恒一は、少しだけ不安そうだった。
「父親として」
「恒一さんは、父親じゃないです」
由紀は言った。
「里親です。でも、それ以上の存在になろうとしてる」
「……」
「それで、十分です」
由紀は微笑んだ。
「ひよりちゃんも、それをわかってます」
恒一は、少しだけほっとした表情を見せた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
二人は、静かに前を見つめた。
その夜。
三人は恒一の家でカレーを作った。
ひよりが野菜を切り、由紀が肉を炒め、恒一がルーを溶かす。
三人で協力して、一つの鍋を完成させた。
「できたー!」
ひよりが嬉しそうに言った。
「いい匂い」
「うん」
由紀も笑った。
三人で食卓に座り、カレーを食べた。
「おいしい」
ひよりが言った。
「本当?」
恒一が聞いた。
「うん。美和さんのカレーよりおいしい」
ひよりはそう言って、少しだけ寂しそうに笑った。
「……ごめん」
「いいんだよ」
恒一は優しく言った。
「美和さんのこと、いつでも話していい」
「……うん」
ひよりは頷いた。
それから、由紀の方を見た。
「ねえ、由紀さん」
「なに?」
「由紀さんと佐倉さんって、付き合ってるの?」
恒一が、思わず咳き込んだ。
由紀も、少し慌てた。
「え、えっと……」
「付き合ってないの?」
ひよりは不思議そうに首を傾げた。
「でも、二人ともお互いのこと好きなんでしょ?」
「それは……」
由紀は、恒一の方を見た。
恒一も、由紀を見た。
二人とも、顔が少し赤い。
ひよりは、その様子を見て笑った。
「やっぱり好きなんだ」
「ひよりちゃん……」
「じゃあ、ちゃんと付き合えばいいのに」
ひよりは真面目な顔で言った。
「わたし、二人が一緒にいてくれた方が嬉しい」
恒一と由紀は、顔を見合わせた。
由紀が、小さく笑った。
「そうだね」
恒一も、頷いた。
「……そうだな」
ひよりが寝たあと。
恒一と由紀は、リビングで二人きりになった。
由紀が、静かに言った。
「恒一さん」
「はい」
「ひよりちゃんの言う通り、ですね」
「……はい」
恒一は、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「俺、由紀さんのこと……好きです」
「私も、恒一さんのこと、好きです」
二人は、顔を見合わせた。
それから、恒一がゆっくりと手を伸ばし、由紀の手を取った。
「由紀さん、俺と……」
「はい」
由紀は微笑んだ。
「付き合ってください」
「……はい」
二人は、静かに手を握り合った。
窓の外では、冬の星が静かに輝いている。
新しい関係が、始まろうとしていた。
翌朝。
ひよりが起きてリビングに来ると、恒一と由紀が並んでソファに座っていた。
「おはよう」
「おはよう、ひよりちゃん」
二人が同時に答えた。
ひよりは、二人の様子を見て、すぐに気づいた。
「……付き合ったの?」
「……うん」
恒一が答えた。
ひよりは、嬉しそうに笑った。
「よかった!」
それから、由紀の隣に座った。
「じゃあ、これから由紀さんももっと来てくれる?」
「うん。もっと来るよ」
由紀は、ひよりの頭を撫でた。
「ひよりちゃん、これからもよろしくね」
「うん」
ひよりは頷いた。
「わたしも、よろしくね」
三人は、笑い合った。
朝日が、窓から差し込んでいる。
新しい一日が、始まろうとしていた。



