ピィー、という犬笛の音がアバロンド家の屋敷内にこだまする。
地下の作業場で花瓶用の花を剪定していたフィリーネは、手を止めて顔を上げた。
壁にはどこで主人が呼び出しているのかが分かるベルがずらりと並んでいる。それにもかかわらず、階上からはひっきりなしに犬笛が鳴っていた。
「お姉様が私を呼んでいるようですね。急いで向かいませんと」
フィリーネは銀縁の眼鏡をかけ直して席を立つ。
作業場では、食器を磨く従僕や手紙の仕分けをする侍女が清潔なお仕着せを着て働いている。そんな中、フィリーネだけがごわごわとした茶色と黒色がまだらになったワンピースを身に纏っていた。
もともと茶色だったそれは、暖炉掃除のせいで洗濯しても汚れが取れなくなってしまったのだ。
スカートの皺を伸ばしたフィリーネは階上に上がる。
犬笛が聞こえたが、ミリーネがどの部屋にいるかまでは分からない。自室か食堂、あるいは居間のどれかに違いないが、この時間帯だとどれも可能性として高い。
部屋を間違えて到着が遅れてしまったら、ミリーネに仕事を増やされる。
ここは穏便に済むよう一刻も早く正解を導き出し、ミリーネのいる部屋へ向かわなくては。
「ミリーネお嬢様なら食堂にいらっしゃいますよ」
フィリーネが逡巡していると、侍女長のマーシャが声をかけてくれた。
「ありがとう」
「お礼などいりません。それよりミリーネお嬢様の機嫌が悪くなる前に向かってください」
フィリーネはこくりと頷くと、小走りで食堂へ向かう。



