「ランドレイス様、早く客間へ行きましょう。今日はお嬢様が特別なお菓子をご用意しております」
フィリーネは心の中で執事にお礼を言う。
これで気がそれてくれればことなきを得られる。しかし、現実はそう甘くはなかった。
「お嬢様といえば、君はミリーネ嬢と顔立ちが似ているね。眼鏡をかけたら雰囲気が変わるけど。――もしかして君は」
アーネストが何かを口にしようとした瞬間、猫撫で声の横槍が入る。
「アーネスト様ったらこんなところにいらしたのね!」
フィリーネは身を竦めた。
後ろを確認しなくたって誰がやって来たのかは明白だ。
フィリーネの側を横切ってアーネストの胸に飛び込んだのはミリーネだった。
朝食時はアップにしていた髪が、今は下ろしてハーフアップになっている。どうやら髪型が気に入らなくてやり直したようだ。
アーネストはほんの一瞬顔を引き攣らせる。胸に飛び込んできたミリーネの両肩を掴み、優しく引き剥がした。
「今日はいつもより長く過ごせるんでしょ? 私、一緒に観たいお芝居があってチケットを取っておいたの」
「ミリーネ嬢、光の精霊師である君なら知っているよね? 父の体調が優れなくて代わりに僕が代理を務めているって。今は期日までに回さなくてはいけない仕事がたくさんあるんだ。悪いけど芝居はまた今度観に行こう」
アーネストがやんわりと断りを入れるがミリーネは食い下がる。
「公爵が床に伏せっているのは知っているわ。だけど、仕事が忙しいのを理由に私と会う時間を減らすのはどうかと思うわ。たまには可愛い婚約者の相手もしてちょうだい」
「これでも頑張って時間を作って会いに来ているよ。このところ自分の受け持っている仕事と父の仕事の両方に追われて寝不足なんだ。今朝も三時間しか寝ていない」
「あら、三時間も寝る時間があるんだったらその時間を使って私に会いに来てくれたらいいのよ!」
「僕に休むなって言うのかい? 君との時間は取れるように努力している。それに、僕が代理を務めている仕事はこの国の根幹に関わるものばかりだ。遅らせるなんてできない」
「なによそれ。私と仕事どっちが大事なの!?」



