食事の時間が好きだった。
いつもは仲の悪いお父さんとお母さんが一緒にいて、同じテーブルに座っていて、たまに目を合わせて笑うから。
湯気の立つご飯の匂いがして、箸の音がして、家の中が少しだけあたたかくなる。
「どうだ、理世。美味いか?今日はパパの自信作だぞ」
「うん!」
この時間がずっと続けばいいのに、と本気で思っていた。
近所の夏祭りで食べたりんご飴。
歯にくっつく甘さが楽しくて、焼きとうもろこしは指が汚れるほど香ばしくて、かき氷は舌がしびれるくらい冷たかった。
三人で歩いた帰り道、提灯の灯りが揺れて、笑い声が夜に溶けていった。
―――あの時間は、確かに幸せだった。
それなのに……
「お母さん……?お父さん……?」
返事はない。
棺の中に横たわる二人は、眠っているみたいなのに、息をしていなかった。
そっと触れた手は冷たくて、まるで氷に触れているみたいで、思わず指を引っ込めた。
葬儀が終わって、私は父が生前働いていた場所に住むことになった。
坂道を登ったその先に、事務所があるらしい。
レンガ造りの赤茶けたビル。
一階のエントランスに向かうと、ふんわりした髪を一つに結んでいる男の子が椅子に腰掛けて眠っていた。
「あの......すみません」
「......」
呼びかけても中々起きてくれない。
「あの...!」
今度はさっきより大きな声で言ってみた。すると、男の子の肩がビクッと震えて目を覚ます。
「...うわっ!何でこんなとこに人間がいるの!?」
男の子は悲鳴に近い声を上げながら、椅子から滑り落ちてしまった。
「えっと、大丈夫?」
「ん...大丈夫」
男の子はそう言って、埃を払うみたいに服をはたいた。
年は私と同じくらい。少し眠たそうな目をしている。
「初めまして、僕は冷戦。君のことはお父さんから聞いてるよ」
「冷戦くん?」
「うん」
(冷戦って、珍しい名前だなぁ......あと、どっかで聞いたことあるんだよね、どこだっけ?)
その時、螺旋階段から勢いよく誰かが降りてきた。
薄茶色の短髪の男の子だった。
「おーい、冷戦!今日は理世チャンが来るからサプライズしようって決め―――」
その男の子は私を数秒見つめたかと思うと、目に手を当てて空を仰いだ。
「ルネ、もう言ってるよ」
「うるせぇ!あー......やべぇ」
ルネと呼ばれた男の子は、私と目線を合わせるようにして覗き込んできた。
驚いて一歩後ずさる。
「......えーっと、理世チャン?」
「はい」
「俺はルネサンス。よろしくな」
「ルネサンス?」
「ルネで良いぞ〜」
ルネくんは、外国の人だろうか?なんとなくヨーロッパの人っぽい。
「おいおい、理世チャンも俺に惚れちゃったか〜?」
「違うよ。ルネの騒がしさに引いてるんだよ」
固まる私を他所に、二人は小競り合いを始めてしまった。
何とか喧嘩を止めさせないと!
そう焦ってアワアワしていたら、ルネくんが急に私の手を引いて階段を駆け上がっていく。
「え、え!?」
その手を握ったまま、私は息を切らせながら階段を駆け上がった。
連れて来られたのは二階。部屋の扉には『歴史探偵事務所』と書かれたプレートが掛けられている。
(探偵事務所......お父さん、探偵をやっていたのかな?)
それにしても歴史探偵事務所って、名前が独特な気もするが......。
「おーい、理世チャン連れて来たぞー」
ルネくんが扉を開けた瞬間、クラッカーが一斉に鳴り響いた。
耳をつんざくクラッカーの音に、びっくりしてルネくんの背中に隠れる。
部屋の中には、冷戦くんやルネくんの他に三人の男の子がクラッカーを持って立っており、壁には古い世界地図や調査メモが所狭しと貼られていた。
「お。中々良い反応だな」
「驚いているだけでは......」
「ま、僕は自由があればそれで良いんだけどね〜」
金髪の男の子がクラッカーの糸を持ってクルクルぶん回す。
「産業、どさくさに紛れてつまみ食いするなよー」
「えぇー......」
金髪の子は身長は私より少し低い。背中に背負ったモンキーレンチが気になった。
「えっと.......」
「うるさくてごめんね。いつもああだから......慣れるしかないよ」
いつの間にか隣に立っていた冷戦くんがポツリと呟いた。
「まずは自己紹介だな。俺はローマ帝国!よろしくなっ、若人」
「......すみません。挨拶文を用意していたのですが......百年戦争です」
「僕、産業革命。産業って呼ばれてるからよろしくね〜」
産業くんは手を握ってブンブンと握手してくれる。
ローマ帝国さんもニコニコと笑顔だ。
百年戦争さんだけは私をジッと凝視している。まるで、信用に足る人間か値踏みするように......。
「百年戦争、そんな見なくても俺が信用できるって言ってるんだ。若人を信じてやれよ」
「........いえ、そういう訳ではないのですが......」
目の前に並ぶキラキライケメン男子達。それぞれが個性的すぎて、私の頭の中はまだ整理がつかない。
「えっと……あの、みなさんは、ここで何をしているんですか?」
私が小さな声で尋ねると、部屋の空気が一瞬ピタリと止まった。
聞いちゃマズイことだったかな......。言ってしまった後でそんな言葉が頭をよぎる。
「俺達は世界史。って言っても普段は探偵っぽいことしかしてないけどな!」
ローマ帝国さんが笑うが、私の頭は疑問符で埋め尽くされていた。
(世界史......?)
「元々は水や土の集合体でしかなかった土地に、人々が住んで、生きて、愛着を持って歴史を築いた時点で神とやらは生まれた。それが俺達だ!最年長は俺な?」
「分かったか?」と、ニマニマしながら胸を張るローマ帝国さん。
そんな急に世界史だの神だの言われても納得できる訳ない。
何とか理解しようと頭を捻っていると、ルネさんが乾いた笑みを浮かべた。
「理世チャンのお父さんは、ここで働いていたんだ。助手みたいな感じでな。理世チャンにはお父さんがしていた助手の役目を任せたいんだけど......もちろん、できる限りサポートするから......」
「えっ、私……?」
思わず声を震わせる。まだ両親の死の悲しみも癒えぬまま、未知の世界に放り込まれた気分だった。
それに、助手なんて、そんな大役が私に務まるだろうか?
「あ、無理にとは言わない。急でびっくりしたよな」
ローマ帝国さんが私と目線を合わせながら優しく頭をなでてくれた。
その手つきがなんだか覚えがあるもので......懐かしい気持ちに胸が暖かくなる。
「うおっ!?どうした若人!」
気づけば、ボロボロと涙が溢れていた。
「あ、ローマ帝国さんが泣かせた〜」
「......子供を泣かせるのはいけませんよ......」
「違う違う!」
「理世チャン、怖かったよなー。こんな遊び人に頭を撫でられて」
「ルネも遊び人だろ!」
「それはそうだね......」
私はハンカチで涙を拭きながら、深呼吸をする。
「……ごめんなさい、急に泣いちゃって」
「気にするなって!むしろ泣いてスッキリした方が良い」
ローマ帝国さんはニコニコ笑いながら、私の肩を軽く叩く。
「あの、助手ってなにするんですか?」
「それはだなー......」
ローマ帝国さんは机に置いてあった一冊の本を見せてくれた。そこには、黒いドロドロしたものが渦巻いていて、ページの端々まで黒く染まり、文字や目次がほとんど見えなくなっていた。
「実は、全ての歴史書の一部が黒く染まってしまう異常現象が発生して、塗り潰された歴史は、次第に人々の記憶からも消え始める。まるで最初から存在しなかったかのように......」
ローマ帝国さんは悲しそうに歴史書を撫でた。
「なぁ、若人。俺達を救ってくれないか?」
「え?」
いつもは仲の悪いお父さんとお母さんが一緒にいて、同じテーブルに座っていて、たまに目を合わせて笑うから。
湯気の立つご飯の匂いがして、箸の音がして、家の中が少しだけあたたかくなる。
「どうだ、理世。美味いか?今日はパパの自信作だぞ」
「うん!」
この時間がずっと続けばいいのに、と本気で思っていた。
近所の夏祭りで食べたりんご飴。
歯にくっつく甘さが楽しくて、焼きとうもろこしは指が汚れるほど香ばしくて、かき氷は舌がしびれるくらい冷たかった。
三人で歩いた帰り道、提灯の灯りが揺れて、笑い声が夜に溶けていった。
―――あの時間は、確かに幸せだった。
それなのに……
「お母さん……?お父さん……?」
返事はない。
棺の中に横たわる二人は、眠っているみたいなのに、息をしていなかった。
そっと触れた手は冷たくて、まるで氷に触れているみたいで、思わず指を引っ込めた。
葬儀が終わって、私は父が生前働いていた場所に住むことになった。
坂道を登ったその先に、事務所があるらしい。
レンガ造りの赤茶けたビル。
一階のエントランスに向かうと、ふんわりした髪を一つに結んでいる男の子が椅子に腰掛けて眠っていた。
「あの......すみません」
「......」
呼びかけても中々起きてくれない。
「あの...!」
今度はさっきより大きな声で言ってみた。すると、男の子の肩がビクッと震えて目を覚ます。
「...うわっ!何でこんなとこに人間がいるの!?」
男の子は悲鳴に近い声を上げながら、椅子から滑り落ちてしまった。
「えっと、大丈夫?」
「ん...大丈夫」
男の子はそう言って、埃を払うみたいに服をはたいた。
年は私と同じくらい。少し眠たそうな目をしている。
「初めまして、僕は冷戦。君のことはお父さんから聞いてるよ」
「冷戦くん?」
「うん」
(冷戦って、珍しい名前だなぁ......あと、どっかで聞いたことあるんだよね、どこだっけ?)
その時、螺旋階段から勢いよく誰かが降りてきた。
薄茶色の短髪の男の子だった。
「おーい、冷戦!今日は理世チャンが来るからサプライズしようって決め―――」
その男の子は私を数秒見つめたかと思うと、目に手を当てて空を仰いだ。
「ルネ、もう言ってるよ」
「うるせぇ!あー......やべぇ」
ルネと呼ばれた男の子は、私と目線を合わせるようにして覗き込んできた。
驚いて一歩後ずさる。
「......えーっと、理世チャン?」
「はい」
「俺はルネサンス。よろしくな」
「ルネサンス?」
「ルネで良いぞ〜」
ルネくんは、外国の人だろうか?なんとなくヨーロッパの人っぽい。
「おいおい、理世チャンも俺に惚れちゃったか〜?」
「違うよ。ルネの騒がしさに引いてるんだよ」
固まる私を他所に、二人は小競り合いを始めてしまった。
何とか喧嘩を止めさせないと!
そう焦ってアワアワしていたら、ルネくんが急に私の手を引いて階段を駆け上がっていく。
「え、え!?」
その手を握ったまま、私は息を切らせながら階段を駆け上がった。
連れて来られたのは二階。部屋の扉には『歴史探偵事務所』と書かれたプレートが掛けられている。
(探偵事務所......お父さん、探偵をやっていたのかな?)
それにしても歴史探偵事務所って、名前が独特な気もするが......。
「おーい、理世チャン連れて来たぞー」
ルネくんが扉を開けた瞬間、クラッカーが一斉に鳴り響いた。
耳をつんざくクラッカーの音に、びっくりしてルネくんの背中に隠れる。
部屋の中には、冷戦くんやルネくんの他に三人の男の子がクラッカーを持って立っており、壁には古い世界地図や調査メモが所狭しと貼られていた。
「お。中々良い反応だな」
「驚いているだけでは......」
「ま、僕は自由があればそれで良いんだけどね〜」
金髪の男の子がクラッカーの糸を持ってクルクルぶん回す。
「産業、どさくさに紛れてつまみ食いするなよー」
「えぇー......」
金髪の子は身長は私より少し低い。背中に背負ったモンキーレンチが気になった。
「えっと.......」
「うるさくてごめんね。いつもああだから......慣れるしかないよ」
いつの間にか隣に立っていた冷戦くんがポツリと呟いた。
「まずは自己紹介だな。俺はローマ帝国!よろしくなっ、若人」
「......すみません。挨拶文を用意していたのですが......百年戦争です」
「僕、産業革命。産業って呼ばれてるからよろしくね〜」
産業くんは手を握ってブンブンと握手してくれる。
ローマ帝国さんもニコニコと笑顔だ。
百年戦争さんだけは私をジッと凝視している。まるで、信用に足る人間か値踏みするように......。
「百年戦争、そんな見なくても俺が信用できるって言ってるんだ。若人を信じてやれよ」
「........いえ、そういう訳ではないのですが......」
目の前に並ぶキラキライケメン男子達。それぞれが個性的すぎて、私の頭の中はまだ整理がつかない。
「えっと……あの、みなさんは、ここで何をしているんですか?」
私が小さな声で尋ねると、部屋の空気が一瞬ピタリと止まった。
聞いちゃマズイことだったかな......。言ってしまった後でそんな言葉が頭をよぎる。
「俺達は世界史。って言っても普段は探偵っぽいことしかしてないけどな!」
ローマ帝国さんが笑うが、私の頭は疑問符で埋め尽くされていた。
(世界史......?)
「元々は水や土の集合体でしかなかった土地に、人々が住んで、生きて、愛着を持って歴史を築いた時点で神とやらは生まれた。それが俺達だ!最年長は俺な?」
「分かったか?」と、ニマニマしながら胸を張るローマ帝国さん。
そんな急に世界史だの神だの言われても納得できる訳ない。
何とか理解しようと頭を捻っていると、ルネさんが乾いた笑みを浮かべた。
「理世チャンのお父さんは、ここで働いていたんだ。助手みたいな感じでな。理世チャンにはお父さんがしていた助手の役目を任せたいんだけど......もちろん、できる限りサポートするから......」
「えっ、私……?」
思わず声を震わせる。まだ両親の死の悲しみも癒えぬまま、未知の世界に放り込まれた気分だった。
それに、助手なんて、そんな大役が私に務まるだろうか?
「あ、無理にとは言わない。急でびっくりしたよな」
ローマ帝国さんが私と目線を合わせながら優しく頭をなでてくれた。
その手つきがなんだか覚えがあるもので......懐かしい気持ちに胸が暖かくなる。
「うおっ!?どうした若人!」
気づけば、ボロボロと涙が溢れていた。
「あ、ローマ帝国さんが泣かせた〜」
「......子供を泣かせるのはいけませんよ......」
「違う違う!」
「理世チャン、怖かったよなー。こんな遊び人に頭を撫でられて」
「ルネも遊び人だろ!」
「それはそうだね......」
私はハンカチで涙を拭きながら、深呼吸をする。
「……ごめんなさい、急に泣いちゃって」
「気にするなって!むしろ泣いてスッキリした方が良い」
ローマ帝国さんはニコニコ笑いながら、私の肩を軽く叩く。
「あの、助手ってなにするんですか?」
「それはだなー......」
ローマ帝国さんは机に置いてあった一冊の本を見せてくれた。そこには、黒いドロドロしたものが渦巻いていて、ページの端々まで黒く染まり、文字や目次がほとんど見えなくなっていた。
「実は、全ての歴史書の一部が黒く染まってしまう異常現象が発生して、塗り潰された歴史は、次第に人々の記憶からも消え始める。まるで最初から存在しなかったかのように......」
ローマ帝国さんは悲しそうに歴史書を撫でた。
「なぁ、若人。俺達を救ってくれないか?」
「え?」



