日曜日の昼間。
桜の家のリビングには、焼きたての餃子の香りが広がっていた。
テーブルを囲んでいるのは、桜と母の祐子、姉の椿。そして凜と、その母である華子。
久しぶりに5人そろっての食事だった。
餃子の湯気が立ちのぼり、皿が行き交う。
他愛のない話が続くなか、ふと椿が箸を止めた。
「桜さ、何をそんなに悩んでるの?」
「別に、悩んでなんかないよ」
「いやいや、悩んでるでしょ。家にいる間、ため息しかついてないし」
桜は言い返そうとして、言葉を飲み込む。
凜がにやりと笑った。
「ねぇ、前から思ってたんだけどさ。桜ちゃんって、あの、超絶きれいな……ほら、クロトさんのこと、好きでしょ」
「ち、違うから!」
勢いよく否定するものの、顔はみるみる赤くなる。
「やっぱり。桜ちゃん分かりやすすぎ」
凜が肩をすくめる。
祐子が首を傾げた。
「誰なの、そのクロトさんっていうのは」
「そうそう。あんた、あっちの話するとき、全然名前出さないから」
椿も身を乗り出す。
凜が楽しそうに続けた。
「ほんとにきれいでね。最初見たとき、CGかと思ったもん。異世界で巫女の護衛やってる人でさ」
「だから、そういうのじゃ……」
桜は視線を逸らす。
椿が追い打ちをかける。
「で、どうなの。好きなの? 白状しなさい」
桜はうつむいたまま、すぐには答えない。
その沈黙を破ったのは凜だった。
「だってさ。私が巫女だった時、本当にちょっとだけ桜ちゃんにクロトさんのこと話したことあったでしょ。あのとき、絶対食いついてたもん」
「そんなことないって」
「いや、あったから。あのときは桜ちゃんが戻れるわけじゃなかったし、何も言わなかったけど」
椿がにやりと笑う。
「ばれてるわよ」
逃げ場を失った桜は、観念したように小さくうなずいた。
「……好き、だけど」
少しだけ間を置いて、桜は続けた。
「でも、本当に私が勝手に好きなだけで。凜ちゃんが言ったとおり、すごく綺麗な人だし……全然、なんとも思われてないっていうか」
凜は一瞬、何か言いたげな顔をしたが、結局なにも言わなかった。
椿が軽い調子で言う。
「そうそう。振られたっていいじゃない。さっさと告って、楽になれば?」
桜は言葉を失う。
「別に、告白とか……」
視線を落とす。
そのとき、華子が穏やかに口を開いた。
「でもね、もし告白するなら、その先のことも少しは考えておかないとね。うまくいかないって決めつけるには、少し早いんじゃないかしら」
テーブルの上が、少しだけ静かになる。
祐子がふと思い出したように言った。
「そうよね、もし上手くいって、結婚なんてことになったら、桜、あっちに行っちゃうのね。たしか、向こうにしばらくいたらこっちには戻ってこれないのよね」
「け、結婚って……! お母さん何言ってるの。そんなことあるわけないし」
桜は慌てて手を振る。
華子がくすりと笑う。
「ないこともないでしょ。人生、何があるかわからないわよ」
「まぁ、このままだとあんた一生結婚しなさそうだと思ってたから、それもありね」
祐子も、うなずく。
「ちょっと!」
ますます赤くなる。
「そもそも、あっちに住んで自由に戻ってこれなかったら、お母さん困るでしょ」
「あれ、戻ってこれるの?」
華子が引っかかる。
桜はうなずいた。
「この間、あっちの巫女のリエット様に言われたの。凜ちゃんがいれば、1年に1回だけ、1週間くらい里帰りできるって」
凜が目を瞬かせる。
「え、それ初耳なんだけど」
「言うほどのことでもないかなって。だって、向こうに残る選択なんて、考えてなかったから」
「……嘘ね」
祐子が即座に言った。
「じゃあ、なんでそんなに悩んでるの」
桜は、言葉に詰まる。
その様子を見て、祐子は少しだけ声を落とした。
「桜、自分のことだけ考えなさい。どうしたいのか」
桜はしばらく黙り込んでから、小さく言った。
「……考えてみる。もし……」
その先は続かなかった。
祐子はやわらかく微笑む。
「何があっても、桜の選択を応援するわよ」
凜も、少し照れたように言った。
「私、今度はちゃんと巫女になるよ。だから、桜ちゃんは自分のことだけ考えて」
桜は、みんなの顔を順に見て、少しだけ笑った。
「……ありがとう」
椿がすぐに空気を変える。
「で、そのクロトさんって、そんなに綺麗なの?」
凜が身を乗り出す。
「とにかく、全部が、反則級なんだから!」
「それに、すごく強いんでしょ? 何より、優しかったし。あれは、桜ちゃんが落ちてもしょうがないって感じ」
「ちょ、凜ちゃん!」
笑い声が重なる。
餃子の湯気が立ちのぼり、テーブルの上がにぎやかになる。
その様子を、祐子は静かに見つめていた。
照れ隠しで笑う娘の横顔を、少しだけ遠くを見るような、やわらかな目で。
桜の家のリビングには、焼きたての餃子の香りが広がっていた。
テーブルを囲んでいるのは、桜と母の祐子、姉の椿。そして凜と、その母である華子。
久しぶりに5人そろっての食事だった。
餃子の湯気が立ちのぼり、皿が行き交う。
他愛のない話が続くなか、ふと椿が箸を止めた。
「桜さ、何をそんなに悩んでるの?」
「別に、悩んでなんかないよ」
「いやいや、悩んでるでしょ。家にいる間、ため息しかついてないし」
桜は言い返そうとして、言葉を飲み込む。
凜がにやりと笑った。
「ねぇ、前から思ってたんだけどさ。桜ちゃんって、あの、超絶きれいな……ほら、クロトさんのこと、好きでしょ」
「ち、違うから!」
勢いよく否定するものの、顔はみるみる赤くなる。
「やっぱり。桜ちゃん分かりやすすぎ」
凜が肩をすくめる。
祐子が首を傾げた。
「誰なの、そのクロトさんっていうのは」
「そうそう。あんた、あっちの話するとき、全然名前出さないから」
椿も身を乗り出す。
凜が楽しそうに続けた。
「ほんとにきれいでね。最初見たとき、CGかと思ったもん。異世界で巫女の護衛やってる人でさ」
「だから、そういうのじゃ……」
桜は視線を逸らす。
椿が追い打ちをかける。
「で、どうなの。好きなの? 白状しなさい」
桜はうつむいたまま、すぐには答えない。
その沈黙を破ったのは凜だった。
「だってさ。私が巫女だった時、本当にちょっとだけ桜ちゃんにクロトさんのこと話したことあったでしょ。あのとき、絶対食いついてたもん」
「そんなことないって」
「いや、あったから。あのときは桜ちゃんが戻れるわけじゃなかったし、何も言わなかったけど」
椿がにやりと笑う。
「ばれてるわよ」
逃げ場を失った桜は、観念したように小さくうなずいた。
「……好き、だけど」
少しだけ間を置いて、桜は続けた。
「でも、本当に私が勝手に好きなだけで。凜ちゃんが言ったとおり、すごく綺麗な人だし……全然、なんとも思われてないっていうか」
凜は一瞬、何か言いたげな顔をしたが、結局なにも言わなかった。
椿が軽い調子で言う。
「そうそう。振られたっていいじゃない。さっさと告って、楽になれば?」
桜は言葉を失う。
「別に、告白とか……」
視線を落とす。
そのとき、華子が穏やかに口を開いた。
「でもね、もし告白するなら、その先のことも少しは考えておかないとね。うまくいかないって決めつけるには、少し早いんじゃないかしら」
テーブルの上が、少しだけ静かになる。
祐子がふと思い出したように言った。
「そうよね、もし上手くいって、結婚なんてことになったら、桜、あっちに行っちゃうのね。たしか、向こうにしばらくいたらこっちには戻ってこれないのよね」
「け、結婚って……! お母さん何言ってるの。そんなことあるわけないし」
桜は慌てて手を振る。
華子がくすりと笑う。
「ないこともないでしょ。人生、何があるかわからないわよ」
「まぁ、このままだとあんた一生結婚しなさそうだと思ってたから、それもありね」
祐子も、うなずく。
「ちょっと!」
ますます赤くなる。
「そもそも、あっちに住んで自由に戻ってこれなかったら、お母さん困るでしょ」
「あれ、戻ってこれるの?」
華子が引っかかる。
桜はうなずいた。
「この間、あっちの巫女のリエット様に言われたの。凜ちゃんがいれば、1年に1回だけ、1週間くらい里帰りできるって」
凜が目を瞬かせる。
「え、それ初耳なんだけど」
「言うほどのことでもないかなって。だって、向こうに残る選択なんて、考えてなかったから」
「……嘘ね」
祐子が即座に言った。
「じゃあ、なんでそんなに悩んでるの」
桜は、言葉に詰まる。
その様子を見て、祐子は少しだけ声を落とした。
「桜、自分のことだけ考えなさい。どうしたいのか」
桜はしばらく黙り込んでから、小さく言った。
「……考えてみる。もし……」
その先は続かなかった。
祐子はやわらかく微笑む。
「何があっても、桜の選択を応援するわよ」
凜も、少し照れたように言った。
「私、今度はちゃんと巫女になるよ。だから、桜ちゃんは自分のことだけ考えて」
桜は、みんなの顔を順に見て、少しだけ笑った。
「……ありがとう」
椿がすぐに空気を変える。
「で、そのクロトさんって、そんなに綺麗なの?」
凜が身を乗り出す。
「とにかく、全部が、反則級なんだから!」
「それに、すごく強いんでしょ? 何より、優しかったし。あれは、桜ちゃんが落ちてもしょうがないって感じ」
「ちょ、凜ちゃん!」
笑い声が重なる。
餃子の湯気が立ちのぼり、テーブルの上がにぎやかになる。
その様子を、祐子は静かに見つめていた。
照れ隠しで笑う娘の横顔を、少しだけ遠くを見るような、やわらかな目で。

