役目を終えたはずの巫女でした―――選ばれなかった時間の続き

日曜の午後、桜が日本から帰還すると、いつも通りリエットとクロトが待っていた。

「おかえりなさいませ、サクラ様」

リエットが言い、クロトは一礼する。その視線は問いかけているが、急かすものではない。

桜はうなずき、二人を見た。

「凜と話してきました」

「いかがでしたか」

リエットの問いに、桜は正直に答える。

「泣いていました。でも、逃げないって言ってくれました。もう少し時間は欲しいみたいですけど、ちゃんと考えるって」

クロトは短くうなずくだけだった。

リエットは静かに続ける。

「交代そのものは、いずれ強制的に起きます。それは変わりません」

「はい」

桜も理解している。

「でも、今回は分かる気がするんです。交代の時期が」

リエットが視線を向ける。

「どのようにお考えですか」

「結界の修正が、これ以上私の力で良くならなくなった時が、その時かなって。今はまだ整えられている。でも、それが止まったら、そこが限界だと思うんです」

クロトが低く問う。

「感覚ですか」

「はい。でも、間違っていないと思います」

リエットはうなずいた。

「理にかなっています。本来、巫女の交代は世代交代に近い形で行われてきました。次代がある程度成熟したと判断された時点で移るため、正確な時期を定めることは困難でした」

一拍置き、続ける。

「ですが、今回は事情が異なります。サクラ様の修正が限界に達した時が移行の合図になると考えるのは妥当です」

桜はその言葉にうなずく。

やがてリエットが話題を移す。

「リン様の件ですが、ハナコ様がお話しされた通り、年齢的な未熟さは大きな要因でしょう。12歳で、あの出力を安定させるのは容易ではありません」

桜はうなずく。

「凜は、自分が上手くできなかったから交代したんじゃないかって思っていました」

リエットは首を振る。

「出力が高すぎたがゆえの不安定さです。サクラ様よりも凜様の魔力量は明確に大きい。その強さが、この世界との結びつきを強めすぎた可能性は否定できません」

クロトが小さく息を吐く。

「早すぎたか」

その一言だけだった。

桜も静かに息を吐く。

「叔母も同じようなことを言っていました。力が強かったから、引っ張られたんじゃないかって。でも、それを凜がどこまで受け止められるかは、まだ分かりません」

「理解と受容は別です」

リエットは淡々と答える。

「ですが、理由が整理できることは無意味ではありません」

桜はうなずいた。

「きっと、凜は大丈夫だと思います」

クロトは静かにうなずく。

「ええ。リン様なら、乗り越えられるでしょう」

リエットは桜へと穏やかに微笑んだ。

――――――――――

異世界と日本をつなぐ結界部屋を出ると、クロトさんが私の少し前を歩く。廊下には足音だけが響いている。

何か話さないと、と思っても、言葉が出てこない。

交代の時期が、はっきりと形を持って迫ってくる。

あと2か月か、3か月。もう、遠い未来ではない。

クロトさんの背を見つめながら、私は思う。

凜ちゃんが引き継げば、私は役目を終える。そうなれば、ここには2度と来られない。

クロトさんとの別れも、同じ時期に来る。

エリアナ様の言葉が、胸の奥でよみがえる。

後悔は残る、と。

私は何も言えないのだろうか。

最後まで。

想いを伝えたら、この関係が変わってしまうかもしれない。迷惑だという顔は、絶対に見たくない。

それでも、何も言わずに終わる未来を思うと、胸の奥が重くなる。

そんな思いが、頭の中を巡り続ける。

部屋の前で、クロトさんが扉を開けてくれる。

私は中へ入り、振り返る。

「では、失礼いたします」

「はい」

クロトさんはいつもと変わらない表情で一礼する。

その様子を見て、私は思ってしまう。

私がいなくなっても、きっとこの人は同じように歩いて、同じように任務をこなして、何も変わらないのだろう。

それが当然なのに。

胸の奥が、少しだけ痛んだ。