役目を終えたはずの巫女でした―――選ばれなかった時間の続き

現国王である叔父は、軍を手放さない。

それは権力欲というより、理解の問題だった。

軍を押さえれば、国の中枢の大半を制御できる。
行政も、重臣も、民も――
最終的に従うのは、武力だ。

だからこそ、統制は異様なほど強い。

命令系統は単純化され、
異論は、芽のうちに摘み取られる。

恐怖は、今も十分に効いている。
軍上層部が動かないのは、そのためだ。

忠誠ではない。
計算の結果だ。

――ここは、想定通り。

軍を切り崩す段階では、まだない。

一方で、重臣層の空気は、確実に変わってきていた。

表では従っている。
だが、内心では、終わりを計り始めている。

理由は明確だった。

前宰相は、生きている。

それは事実だ。

ゼフィーリアの密偵からの報告で、
アレクシオスは、すでに確認している。

拘束状態。
処遇は未定。
生存。

だが、その事実は伏せている。

公表もしない。
断定もしない。

ただ、曖昧なままにしている。

「まだ終わっていない」

そう思わせる情報だけを、慎重に流した。

それで十分だった。

もし前宰相が完全に消えているなら、
それは誇示される。

だが、そうなっていない。

その“不自然さ”が、
沈黙している重臣たちの思考を揺らした。

接触は増えた。

忠誠の確認ではない。
安全の確認だ。

――動いた場合、切り捨てられるのか。
――戻る余地は、完全に消えたのか。

問いが出た時点で、
恐怖は、絶対ではなくなる。

すでに切り捨てられた重臣たちとの連携は、安定している。

彼らは迷わない。

戻る場所がない以上、選択肢は一つしかない。

今、崩れ始めているのは、
まだ表に立ち、
恐怖によって留められていた者たちだ。

想定よりも、進みは早い。

アレクシオスは、思考を切り替えた。

――失敗した場合。

その可能性は、最初から排除していない。

だから、一番の身内だけは先に遠ざける。

守りたい、という言葉を、口にするつもりはない。

だが、切り離さなければ、巻き込む。

中等度の喘息。
環境と医療が、生命線になる。

ゼフィーリアからはすでに了承を得られている。

治療目的の滞在であれば、誰も疑わない。

成功すれば、迎えに行く。

失敗しても、
少なくとも、この国の崩れゆく中心にはいない。

それでいい。

軍は、まだ動かない。

だが、重臣層は、確実に切り崩されつつある。

事実を握り、伏せる。

その判断だけで、歯車は回り始めた。