【第二回一話だけ大賞応募作品】カラフルなまま、壇上で。

人は息を潜めるだけでは、空気にはなれないと思う。

息を潜めるだけじゃなくて、目立たなくて相手の色によって自分の色を変えてこそ、人は空気になれる。

逆に言えば、人に合わせすぎたら勝手に空気になっていく。
 
何色でも変えられるカメレオンみたいな、何色でも染められる白いTシャツみたいな、何色でも映せるスマホの液晶みたいな。

周りに同化してこそ人は空気になれる、とか格好良さげなことを考えてみたけど……

「はぁ……朝早くから、なんでこんな所に来てるんだろ」

今いる場所、海が見えるどこかの崖。

確かここまでの道に看板が立っていたので、名前はついている崖なのかもしれないけれどそんなことは今の私にとってはどうでも良い。
 
十二月の寒空の下、私はただぼーっと崖の上から海を見下していた。
 
中学一年の時に仲の良かった友達とクラスが分かれた。

二年になり、一人ぼっちになるのが怖かっただけ。

一人ぼっちが嫌だっただけ。

だから、始業式の後に声をかけてくれた隣の席の子に話を合わせた。

その子は一年からの友達もいて、私は必然的にそのグループに入り……ただの空気になった。
 
笑って、話を合わせていれば、浮きもしない。

自分の本心すら分からなくなっていく日々。

「ほんと馬鹿みたい」

ただちょっといつもと違う場所に来てみたくて、人気(ひとけ)のない場所まで来た。

「早く学校行かないと。遅刻したら怒られるし」
 
十二月の風はもう冷たくて、そんな風を浴び続けていれば、手足も冷えてくる。

風すら冷たいとか温かいとか速いとか遅いとかあるのに、私にはそんなところもないし……って、なに意味の分からないことを考えてるんだろう。

「寒っ」

ピュゥっと冷たくて強い風が吹き荒れる。

夏と違って冬の海は異次元に寒い。

だから、そろそろ馬鹿なことしていないで戻ろうかと思った。

こんな馬鹿なことはやめて、ちゃんと学校に行こうと思った。

なのに……冷たい風に当たり続けていた私の足はかじかむように、ほんの一瞬思った通りに上手く動かなかった。

それだけで身体はバランスを崩し、気づいた時にはあっという間に海に向かって落ちていく。

「え……」

最後の言葉なんて咄嗟に出るものじゃない。

私の最後の言葉は呟いたような「え……」で終わるんだ。

そんなことすら考え続ける余裕はなく、怖すぎて目をギュッとつぶった。



あーあ、死んじゃった。



って、あれ。

何で死んじゃったって思えているんだろう。
 
普通に考えて、死んだ後に死んだなんて思えるはずがない。

痛さもない……けど、足に力が入っている。

私はどこかに立っている。

そんなことを認識して、目を閉じていられるはずもなく、私はほぼ無意識に目を開けていた。

「は?」

死ぬ前の第一声が「え……」なら、生き返った後の第一声は「は?」らしい。
 
でも、そんな言葉が出るのも仕方ないと思う。

だって、今私の目の前に広がっている景色はどう見ても……





生徒集会だ。それで、私が登壇(とうだん)している。





壇上から見る生徒集会の景色は初めてのはずなのに、いつも向こう側から見ている景色を知っているからこそ、これが生徒集会だと認識できる。

体育館の中で整列した生徒たちが密集していて、壁際には先生たちが並んで立っている。
 
理解出来るはずのない光景を前にした人間は、ただ固まることしか出来ないらしい。

そんな固まっているだけの私に体育館にいる全員の視線が集まっている。

意味の分からない状況に息が苦しくなり、段々と速くなっていく。

身体のバランスすら保っていられなくて、私はマイクの置いてある演台に手をついて何とか正気を保つ。
 
その時、ステージ下にいる司会者がマイクを持った。



「では、次期生徒会長から挨拶をして頂きます。次期生徒会長 相川 明花(めいか)さん、お願いします」



訳が分からなさすぎて、息がさらに荒くなっていく。

「はぁ、はぁ……! はぁ……!」

私の荒い息がマイクに乗った時、周りの先生たちが動き出した。

「おい、相川の様子がおかしくないか」

「ちょっとおかしいな、一旦中止を……」

先生たちがステージに上がり、私に寄ってきて優しく声をかけてくる。

「おい、大丈夫か?」

返事なんて出来るはずもなく、ただ荒い息を続けていく。

しかし、先生たちはその様子で全てを察したらしい。

「一旦中止! 神坂先生、河野先生、相川を保健室に運ぶので担架(たんか)を持ってきて下さい!」

バタバタと先生たちが動き出し、いつの間にか私の体は担架に乗せられて保健室に運ばれていく。

幸い呼吸が落ち着いてきていたこともあり、保健室での対処で大丈夫だと判断されたらしい。
 
保健室のベッドに運ばれてやっと呼吸が落ち着いてきた私を、運んでくれた河野先生がまだ心配そうに見つめている。

「もう大丈夫か? 初めての挨拶で緊張したのかもしれないな」

緊張というより恐怖に近い感情で呼吸が乱れたのだが、優しく声をかけて貰えると心は少しだけ安心するものらしい。

落ち着いてきて考えても……どう考えても、私は先ほど崖から落ちた。

「河野先生、今日って何日ですか?」

「十二月九日だが。相川、本当に大丈夫か?」

私の質問を聞いて、河野先生は他の先生たちを顔を見合わせ、眉を寄せて不安そうにしている。
 
しかし、私にとっては先生たちに心配をかけようと今の状況を理解することの方が大事だった。

「十二月九日……日付は変わってない……」

そういえば、確かに今日は新しい生徒会の任命式だった気がする。

当たり前だが、私が生徒会役員じゃない。

もっと言えば、私が生徒会長なんてやるはずがないし、そんな性格でもない。

確か生徒会長は隣のクラスの沢井?とかいう真面目そうな男子がするはずだった。

「何が起きているの……」

ついそう口に出してしまう。

しかし、先生たちがこちらを見続けていることに気づいて、流石にそろそろ私も申し訳なくなってくる。

「すみません、びっくりしちゃって……」

私が普通の返事をしたことに先生たちは酷く安堵したようで、「始めての挨拶だったら緊張するよな」「動揺するのも無理はないよ」とそれぞれ声をかけてくる。

本当はこの状況自体に驚いたのだが、そんなことを言える雰囲気ではなかった。

とりあえず頭を整理したくて、先生たちに早く体育館に戻って欲しかった。

「もう大丈夫なので……ありがとうございました」

私がそう言うと、先生たちは保健室の先生に私のことを頼んで部屋を出ていく。

そのまま保健医が私の元に来て、目を合わせる。

「とりあえずゆっくり休んでいけば良いわ。呼吸はもう大丈夫?」

「はい」

「じゃあ、カーテン閉めておくわね。何かあったらすぐに呼んでね」

ベッド周りのカーテンがシャーっと音を鳴らしながら、閉まっていく。

一人になった空間で、私は最大限に頭を働かせた。

テストですら悪くもなく良くもないくらいのまさに普通の成績なのに、こんな状況を理解出来るはずがなかった。

ほんとに何が起きているの……!?

崖から落ちたら体育館で、いつの間にか生徒会長になっていて?

立候補すらしていないのにっ!

ペタペタと顔や体を触ってみるが、傷ひとつない。

ましてや崖から落ちたはずなのに、痛みすらない。

その時、カーテンの向こうからガラッと扉の開いた音がして、保健室に誰かが入ってくる。

私はカーテンの中から、そっと耳をすませた。


「あの、ここに相川はいますか?」


何で私の名前っ!?

しかも、この声。男子生徒だ。

私に男子の友達なんていたっけ?

そんな私の驚きとは逆に先生は冷静に質問に答えている。

「相川さんはベッドで休んでもらっているけれど……何か用事?」

「いえ……休んでいるならまた後で来ます」

「じゃあ、相川さんに来たことを伝えておくわ。クラスと名前を教えて」

「二年三組 沢井 成真(せいま)です」

沢井 成真? 

どこかで聞いたことのある名前な気がする……。

沢井、沢井……あっ!

本当は生徒会長になるはずだった隣のクラスの真面目そうな男子だ!

そう気づいた瞬間、私はバッと思いっきりカーテンを開けていた。

「あら、相川さん。起きていたの?」

「あ、えっと……はい」

とっさにカーテンを開けてしまったが、別に言いたいことがあったわけじゃない。

そんな私に気づいてか気づかずか、沢井くんから口を開いた。


「生徒会長、ちょっと良い?」


私のことを生徒会長と呼ばれても反応に困る。

しかし、保健室の先生は「あー、そうね。沢井くんは副会長だものね。だから相川さんに用事があったのね」とうなずいている。

沢井くんが副会長……生徒会長は二人なれないので当たり前のことかもしれないが、本当にいつの間に私は生徒会長になったのだろう。

その時、プルルルルと保健室の電話がなり、先生が職員室に呼び出された。

「ごめんね、沢井くん。相川さんのこと任せて良いかしら? 何かあったらすぐに教えて」

待って、この状況で保健室の先生はいなくなっちゃうのっ?

しかし、沢井くんは普通に受け入れて、先生は保健室を出ていく。

そして、沢井くんと私の目が合った。

「生徒会長、体調はもう大丈夫なわけ?」

「うん、体調は大丈夫だけど……」

体調は元気だが、状況を理解出来ていないので全然大丈夫ではない。

「相川が急に倒れたから、俺が代わりにステージで挨拶したんだけど」

「え、ありがとう……?」

ついお礼を言ってしまったが、意味が分からない。

私だって生徒会長になりたくてなったわけじゃない。

気づいたら勝手になっていたのだから。

「そんな様子で生徒会長なんて出来るわけ?」

「えっと……」

出来ない、と答えたいが、とても言える状況でもないし、声すら上手く出てこない。

「はぁ……これからはちゃんと頑張りなよ。相川はもう生徒会長なんだから」

「ねぇ、今日って十二月九日なんだよね……?」

「そうだけど」

「他に何か変わったことある?」

「急に何を言い出すわけ?」

「何か変なこととか、どこかの生徒が崖から海に落ちたとか!」

「そんなことあったら大ニュースでしょ。何言ってんの?」

沢井くんは心底意味が分からないという顔で私を見ている。

「まだ動揺しているみたいだし、今日はしっかり休めば。俺はこれからついていく生徒会長がどんな人か見たかっただけだし。じゃあ、もう行くから」

そう言い放って、沢井くんが保健室を出ていく。

その様子を私はただ見ていることしか出来なかった。

訳の分からない頭のまま、いつの間にか保健室の先生は戻ってきて、私は家に帰ることになり、いつも通りの家族に迎えられ、夕食を食べて、眠りにつく。

目が覚めて、また学校に行って、授業を受ける。

いつも通りの日常。

変わったことは一つだけ。



そう。崖から落ちて目が覚めた世界は……私が生徒会長になっていた世界だった。



そして、それ以外は何の変化もない世界だった。

息を潜められない。他の色にも同化出来ない。

生徒会長という役割は私を空気になどさせてくれない。

これから私はこの世界で生きていくことになる。


【一話終わり】