申し訳ないが彼の口から1度も聞いたことさえない名前だった。
友達とか、幼馴染とか、昔からの知り合いだとか。
考えられる手はたくさんあるものの、そのあたりで止まっていてくれと願ってしまうわたしもいた。
「婚約者なんだよ、識の」
そこで口を開いたのは葉奈。
「………え…」
「あれ、ロスに留学してたんじゃなかったっけ」
「ええ。ちょうど長期休暇ができたから、少し前から帰国していたの」
な、な、な、なんと……?
いまなんて言った…?
こんやくしゃ…、
コンヤクシャ……、
婚・約・者……?
「日暮さん…?どうしよう、また具合が悪くなってしまったのかしら」
「…戦意喪失」
「え?」
「悪いねうちはこんなポンコツメイドで。…そこの執事、磯山さんだっけ?彼女を先に案内してやってよ」
「かしこまりました。では失礼いたします。椿お嬢様、こちらへ」
釈然としないまま突っ立つわたしを置いて、ふたりは屋敷内へと入ってゆく。



