日向家の諸事情ですが。





『あぁああ……っ、あああぁぁぁーーー…っ』



誰にも見せなかった涙を、初めて誰かに見せた夜だった。

ベッドにひれ伏すように泣くと、つられるように兄も声を上げて泣き出す。


おまえが嫌いだ、だいきらいだ。
おまえなんか居なくなればいい。

ツバキちゃんのことだって俺のほうが先に好きになったのに。

頼むから死んでくれよ────、


心の底からわき出てくる嘆きを、兄は何も言わずに受け止めていた。



『ふふ。これでやっと旦那様は私のもの…』



それから1年後。

病弱だった母の容態が悪化して、そのまま帰らぬ人となった。


母の死を喜んでいた存在を俺は知っている。
父と不倫関係にあった、この牧というメイドだ。



『だ、旦那様…っ、約束してくれたじゃありませんか…!私と一緒になってくれると!!』


『…なんの話だ。私には事業がある。この立場を捨ててまで君を選ぶ気はない』


『そ、そんな……』



可哀想に思えた。


父のためだけに生きていた女が、こんなにも呆気なく捨てられて。

不倫の終着点に幸せなどあるはずもないのに、惨めに信じつづけたあの女が。


12歳の自分には、そんなものが妙に、かわいそうに見えたのだ。