日向家の諸事情ですが。





『ころして……やる…』



そして1度だけ、兄である識を殺そうとしたことがあった。


だれもが寝静まったはずの夜更け。

部屋をそっと抜け出し、調理場からフルーツナイフを手にし。


長男が眠る部屋へ、迷うことなく。



『────……いいよ』


『っ…!?』


『…葉奈なんだろ。…俺をころして、いい』



きっと今日という日を兄はとっくに待ちわびていたのだろう。

ベッド脇に立って、その首へとまっすぐ向けた刃を躊躇わせてきた声。


暗闇のなか、しずかに、ただ静かに、自分だけのために流された涙。



『おまえ…いつも、ずっと、辛いだろ』


『っ…』


『つらすぎる、よなあ…っ、ごめん、ごめんな…っ』



兄ちゃんなのに助けてやれなくて。
俺ばっかり手にして。

俺ばっかり、いつも守られて。


たったの1歳差ってだけなのに、1歳しか変わらないってのに。



─────殺せなかった。



カタカタカタと、指の先からつま先へと次第に震えていってしょうがない。