「咲菜、お腹空いてない?」
「ううん、あんまり。⋯⋯お母さんは?」
「お母さんも。⋯⋯そうね」
それきり、また沈黙が訪れる。
車に乗り込むと、閉ざされた空間の中に、母の堪えていた鼻をすする音が小さく響いた。
私は窓の外を見た。空はどこまでも高く、八月の終わりの入道雲が、真っ白な巨塔のようにそびえ立っている。
あと何度、この夏の終わりの風景を見られるだろう。
心臓の中に咲くという、桜の花。
そんなものが、この肋骨の内側で、私の血液を吸って育っている。
そう思うと、自分の体が、自分のものではない別の生き物に寄生されているような、不気味な感覚に襲われた。
母はハンドルを握る手を震わせながら、ゆっくりと車を出した。
いつも通るスーパーの看板、馴染みの本屋、街路樹。
すべてが、今までとは違う色に見える。
「⋯⋯信じられないわよね。そんな、嘘みたいな病気」
信号待ちの間に、母がぽつりと呟いた。
「⋯⋯うん」
「でも、大丈夫よ。お母さん、一生懸命調べて、有名な先生を探すから。絶対に、咲菜を治してもらうから」
その言葉は、私に聞かせているのか、自分に言い聞かせているのか。
母の横顔には、死の影を振り払おうとする必死さが張り付いていた。
私はただ、何も言わずに自分の胸を、服の上からそっと押さえた。
蕾の気配はまだないけれど、冷たい恐怖だけが、そこから全身へと広がっていくのを感じていた。

