死にゆく私は、桜の世界で二度と散らない恋をした。



三月、中旬。


あの日、奏斗とケーキを作った時の穏やかな空気は、嵐の前の静けさに過ぎなかった。

私と奏斗の体調は、開花の時が近づくにつれて急速に悪化し、二度目の外出許可が出ることはなかった。


​私は意を決して、鈴を病院に呼んだ。
これまで、彼女は私が学校を休みがちになっても、返信が遅くなっても、決してしつこく理由を問い詰めてくることはなかった。


「何か事情があるんだ」と、私のことを信じて待っていてくれたのだ。
その優しさが、今は何よりも胸に痛い。


病室にいつもの制服姿で現れた鈴は、私の姿を見た瞬間、言葉を失って立ち尽くした。


​「⋯⋯咲菜? なに、その格好⋯⋯。それに、すごく⋯⋯痩せた?」


​「⋯⋯ごめんね、鈴。驚かせちゃって」


「驚くよ、当たり前でしょ。どういうこと? ただの体調不良じゃない
の?」


​鈴の声が震えている。彼女は私の向かい側の椅子に座ることさえできず、ただ呆然と私を見つめていた。

私はゆっくりと深呼吸をして、心臓の奥でトゲを伸ばし続ける桜の存在を告げた。


​「私ね、⋯⋯桜咲病っていう病気なんだ」


その言葉が落ちた瞬間、周囲の音が消えた。
鈴は、一瞬だけ何を言われたのか理解できないというように首を傾げた。


​「⋯⋯おうさき、びょう? なにそれ。聞いたことないよ。新しいドラマか何かの話?」


「違うの。不治の病、なんだって。心臓に桜の根が張って、花が咲くのと引き換えに⋯⋯鼓動が止まるの。⋯⋯私、もうすぐ死んじゃうんだ」


​「⋯⋯っ、嘘。嘘だよ、そんなの!」


鈴が激しく首を振った。


「咲菜、笑えないよ。そんな冗談、全然面白くない! 」


鈴は笑おうとして、けれどその瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。


彼女は必死に否定しようとしていた。
私という日常が、自分の世界から消えてしまうことを。


私は震える足で立ち上がり、一歩、彼女の方へと近づいた。


​「嘘じゃないんだよ、鈴。⋯⋯ほら、来て」


​私が彼女の手を引いて、自分の体へと引き寄せる。


鈴をぎゅっと抱きしめた、その瞬間。


​「⋯⋯⋯⋯え?」


​鈴の体が、私の腕の中で硬直した。
彼女の鼻先が、私の首筋に触れる。

そこから立ち昇っているのは、病院の消毒液の匂いでも、洗剤の匂いでもない。


――狂おしいほどに濃厚で、むせ返るような、満開の桜の香り。
それは、生命を燃料にして燃え上がる、死の芳香だった。
 

「⋯⋯なに、これ。なんで、こんなに⋯⋯匂うの?」


鈴の声が、これまでに聞いたことがないほど掠れていた。

密着した体から伝わる、私の異常な体温。
そして、心臓の奥で「ドクッ、ドクッ」と歪な音を立ててのたうつ、桜の根の振動。


​「もう⋯⋯こんなに匂いが濃いんだね。⋯⋯隠せなくなっちゃった」


「⋯⋯嘘だ、嘘だぁ⋯⋯咲菜ぁっ!!」


​確信という名の絶望が、鈴を襲った。
彼女は私の肩に顔を埋め、子供のように声を上げて泣き崩れた。


私のカーディガンが、彼女の涙ですぐに重くなる。


​「なんで⋯⋯なんで咲菜なの⋯⋯!? 悪いことなんて、何もしてない
のに⋯⋯! 卒業式も、一緒に⋯⋯一緒に出るって約束したじゃん⋯⋯!」


​鈴の両手が、私の背中を痛いほどに掴む。
私は彼女の背中を優しく撫でながら、自分もまた、堪えていた涙を溢れさせた。


「ごめんね、鈴。⋯⋯でも、最後に言えてよかった。鈴は、ずっと私の親友だよ。それは、何があっても変わらないから」


​窓から吹き込む三月の風が、私たちの髪を揺らす。

満開の桜の香りに包まれながら、私たちは互いの体温を確かめるように、いつまでも、いつまでも抱き合っていた。