その言葉を最後に、咲菜は僕の胸に顔を埋めたまま、深い眠りに落ちた。
泣き腫らしたまぶたは赤く、時折、小さな子供のように肩を震わせている。
自由な方の手で彼女のまぶたに溜まった涙をそっと、壊れ物に触れるように拭った。
⋯⋯ごめんな。
嘘をついて、騙して。
君の普通を奪うような真似をして。
でも、もし、僕一人だったら。
この孤独な暗闇の中で、自分の体から溢れる死の香りに怯えるだけの日々だったら、きっと僕は耐えられなかった。
最初は、ただの同情だったのかもしれない。
同じ地獄に足を踏み入れた少女を見て、せめてその最後が少しでも鮮やかであればいいと、お節介なヒーローを演じたかっただけなのかもしれない。
けれど、レンズ越しに君の笑顔を追いかけるうちに、君がリスみたいに頬を膨らませて笑う姿を見るうちに。
いつのまにか、咲菜は自分よりも大切な人へと変わっていた。
自分の心臓が止まることよりも、君の鼓動が弱まっていくことの方が、何百倍も恐ろしかった。
こんなにも。
⋯⋯こんなにも、君のことを好きになってしまっていたんだ。
皮肉なもんだよな。
心拍数が上がると、体温が上がる。
そうすれば、心臓に根を張る桜の成長は早くなるらしい。
⋯⋯まあ、僕の憶測なんだけど。
君のことを想って胸が高鳴るたびに。
君と手を繋いで、その熱に触れるたびに。
僕たちの中の「死」は、その速度を早めていく。
愛すれば愛するほど、終わりが近づくなんて、どんな神様が考えた冗談なんだろう。
それでも。
たとえこの熱が、僕たちの命を焼き尽くすための炎だとしても。
僕は君の手を離さない。
「⋯⋯咲菜」
俺は、眠る彼女の耳元で、一度だけその名前を呼んだ。
部屋を埋め尽くす、圧倒的な桜の香り。
それはかつての俺にとって、自分を呪うための忌まわしい匂いだった。
けれど今は、隣に君がいることを証明する、世界で一番切なくて愛おしい香りに思えた。
僕たちは、嘘のない本当の時間を、ここで綴り続ける。
「おやすみ、咲菜。⋯⋯明日も、笑って会おうな」
重くなるまぶたをゆっくりと閉じた。
彼女の髪から漂う甘い香りを、肺いっぱいに吸い込んで。
この温もりが、いつか永遠になるその時まで、僕は彼女の盾であり続けようと、静かに心に誓いながら。

