死にゆく私は、桜の世界で二度と散らない恋をした。



「咲菜さん。⋯⋯少し、落ち着いて聴いてほしい」

医師の声は、いつもよりずっと低く、慎重に言葉を選んでいるようだった。


私は白い診察室の椅子に深く腰掛け、震える手を膝の上でぎゅっと握りしめていた。
鼻の奥には、先ほど廊下で彼を抱き起こした時に感じた、あの濃厚な桜の香りがこびりついて離れない。


​「さっきの⋯⋯瀬口さんは、君のお知り合いかな?」


​先生の問いかけに、心臓が跳ねる。


お知り合い。
そんな言葉じゃ足りない。

彼は私のすべてで、私の絶望を唯一塗り替えてくれた人なのに。


​「⋯⋯はい。あの、その人も、⋯⋯『桜咲病』、なんですか⋯⋯?」


口にするだけで、喉が焼けるように熱くなった。


否定してほしかった。
そんなはずないよ、彼はただの貧血だよ、と笑ってほしかった。


けれど、先生はすぐに答えを出さなかった。
カルテを見つめるその視線が、わずかに揺れる。


​「⋯⋯彼は、しばらく他の病気になっていないかも含めて、精密な検査入院に入る。詳しいことは、状況が落ち着いたら本人に聞いてみてほしい」


​先生の言葉は、酷く曖昧で、何ひとつ確かなことを教えてくれなかった。


「他の病気になっていないか」なんて。

そんな回りくどい言い方をするのは、つまり、隠さなければならない核心があるということではないのか。



何を言っているのか、何を隠しているのか。分かりたくなかった。⋯⋯知りたくなかった。


「お見舞いに来た」という、いつかの彼の言葉。


すべてがパズルのピースのように嵌まっていく。
⋯⋯彼は、妹のお見舞いじゃなく、自分自身の治療のためにこの病院に来ていたのではないか。


​「⋯⋯咲菜さん。まずは君の体のことだ」


​先生が声を一段と沈めて、私を現実に引き戻す。
​「君の状態は、非常に深刻な『休眠打破』の段階に入っている。心臓に根を張った桜が、冬の静止期間を終えて一気に活動を始めた」


今の私には自分の命のことなんて、どこか遠い国の出来事のようにしか思えなかった。