「⋯⋯桜咲病ですかね⋯⋯」
医師の口から漏れたのは、お伽話か、質の悪い冗談のような名前だった。
彼はマウスのカーソルで、その蕾の形をした影をなぞる。
「レントゲンを見てわかる通り、心臓の筋肉に同化するように、植物性の組織が形成されています。これが成長し、心臓を覆い尽くすようにして⋯⋯文字通り、花を咲かせる病気です」
説明を続ける医師の声が、どこか遠くの国の出来事のように聞こえる。
「余命は、あと一年ほどかと思われます。それが、限界でしょう」
隣で、母が短く息を呑む音がした。
母は何かを言おうとして、けれど声が出ないのか、金魚のように口を動かすだけで、そのまま静かに顔を覆った。
桜咲病。
聞いたこともない。
けれど、モニターに映るその影は、微かに揺れているように見えた。
私の体の中に、花が咲く? 私を殺すための花が、今この瞬間も、育っているというの?
信じられなかった。
自分の体に、そんな美しくも残酷なものが宿っているなんて。
でも、同時にどこかで、妙な納得感もあった。
「⋯⋯治療法は、ないんですか」
母の声が、驚くほど冷静に響いた。
医師は辛そうに首を振った。
「現在、研究は進んでいますが、治す薬はありません。できるのは、香りと痛みを和らげる処置だけです」
淡々と告げられる真実についていけなくなる。
母の近くに一人の看護師がやってきて背中を撫でていた。
診察室を出た後のことは、あまり覚えていない。
ただ、病院の外に出たとき、再び降り注いだ夏の太陽が、あまりにも眩しくて、私は思わず目を逸らした。
世界はこんなに命の輝きに満ちているのに、私の心臓には、春に私を連れ去るための死の蕾が、静かに、けれど確実に根を張っていた。

