十一月の半ば。冷たい木枯らしが、街路樹の葉を容赦なく剥ぎ取っていく。
今日は母の仕事がどうしても外せず、私は一人で定期検診のために病院へ来ていた。
「⋯⋯お疲れ様でした。また何かあったら、すぐに来てくださいね」
いつもの医師と、看護師さんの優しい声を背に、私は病院の外へ出た。
診断結果は相変わらず休眠期のため大きな進行はないものの、レントゲンに写る心臓の影は、確実にその密度を増しているようだった。
マフラーに顔を埋め、冷たくなった空気と一緒に、体の中から溢れる桜の香りを吸い込む。
早く、帰ろう。
俯き加減に歩き出そうとした時。
「おーい、咲菜ちゃーん!」
聞き慣れた、少し低くて通る声。
顔を上げると、病院の門のすぐそばにある街灯の下、紺色のダッフルコートを着た奏斗先輩が立っていた。
「⋯⋯え、先輩? 何してるんですか、こんなところで」
「何って、お迎えに来たんだよ。ちょうど終わる頃かなと思って」
先輩は白い息を吐きながら、当然のように私の隣に並んだ。
私は驚きで目を丸くする。
「お迎えって⋯⋯私、先輩に病院の名前まで教えてないんですけど。⋯⋯先輩、やっぱり変態を通り越して、ストーカーですか?」
「ひどいな! 違うよ、心外だなぁ」
先輩は心底心外だというように肩をすくめて、苦笑いした。
「今日は本当に偶然。いや、半分は必然かな。⋯⋯実はさ、僕の妹もこの病院に入院してるんだ」
「え⋯⋯妹さん?」
「うん。産まれた時から体が悪くてさ、ずっと入院生活。年齢的には小学二年生なんだけど、体はもっとちっちゃいかな。今日はそのお見舞いに来てたんだよ」
先輩の口調は明るかったけれど、その瞳の奥には、どこか遠くを見つめるような寂しさが混じっていた。
自由奔放に振る舞う彼。
その裏側にある家族の事情。
もしかしたら、彼が強引に私を連れ出そうとするのは、大切な誰かが病院の中にしかいられない現実を、誰よりも知っているからなのかもしれない。
「⋯⋯そう、だったんですね。ごめんなさい、変態なんて言って」
「あはは、いいよ。いつものことだし。⋯⋯でも、おかげで今日、こうして咲菜ちゃんに会えた」
先輩は私の顔を覗き込み、凍えた私の手をそっと、自分のコートのポケットに引き入れた。
ポケットの中は、彼の体温で驚くほど温かかった。
「診察、頑張ったご褒美。今から、僕とデートしない?」
「え⋯⋯どこへ?」
「この時期は、水の中が一番静かだよ」
先輩が指差したのは、ここからバスで少し行ったところにある、街で一番大きな水族館のポスターだった。
「行きたいです」
冬の入り口の冷たい風の中で、彼と繋いだ手だけが、熱を持っていた。

