「⋯⋯嫌です。絶対に行きません。絶対に!」
私は、奏斗先輩のクラスの入り口で、必死に踏ん張っていた。
廊下にまで漏れ聞こえてくる、おどろおどろしいBGMと、時折響く「ギャー!」という悲鳴。
暗幕で仕切られた教室の入り口は、まるで異界への入り口のように見えて、私の足は一歩も前に進もうとしなかった。
「えー、僕のクラスだよ? 飲み物管理してるクラスメイトにも顔見せなきゃだし。さ、行こうよ咲菜ちゃん」
「嫌です! 私、お化けとか本当に無理なんです。先輩、一人で行ってきてください!」
「一人でお化け屋敷に入る三年生なんて、寂しすぎて泣いちゃうよ。ほら、僕が守ってあげるから」
先輩はそう言うと、私の背中を優しく、けれど断固とした力で押した。
「あ⋯⋯っ、ちょっ、先輩!」
抗う間もなく、私たちは黒いカーテンを潜り抜けてしまった。
一歩踏み入れると、そこは完全な暗闇だった。
視界が奪われたことで、心臓の鼓動が急激に早まる。
休眠中の蕾が、恐怖によるアドレナリンに反応したのか、ひりりと熱を帯びた。
「こわいです」
「早!僕の後ろにいていいよ?」
先輩の声が、すぐ近くで響く。
すると、私の右手に、大きな、そして少し熱を帯びた彼の手が重なった。
「⋯⋯!」
驚いて顔を上げようとしたけれど、暗くて何も見えない。
でも、彼が私の手をしっかりと握り、指を絡めてくれたことは、はっきりと分かった。
「はぐれないように。ね?」
「⋯⋯はい」
床に置かれた赤いライトが、不気味に足元を照らす。
段ボールで作られた壁から、突然「わあっ!」とクラスメイトが飛び出してくるたび、私は「ひゃあ!」と短い悲鳴を上げて先輩の腕に抱きついた。
そのたびに、彼は「あはは、驚かせすぎだよお前ら」と余裕の笑みを浮かべ、私の肩を抱き寄せて守ってくれる。
いくつもの感情が混ざり合って、私の呼吸はどんどん浅くなっていく。
「⋯⋯咲菜ちゃん、大丈夫? 手、すごい震えてるよ」
「だって、本当に怖いんです。もう、早く出たい⋯⋯」
「あともう少し。ほら、あそこ出口」
最後の仕掛けで追いかけてくる落ち武者から逃げるようにして、私たちは光の差し込む出口へと飛び出した。
眩しさに目を細めながら、廊下の喧騒に戻ってきた時、ようやく私は自分の右手がまだ先輩と繋がれたままだということに気づいた。
「あ⋯⋯っ、すみません!」
慌てて手を離すと、手のひらがじっとりと汗をかいていた。
先輩は残念そうに自分の手を見つめてから、悪戯っぽく私にウィンクした。
「いいよ。僕も、ちょっとドキドキしたし」
その後、私たちはまるで取り憑かれたように、文化祭の全てを遊び尽くした。
屋台で買った香ばしい焼きとりを二人で突き合い、体育館で行われていた謎のカラオケ大会を遠巻きに眺め、展示室に飾られた精巧なジオラマに感心したりした。
広い校庭の隅から、賑やかな旧校舎の屋上まで。
私たちはただの中学生として、終わらない秋の午後を、ひたすら笑って過ごした。

