死にゆく私は、桜の世界で二度と散らない恋をした。



​「ちょっと、エプロン脱ぐから待ってくださいってば!」


「いいじゃん、似合ってるのに。そのまま行こうよ」


「絶対無理です!」


私は慌ててフリフリのエプロンを脱ぎ捨て、指定の制服姿に戻った。
心臓のバクバクがまだ収まらない。先輩は隣で「ちぇー」なんて言いながら、運営委員のキャップを指で弄っている。


「まずはどこ行く? 」


「鈴のクラスがクレープ屋さんやってるんです」


「お、いいね。甘いもの、大歓迎」


三組の教室へ向かう廊下は、人でごった返していた。
ぶつかりそうになるたび、先輩がさりげなく私の肩を引き寄せてくれる。


そのたびに、香水の香りと、私の体から漏れ出す微かな桜の香りが混じり合って、目眩がしそうになる。


「いらっしゃいませー! ⋯⋯あ、やっぱり来た!」


クレープの焼ける甘い匂いに誘われて三組の教室に入ると、エプロン姿でフライ返しを持った鈴が、獲物を見つけたような顔で笑った。


​「咲菜、お疲れ! ⋯⋯って、えええ!? 奏斗先輩と一緒!? ちょ、二人とも、いちゃいちゃしといでーって言ったけど、本当に実現するとはね!」


「ちょっと鈴、声おっきいし、変なこと言わないでよ!」


「あはは、鈴ちゃん、ナイスパス。おかげでデート中だよ」


​先輩がさらっと「デート」なんて言葉を口にするから、私の心臓の蕾がまたひりりと疼いた。


「ほら、注文何にする? 咲菜ちゃん」


「⋯⋯私は、チョコバナナで」


「僕はね、いちごクレープ。クリーム多めで」


​先輩が意外にも可愛らしいメニューを頼んだので、私は思わず彼を見上げた。


「先輩、甘いもの好きなんですか?」


「ん? 意外? 激甘党だよ、僕。これでもスポーツマンなんだけどね」


​「よしきた! チョコバナナといちごね。はい、咲菜の分は特別にクリームとバナナ、マシマシにしといたよ。先輩の分もいちご特盛!」


​鈴が手渡してくれたクレープは、ずっしりと重くて、包み紙から溢れんばかりのトッピングが乗っていた。
鈴の「応援してるよ」という無言のメッセージが伝わってきて、少しだけ恥ずかしくなる。


​「あ、お会計⋯⋯」


「いいよ、僕が出すから」

​私が財布を出そうとするより早く、先輩がお金を鈴に手渡した。


「え、でも、自分の分くらい⋯⋯」


「いいの。今日は僕が誘ったんだから。ね?」


​お釣りを受け取らずに、先輩は私の背中にそっと手を添えて出口へと促した。


「あーあ、ごちそうさま! お熱いねぇ、二人とも!」


後ろから聞こえる鈴の茶化す声を背中に浴びながら、私たちは賑やかな教室を後にした。


廊下の隅で、二人並んでクレープを頬張る。


「⋯⋯ん、美味しい。鈴、意外と才能あるかも」


「本当だ。これ、毎日食べたいレベルだね」


​イチゴのクリームを口の端につけて笑う先輩を見て、私は確信した。
この人は、私の死の予感さえも、甘い魔法で溶かしてしまえるのかもしれない。


クレープの温かさと、隣にいる彼の体温。
休眠打破の痛みなんて、この時ばかりはどこか遠い国の出来事のように感じられた。