死にゆく私は、桜の世界で二度と散らない恋をした。



​ 「⋯⋯本当に寝ちゃったよ」


規則正しい寝息が聞こえ始め、俺は手に持っていたトランプを静かに片付け始めた。


小倉咲菜。
昨日、消えてしまいそうな顔をしていた女の子。

あんなに必死に「死にたい」なんて顔をしておきながら、寝顔はこんなにも幼くて、脆い。


「男の前で、こんな無防備に寝ちゃダメだよ⋯⋯バカ」


俺はそっと手を伸ばし、彼女の柔らかい頬を指先でつんつんと突いてみた。


反応はない。
相当、疲れが溜まっていたんだろうな。


首から下げたカメラを構えた。

ファインダー越しに覗く咲菜は、驚くほど白くて、細い。
夏の終わりの強い光に透けて、今にも消えてしまいそうだった。


​ピントを合わせる。シャッターを切る直前、俺は少しだけ指を止めた。



この子は、自分がどれだけ綺麗な顔をして寝ているか知らないんだろうな。


⋯⋯カシャッ。
小さな音と共に、彼女の穏やかな寝顔がフィルムに焼き付く。


「⋯⋯寝てるな。かわいい」


独り言が漏れる。
こんなところで寝かせて、風邪でも引かせたら大変だ。


それに、ここは少し硬すぎる。


​「⋯⋯よいしょっと」


俺は彼女の膝裏と背中に腕を回し、ゆっくりと抱え上げた。
いわゆる、お姫様抱っこってやつ。


腕の中に収まった彼女は、驚くほど軽かった。
この細い体で、どれだけの絶望を抱え込んでいたんだろう。


​「起きてたら、また全力で抵抗するんだろうな⋯⋯。まあ、教えてあげないけどね」


俺は彼女を起こさないように慎重に歩き出した。
行き先は、保健室。


彼女が次に目を覚ますとき、俺の存在が少しでも救いになっていればいい。

そう願いながら、俺は静かな校舎の階段を下りていった。