ついにやってきた夏祭り当日。白波海岸は、朝から大勢の人で賑わっていた。
浜辺には、カラフルなのれんを下げた屋台がずらり。中央にはステージが設営されていて、今は小学生たちがバトントワリングのパフォーマンスをしていた。
真夏の太陽にも負けないほどの大盛り上がりだ。
「みんな楽しそうだな……」
なんて他人事みたいな感想が出てくるのは、私がお祭りを楽しむ余裕がないせいだろう。
スピーチコンテストは午後二時からだけど、本番のことを考えると今から気が重い。
練習はたくさんしてきたから、いつも通りやれば大丈夫だと思うけど……。
「はあ……」
お祭りムードには似合わないため息をつく。気が重いのは、スピーチのせいだけじゃなかった。
夏祭りが終わったら、ヒサメくんたちともお別れだ。そう考えると、余計に気分がどんよりしていた。
沈んでいると、誰かにぽんっと肩を叩かれる。
「お嬢さん、海鮮焼きはいかが?」
驚いて振り返ると、水色のはっぴを着たエイちゃんがいた。その手には、こんがり焼けたイカ焼きがある。
「エイちゃん! それ、どうしたの?」
「うちの屋台で海鮮焼きを売ってるんだよ。クラゲがとぼとぼ歩いていくのが見えたから、出来立てを持ってきたの」
エイちゃん、私のことを心配して持ってきてくれたのかな? 優しい子だな。
どうぞ、と笑顔で手渡される。美味しそうな匂いに誘われて、ぱくっと齧りついた。
「ん~っ! おいしい!」
イカの身はぷりっとしていて、しょうゆの風味も香ばしい。そういえば、今朝は緊張しすぎて何も喉を通らなかったんだよね。
お腹が満たされると、ちょっとだけ緊張が和らいだ。エイちゃんも、安心したように微笑んでいる。
「他にもホタテバターとか海鮮焼きそばとかあるから、食べにおいで」
「うん! 行く!」
エイちゃんに案内されながら、海鮮焼きの屋台へ向かった。
「あ~! 倉木さんだ! やっほ~」
屋台の前には、同じクラスの女の子四人組がいた。ヒサメくんたちを遠巻きで見つめていた鈴木さんたちだ!
「みんなも来ていたんだね!」
「もっちろん。白波町の一大イベントだもん」
「映える写真もいっぱい撮りたいし~」
四人で「ね~」と顔を見合わせる。夏祭りは、この町の人たちにとっては特別なイベントなんだね。
「鈴木さんたちの浴衣、かわいいね! 裾が短くて、ふわっとしてて、アイドルみたい」
「倉木さんに褒められるなんて感激~! みんなで揃えてきてよかったね!」
キャッキャと騒いでいる鈴木さんたちを見ていると、私まで明るい気分になった。
「倉木さんは、制服なんだね。浴衣着たら絶対カワイイのに」
「うん。私はスピーチコンテストがあるから、制服なんだよね」
遠慮がちにそう話すと、鈴木さんたちは「すごーい!」と声をそろえる。
「スピーチコンテストに出るんだ!」
「頑張ってね、応援してる!」
四人から期待に満ちた眼差しを向けられる。プレッシャーはちょっとだけ増したけど、応援してくれたのは嬉しかった。
「うん。頑張るね!」
エイちゃんたちと別れたあと、私はヒサメくんたちを探してみることにした。
こんな楽しそうなイベントにみんなが来ないはずがない。きっとどこかで、祭りを楽しんでいるだろう。
シロカくんとギンガくんが好みそうな海鮮の屋台を中心に見て回ったが、彼らの姿は見当たらない。
「おかしいな。みんなどこに行ったんだろう?」
きょろきょろと探していたそのとき、足元にプラスチックのパックが飛んできた。
パックの中には何も入っていないけど、ソースがべったりと付いている。
食べ終わった屋台のごはんを、誰かがポイ捨てしたのかな?
残念な気分になりながらも、落ちたパックを拾う。ゴミ箱を探していると、信じがたい光景を見た。
「うそ! ゴミ箱が、溢れかえってる」
浜辺の隅にはゴミ箱が設置されているが、箱に収まりきらなかったゴミが山のようになっていた。
無法地帯になっているせいか、空き缶やペットボトルも放置されている。
「これはひどい……」
こんな風にゴミが放置されていたら、海まで飛んで行ってしまう。さっき飛んできた来たゴミも、ここから飛ばされてきたのだろう。
「……片付けよう」
この惨状を見たら放ってはおけない。どこかの屋台からゴミ袋をもらおうと振り返ったとき、「おーい、倉木」と聞き慣れた声が聞こえた。
人混みの中には、祭り関係者のTシャツを着た海老原先生がいる。その手には、ゴミ袋があった。
「海老原先生! そのゴミ袋、ください」
「おお、いいぞ。俺もちょうど、ゴミの回収をしに来たところだったんだ。手伝ってくれるか」
「はい、手伝います」
「しかし、ひどいなぁ。このありさまは」
海老原先生は、呆れたように目を細めながら、ゴミの山を眺める。
「こういうイベントがあると、浜辺がゴミで溢れかえるんだよな。毎年のことだけどさ」
「そう、なんですね……」
今年だけじゃないんだ。お祭りに参加している人たちが、海を守ろうって意識が薄い証拠なのかもしれない。
「先生が子どもの頃は、海を汚すとダイオウイカに怒られるぞ~!って脅されたものだけど、いまの子どもたちには効果がないのかもしれないな」
ハハっと寂しそうに話す、海老原先生。
「ダイオウイカって、津波から町を救ってくれたって言い伝えのですか?」
「そうそう。倉木も知っていたのか」
「はい。おばあちゃんから聞かされて」
海老原先生は「そうか……」と力なく微笑んだ。
「町を救ってくれたダイオウイカに感謝するための祭りなのに、浜辺がこの状態では感謝どころじゃないよな」
たしかに、この惨状をダイオウイカのお兄さんが見たら、激怒するだろう。怒りに任せて究極魔法を発動させたらと考えると、ゾゾッと寒気が走った。
「先生、早く片付けましょう!」
「ああ、そうだな」
危機感にあおられながらも、海老原先生と手分けをして、散らばったゴミを拾い集めた。
三十分後。ゴミはすべて拾って、ゴミスペースは元通りになった。いっぱいになったゴミ袋は、海老原先生が回収してくれる。
「倉木、手伝ってくれて助かった。これは俺が捨てておくから」
「はい。お願いします」
「スピーチもしっかりな。応援してるから」
「が、頑張ります」
両手いっぱいにゴミ袋を抱えた海老原先生に、小さく会釈をした。
それから再び、ヒサメくんの捜索を始める。
「本当にどこ行ったんだろう?」
まさかもう、海に帰ってしまったなんてことはないよね? 私のスピーチは見届けるって約束したから、それはないと思うけど……。
このまま会えないままお別れになると想像すると、胸が苦しくなった。
「……もっと別のところも探してみよう」
捜索範囲を広げるために、祭り会場から離れた場所にも行ってみた。
しばらく捜索を続けていると、祭りの喧噪から離れた岩陰で、ヒサメくんたちの姿を見つけた。
あんなところにいたんだ!
すぐに声をかけようとしたが、すんでのところで思いとどまる。四人の表情がやけに険しく見えたからだ。
彼らの視線の先には、タブレットがある。もしかして、ダイオウイカのお兄さんと通信をしているのかな?
「やはりニンゲンは、海のことなんて何も考えていない。アナタたちも見たデショ? あのゴミの山を!」
この声は、ダイオウイカのお兄さんだ!
前に聞いたよりも、声が荒々しい。浜辺に散らばったゴミを見て、怒ってしまったのかな?
「ゴミは俺が拾う! それで勘弁してくれ!」
ヒサメくんが声を張り上げながら訴える。だけど、ダイオウイカのお兄さんには響いていないようだった。
「そんなことをしても一時しのぎに過ぎません。この海岸にいるニンゲンをまとめて消す。それが一番手っ取り早いデス」
それってもしかして、究極魔法のことじゃ……。このままでは本当に、町が海の底に沈んでしまう。
サアァと血の気が引いていくのを感じながら、私はみんなのもとへ飛び出した。
「あ、あの! 町を沈めるのはやめてください!」
四人がいっせいに振り返る。タブレット越しに、ダイオウイカのお兄さんとも目が合った。
「クラゲ……。沈めるのをやめてって……まさか究極魔法のことを……」
青ざめるヒサメくんを見ながら、「うん」と小さくうなずく。
「ごめんね。みんなが学生寮で話しているのを聞いちゃったんだ」
「そうだったのか……」
ヒサメくんは、視線を落としながら黙り込む。
隠していたことを後ろめたく思っているのかな? それとも恐ろしい計画をニンゲンに知られてしまってショックを受けているのか。
いずれにしても、ヒサメくんが悪くないのはわかっている。
ヒサメくんは、ダイオウイカのお兄さんの計画を止めようとしてくれているんだから。
「ニンゲンに計画を盗み聞きされるとは、やっぱりアナタたちはダメダメデスね。まあ、こんな小娘に知られたところで、どうすることもできないデショウが」
たしかに、ただの中学生の私では、海の脅威から町を守ることはできないけど……。
このまま黙っているわけにはいかない。私だって、この町が大好きなんだから。
「あ、あなたは、この町を大津波からすくってくれたんでしょ? それって、あなたもニンゲンが好きだったんじゃないですか?」
思い切って意見してみると、冷ややかな視線を向けられる。
「思い上がるな、ニンゲン。ワタシは異形であるこの姿を『美しい』と言ってくれた、たった一人の娘をまもりたかっただけデス! 他のニンゲンのことなんてどうだっていい!」
怒りに任せた言葉を聞いて、理解する。
そうか。ダイオウイカのお兄さんにも、まもりたいって思えるニンゲンがいたんだね。その子を守りたくて、町に迫る大津波を止めてくれたんだ。
緊迫した空気が流れる中、ヒサメくんが拳を握りながら立ち上がった。
「俺だって、クラゲをまもりたい!」
力強く宣言するヒサメくん。マリンブルーの瞳は、真剣そのものだった。
「クラゲは、陸のことを何も知らない俺に、いろんなことを教えてくれた。モノの名前も、学校でのルールも、海をまもりたいって考えているニンゲンが大勢いることだって」
「だから何だと言うのデス?」
「クラゲは特別なんだ。だから傷つけたくない。ずっと笑っていてほしいんだ!」
「ヒサメくん……!」
私のことをそんな風に思ってくれていたんだね。
真っすぐな想いに、ジーンと胸が熱くなる。こんなに真っすぐに、誰かにまもりたいって言われたのは初めてかもしれない。
感動に浸っていると、カナメくんと、シロカくんも、立ち上がる。
「僕も~、クラゲちゃんをまもりたい~。クラゲちゃんといると~、ほっとするんだ~」
「僕だって! クラゲちゃんは陸での美味しいものも楽しいこともたくさん教えてくれたんだもん。大事なトモダチだよ!」
「二人とも……!」
カナメくんと、シロカくんも、そんな風に思ってくれていたなんて。
そんな中、ギンガくんもゆっくりと立ち上がる。
「俺も、今この場でコイツを消すのは惜しいと思ってる」
ギンガくんまで? ギンガくんは、ダイオウイカのお兄さんの計画に賛成していたのに。
「俺も最初は、ニンゲンのことを信用していなかった。だけど、今はちょっと見直している」
ギンガくんは、涼し気に微笑んでから、私を見つめた。
「ダイオウイカも聞いて行けよ。クラゲのスピーチを。そうすれば、何かが変わるかもしれないぞ」
スピーチの話を持ち出されて、ドキッとする。
ダイオウイカのお兄さんは、考え込むように紫色の唇に触れたあと、ニヤリと口元を吊り上げた。
「それなら、こうしまショウ。クラゲさんのスピーチがワタシのハートに届いたら、究極魔法の発動は取りやめます。でも失望させたら、この町は海の底デス」
「ああ、それで構わない」
「ちょっと、ギンガくん⁉ 勝手にそんな約束して……」
慌てて止めに入ると、ギンガくんにギロリと鋭い視線を向けられる。
「スピーチの内容は俺たちだって把握している。だから自信を持て」
そうは言われても、私のスピーチに町の運命がかかっているってことでしょ? そんなの責任重大すぎ!
なんだか、とんでもないことになってしまった……。
お昼過ぎになると、私はスピーチコンテストに出場するためにステージ横に集合していた。
「どうしよう……。手が震えている」
もともと人前で話すことが苦手だけど、今はそれ以上にプレッシャーを感じている。
私のスピーチが失敗すれば、この町は海の底に沈んでしまうんだ。重すぎる責任で、押しつぶされそうになっていた。
「クラゲ、大丈夫?」
震えていると、声をかけられる。顔を上げると、心配そうに眉を下げたヒサメくんがいた。
「ごめん、クラゲに大変なことを任せてしまって……」
「う、うん……。私もまさかこんなことになるなんて」
いまさら逃げるわけにはいかないってわかっているけど、胸のドキドキは収まりそうになかった。
こんな状態でステージにあがっても大丈夫かな? 原稿は完璧だったとしても、肝心の喋りがボロボロだったら、ダイオウイカのお兄さんの心には響かないかもしれない。
ネガティブなことばかり考えて落ち込んでいると、ヒサメくんがそっと私の手を握ってくれた。
「大丈夫。一人じゃない。俺たちが付いているから」
そこでハッと顔をあげる。ヒサメくんは、マリンブルーの優し気な瞳で真っすぐ私を見つめていた。
そうだよね。ステージに立つのは私一人だけど、ここまでくるためにみんなが力を貸してくれた。一人なんかじゃない。
みんなの想いを背負って、ステージに上がるんだ。そう思うと、自然と手の震えが収まった。
「ありがとう、ヒサメくん。私、やるよ」
決意を固めると、ヒサメくんは安心したように目を細めた。
それから間もなくして、スピーチコンテストが始まった。
私の出番は三番目だ。一番目の女の子も、二番目の男の子も、中学生とは思えないくらい、堂々とスピーチをしていた。
上手な人たちのあとにステージにあがるのは緊張するけど、もう弱気にはならない。自分を信じて、頑張ろう。
「次は、白波中学二年生の倉木海叶さん、お願いします。テーマは『海の豊かさをまもるために』です」
司会のお兄さんに合図されてから、私はステージに上がった。
スタンドマイクの前に立ち、ステージ下を見つめると、大勢の人に注目されていることに気付く。
どうしよう。脚が竦んでいる。心臓の音もうるさい。
緊張MAXで喉の奥が縮こまっている中、ステージ下で見知った顔を見つけた。
最前列で手を振ってくれているのは、同じクラスの鈴木さんたちだ。その隣にはエイちゃんとお兄さんもいる。
真ん中の辺りでは、おばあちゃんが優しい眼差しで見守ってくれている。その近くには、海老原先生も。あれ? 海老原先生の隣には、不機嫌そうな顔をした黒川先輩までいた。
列の後方には、ヒサメくん、ギンガくん、カナメくん、シロカくんがいる。
「ひゅ~! カッコいいよ~! クラゲちゃん」
「静かにしろ! シロカ!」
大声で声援をあげるシロカくんの口を、ギンガくんが慌てて塞ぐ。その光景を見て、ふっと笑ってしまった。
ヒサメくんは、タブレットをステージに向けている。画面のなかには、じっとこちらを見つめるダイオウイカのお兄さんがいた。
再び緊張が走ったとき、ヒサメくんが声を出さずに口を動かす。ガンバレ。そう言ってくれているような気がした。
大丈夫。みんながいる。怖がることなんてないんだ。
この町を、そしてみんなをまもるために、私はマイクを握った。
「みなさんは、海が好きですか? 私はとっても大好きです」
スピーカー越しに、私の声が響いている。出だしは順調だ。堂々と言葉を続けた。
「海にはたくさんの生き物が暮らしています。大きな身体でゆったりと泳ぐジンベエザメや、愛嬌たっぷりのシロイルカなど、海の生き物って本当に可愛いですよね」
エイちゃんが、「わかる」と言わんばかりに大きくうなずいてくれる。シロカくんも「カワイイだって~」と頬に手を添えながらデレデレしていた。
リアクションしてくれると、話しやすいな。
つい頬が緩んでしまったが、次の章の文字を追って慌てて引き締める。
「しかし今、海が深刻な危機にさられていることをご存じでしょうか?
世界中の海で問題になっているのは、プラスチックゴミです。
実際に海に行ってみるとわかると思いますが、一見キレイに見える砂浜にも、お菓子の袋やペットボトルのキャップなどが落ちています」
一呼吸置いた後に、ちらりとカナメくんを見る。緑色の優し気な眼差しで、ゆっくりうなずいていた。
カナメくんのおじいさんのことも、みんなに伝えるから。
「プラスチックは、自然には分解されにくい特性を持っています。
それらが海に流れてしまうと、海の生き物がエサと間違えてゴミを食べてしまいます。
実際にウミガメがビニール袋をクラゲと間違えて食べてしまい、命を落とすケースがあとを絶ちません」
話を聞いていた鈴木さんたちが「かわいそー」とささやき合っていた。
そうなんだよ。ニンゲンのせいで海の生き物が危険にさらされるのは、とっても可哀そうなことなの。
「海が汚れることでニンゲンの食の安全も脅かされます。みなさんは、マイクロプラスチックをご存じでしょうか?
大きさが5ミリ以下になった小さなプラスチックのことで、プラスチックを食べた魚を人間が食べることで、健康に悪影響を及ぼすこともあります」
会場がざわつく。話を聞いていた黒川先輩も「うげっ」と顔をしかめていた。
健康を害するなんて聞かされたら、誰だって嫌な気分になるよね。
「海洋汚染は、海の生き物だけではなく、私たちニンゲンの健康にも直結しています。
海の豊かさをまもるためにも、私から3つの提案があります」
大きく深呼吸をしてから、続けた。
「ひとつ、海岸で出たゴミはきちんと持ち帰ること。
ふたつ、プラスチックの使用量を減らすこと。
みっつ、地域のクリーン活動に参加すること
海の問題は壮大ですが、一人一人が意識改革をすれば、未来を変える力になります」
もうすぐスピーチも終わりだ。緊張しながらも、海老原先生からも褒められた締めの言葉を口にした。
「陸と海、住処はちがっても等しく生きています。
私は陸で、海の仲間たちをまもれるニンゲンになりたいです」
最後までやりきった。達成感が身体の底から溢れ出してくる。
ほっと小さく息をついてから、はにかむように微笑んだ。
「これで私のスピーチは終わりです。ありがとうございます」
ゆっくりと頭を下げると、浜辺から盛大な拍手が巻き起こった。
「クラゲちゃん、サイコー!」
「よく言ったぜ、クラゲ」
「感動したよ~」
シロカくん、ギンガくん、カナメくんが、声援を送ってくれる。
ヒサメくんは、涙を拭うように目元を押さえていた。
届いたかな? 海をまもりたいっていう思いが。
タブレットを見ると、ダイオウイカのお兄さんも拍手をしている。その顔には、穏やかな笑みを浮かんでいた。
「以上、白波中学校の倉木海叶さんのスピーチでした」
拍手に包まれる中、早足でステージから降りる。
周囲の声かけを笑顔で振り切ってから、ヒサメくんたちのもとへ走った。
タブレットの前で息を切らしながら、恐る恐る尋ねてみる。
「どうでした? 私のスピーチ……」
ドキドキと心臓が暴れまわっている。スピーチの結果次第で、町の運命が変わると考えると気が気じゃなかった。
少し間を置いた後、ダイオウイカのお兄さんは口を開く。
「陸と海、住処はちがっても等しく生きている……デスか」
しみじみと締めの言葉を繰り返している。
ドキドキしながら反応を窺っていると、ダイオウイカのお兄さんはにっこり微笑んだ。
「クラゲさんの気持ちは伝わりました。究極魔法の発動は取りやめましょう」
ぶわっと身体の奥底から喜びが込み上げる。
「やったああー!」
感極まって大声で叫んでしまった。周囲の人たちが「なんだ?」と振り返ったところで、慌てて口を塞ぐ。
ヒサメくんたちも、喜びを隠しきれていない。
「よかったな!」
「大成功~」
「まあ、当然の結果だよね!」
「おまえが威張るな、シロカ」
肩を組みながら喜びを分かち合っている。
本当によかった。町の平和はまもられたんだね。
「みなさん。喜ぶのはまだ早いデスよ」
水を差すようにダイオウイカのお兄さんが言ったところで、「え?」と一斉に声を出す。
固まる私たちを見て、ダイオウイカのお兄さんは「うふふ♡」と怪しげに笑った。
「みなさんに、セカンドミッションを与えます」
「セカンドミッション⁉」
「なんだそれは?」
緊迫した空気が流れる。ダイオウイカのお兄さんは、たっぷり間をとったあとに明かした。
「クラゲさんのそばで、海をまもる活動をサポートしてあげてください」
え? それってつまり……。
「俺たち、海に帰らなくてもいいのか?」
ヒサメくんが食い入るように聞くと、「はい♡」とためらいなく返事がきた。
そこで再び、喜びの嵐が巻き起こる。
「やった~! 僕たちまだここにいられるんだ! 市場のおさかなも食べられるね」
「喜ぶとこソコかよ! まあ、俺も陸で料理ってやつを極めてみたいと思っていたし、ちょうどいいな」
「マリンセーバーズの活動も~、またみんなでできるね~」
みんな陸にいられるのが嬉しいんだ。私もだよ。まだまだみんなとやりたいことがたくさんあるんだから。
ジーンと喜びに浸っていると、ヒサメくんは力が抜けたようにへなへなと浜辺にしゃがみ込む。
「よかった……」
「ヒ、ヒサメくん、大丈夫⁉」
心配になった私も、思わずしゃがみ込む。顔を上げたヒサメくんは、心底安心したように頬をゆるめていた。
「本当によかった。これからもクラゲとも一緒にいられるんだね」
その言葉で、きゅんっと胸が締め付けられる。嬉しいはずなのに、それ以上に恥ずかしさがこみあげてきて、ヘンな気分だ。
ヒサメくんはゆるんだ頬を引き締めて、真っすぐ私を見つめる。
「離れ離れになるなら、言わない方がいいと思っていたけど、これで安心して言えるよ」
言えるって、なんのことだろう? ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、ヒサメくんがそっと私の手に触れた。
「今夜、浜辺に来てほしい。クラゲに伝えたいことがあるんだ」
いつになく真剣な空気を感じて緊張が走る。要件はまだわからないのに、ドキドキと心臓が激しく脈打っていた。
「わ、わかった。必ず行くね」
浜辺には、カラフルなのれんを下げた屋台がずらり。中央にはステージが設営されていて、今は小学生たちがバトントワリングのパフォーマンスをしていた。
真夏の太陽にも負けないほどの大盛り上がりだ。
「みんな楽しそうだな……」
なんて他人事みたいな感想が出てくるのは、私がお祭りを楽しむ余裕がないせいだろう。
スピーチコンテストは午後二時からだけど、本番のことを考えると今から気が重い。
練習はたくさんしてきたから、いつも通りやれば大丈夫だと思うけど……。
「はあ……」
お祭りムードには似合わないため息をつく。気が重いのは、スピーチのせいだけじゃなかった。
夏祭りが終わったら、ヒサメくんたちともお別れだ。そう考えると、余計に気分がどんよりしていた。
沈んでいると、誰かにぽんっと肩を叩かれる。
「お嬢さん、海鮮焼きはいかが?」
驚いて振り返ると、水色のはっぴを着たエイちゃんがいた。その手には、こんがり焼けたイカ焼きがある。
「エイちゃん! それ、どうしたの?」
「うちの屋台で海鮮焼きを売ってるんだよ。クラゲがとぼとぼ歩いていくのが見えたから、出来立てを持ってきたの」
エイちゃん、私のことを心配して持ってきてくれたのかな? 優しい子だな。
どうぞ、と笑顔で手渡される。美味しそうな匂いに誘われて、ぱくっと齧りついた。
「ん~っ! おいしい!」
イカの身はぷりっとしていて、しょうゆの風味も香ばしい。そういえば、今朝は緊張しすぎて何も喉を通らなかったんだよね。
お腹が満たされると、ちょっとだけ緊張が和らいだ。エイちゃんも、安心したように微笑んでいる。
「他にもホタテバターとか海鮮焼きそばとかあるから、食べにおいで」
「うん! 行く!」
エイちゃんに案内されながら、海鮮焼きの屋台へ向かった。
「あ~! 倉木さんだ! やっほ~」
屋台の前には、同じクラスの女の子四人組がいた。ヒサメくんたちを遠巻きで見つめていた鈴木さんたちだ!
「みんなも来ていたんだね!」
「もっちろん。白波町の一大イベントだもん」
「映える写真もいっぱい撮りたいし~」
四人で「ね~」と顔を見合わせる。夏祭りは、この町の人たちにとっては特別なイベントなんだね。
「鈴木さんたちの浴衣、かわいいね! 裾が短くて、ふわっとしてて、アイドルみたい」
「倉木さんに褒められるなんて感激~! みんなで揃えてきてよかったね!」
キャッキャと騒いでいる鈴木さんたちを見ていると、私まで明るい気分になった。
「倉木さんは、制服なんだね。浴衣着たら絶対カワイイのに」
「うん。私はスピーチコンテストがあるから、制服なんだよね」
遠慮がちにそう話すと、鈴木さんたちは「すごーい!」と声をそろえる。
「スピーチコンテストに出るんだ!」
「頑張ってね、応援してる!」
四人から期待に満ちた眼差しを向けられる。プレッシャーはちょっとだけ増したけど、応援してくれたのは嬉しかった。
「うん。頑張るね!」
エイちゃんたちと別れたあと、私はヒサメくんたちを探してみることにした。
こんな楽しそうなイベントにみんなが来ないはずがない。きっとどこかで、祭りを楽しんでいるだろう。
シロカくんとギンガくんが好みそうな海鮮の屋台を中心に見て回ったが、彼らの姿は見当たらない。
「おかしいな。みんなどこに行ったんだろう?」
きょろきょろと探していたそのとき、足元にプラスチックのパックが飛んできた。
パックの中には何も入っていないけど、ソースがべったりと付いている。
食べ終わった屋台のごはんを、誰かがポイ捨てしたのかな?
残念な気分になりながらも、落ちたパックを拾う。ゴミ箱を探していると、信じがたい光景を見た。
「うそ! ゴミ箱が、溢れかえってる」
浜辺の隅にはゴミ箱が設置されているが、箱に収まりきらなかったゴミが山のようになっていた。
無法地帯になっているせいか、空き缶やペットボトルも放置されている。
「これはひどい……」
こんな風にゴミが放置されていたら、海まで飛んで行ってしまう。さっき飛んできた来たゴミも、ここから飛ばされてきたのだろう。
「……片付けよう」
この惨状を見たら放ってはおけない。どこかの屋台からゴミ袋をもらおうと振り返ったとき、「おーい、倉木」と聞き慣れた声が聞こえた。
人混みの中には、祭り関係者のTシャツを着た海老原先生がいる。その手には、ゴミ袋があった。
「海老原先生! そのゴミ袋、ください」
「おお、いいぞ。俺もちょうど、ゴミの回収をしに来たところだったんだ。手伝ってくれるか」
「はい、手伝います」
「しかし、ひどいなぁ。このありさまは」
海老原先生は、呆れたように目を細めながら、ゴミの山を眺める。
「こういうイベントがあると、浜辺がゴミで溢れかえるんだよな。毎年のことだけどさ」
「そう、なんですね……」
今年だけじゃないんだ。お祭りに参加している人たちが、海を守ろうって意識が薄い証拠なのかもしれない。
「先生が子どもの頃は、海を汚すとダイオウイカに怒られるぞ~!って脅されたものだけど、いまの子どもたちには効果がないのかもしれないな」
ハハっと寂しそうに話す、海老原先生。
「ダイオウイカって、津波から町を救ってくれたって言い伝えのですか?」
「そうそう。倉木も知っていたのか」
「はい。おばあちゃんから聞かされて」
海老原先生は「そうか……」と力なく微笑んだ。
「町を救ってくれたダイオウイカに感謝するための祭りなのに、浜辺がこの状態では感謝どころじゃないよな」
たしかに、この惨状をダイオウイカのお兄さんが見たら、激怒するだろう。怒りに任せて究極魔法を発動させたらと考えると、ゾゾッと寒気が走った。
「先生、早く片付けましょう!」
「ああ、そうだな」
危機感にあおられながらも、海老原先生と手分けをして、散らばったゴミを拾い集めた。
三十分後。ゴミはすべて拾って、ゴミスペースは元通りになった。いっぱいになったゴミ袋は、海老原先生が回収してくれる。
「倉木、手伝ってくれて助かった。これは俺が捨てておくから」
「はい。お願いします」
「スピーチもしっかりな。応援してるから」
「が、頑張ります」
両手いっぱいにゴミ袋を抱えた海老原先生に、小さく会釈をした。
それから再び、ヒサメくんの捜索を始める。
「本当にどこ行ったんだろう?」
まさかもう、海に帰ってしまったなんてことはないよね? 私のスピーチは見届けるって約束したから、それはないと思うけど……。
このまま会えないままお別れになると想像すると、胸が苦しくなった。
「……もっと別のところも探してみよう」
捜索範囲を広げるために、祭り会場から離れた場所にも行ってみた。
しばらく捜索を続けていると、祭りの喧噪から離れた岩陰で、ヒサメくんたちの姿を見つけた。
あんなところにいたんだ!
すぐに声をかけようとしたが、すんでのところで思いとどまる。四人の表情がやけに険しく見えたからだ。
彼らの視線の先には、タブレットがある。もしかして、ダイオウイカのお兄さんと通信をしているのかな?
「やはりニンゲンは、海のことなんて何も考えていない。アナタたちも見たデショ? あのゴミの山を!」
この声は、ダイオウイカのお兄さんだ!
前に聞いたよりも、声が荒々しい。浜辺に散らばったゴミを見て、怒ってしまったのかな?
「ゴミは俺が拾う! それで勘弁してくれ!」
ヒサメくんが声を張り上げながら訴える。だけど、ダイオウイカのお兄さんには響いていないようだった。
「そんなことをしても一時しのぎに過ぎません。この海岸にいるニンゲンをまとめて消す。それが一番手っ取り早いデス」
それってもしかして、究極魔法のことじゃ……。このままでは本当に、町が海の底に沈んでしまう。
サアァと血の気が引いていくのを感じながら、私はみんなのもとへ飛び出した。
「あ、あの! 町を沈めるのはやめてください!」
四人がいっせいに振り返る。タブレット越しに、ダイオウイカのお兄さんとも目が合った。
「クラゲ……。沈めるのをやめてって……まさか究極魔法のことを……」
青ざめるヒサメくんを見ながら、「うん」と小さくうなずく。
「ごめんね。みんなが学生寮で話しているのを聞いちゃったんだ」
「そうだったのか……」
ヒサメくんは、視線を落としながら黙り込む。
隠していたことを後ろめたく思っているのかな? それとも恐ろしい計画をニンゲンに知られてしまってショックを受けているのか。
いずれにしても、ヒサメくんが悪くないのはわかっている。
ヒサメくんは、ダイオウイカのお兄さんの計画を止めようとしてくれているんだから。
「ニンゲンに計画を盗み聞きされるとは、やっぱりアナタたちはダメダメデスね。まあ、こんな小娘に知られたところで、どうすることもできないデショウが」
たしかに、ただの中学生の私では、海の脅威から町を守ることはできないけど……。
このまま黙っているわけにはいかない。私だって、この町が大好きなんだから。
「あ、あなたは、この町を大津波からすくってくれたんでしょ? それって、あなたもニンゲンが好きだったんじゃないですか?」
思い切って意見してみると、冷ややかな視線を向けられる。
「思い上がるな、ニンゲン。ワタシは異形であるこの姿を『美しい』と言ってくれた、たった一人の娘をまもりたかっただけデス! 他のニンゲンのことなんてどうだっていい!」
怒りに任せた言葉を聞いて、理解する。
そうか。ダイオウイカのお兄さんにも、まもりたいって思えるニンゲンがいたんだね。その子を守りたくて、町に迫る大津波を止めてくれたんだ。
緊迫した空気が流れる中、ヒサメくんが拳を握りながら立ち上がった。
「俺だって、クラゲをまもりたい!」
力強く宣言するヒサメくん。マリンブルーの瞳は、真剣そのものだった。
「クラゲは、陸のことを何も知らない俺に、いろんなことを教えてくれた。モノの名前も、学校でのルールも、海をまもりたいって考えているニンゲンが大勢いることだって」
「だから何だと言うのデス?」
「クラゲは特別なんだ。だから傷つけたくない。ずっと笑っていてほしいんだ!」
「ヒサメくん……!」
私のことをそんな風に思ってくれていたんだね。
真っすぐな想いに、ジーンと胸が熱くなる。こんなに真っすぐに、誰かにまもりたいって言われたのは初めてかもしれない。
感動に浸っていると、カナメくんと、シロカくんも、立ち上がる。
「僕も~、クラゲちゃんをまもりたい~。クラゲちゃんといると~、ほっとするんだ~」
「僕だって! クラゲちゃんは陸での美味しいものも楽しいこともたくさん教えてくれたんだもん。大事なトモダチだよ!」
「二人とも……!」
カナメくんと、シロカくんも、そんな風に思ってくれていたなんて。
そんな中、ギンガくんもゆっくりと立ち上がる。
「俺も、今この場でコイツを消すのは惜しいと思ってる」
ギンガくんまで? ギンガくんは、ダイオウイカのお兄さんの計画に賛成していたのに。
「俺も最初は、ニンゲンのことを信用していなかった。だけど、今はちょっと見直している」
ギンガくんは、涼し気に微笑んでから、私を見つめた。
「ダイオウイカも聞いて行けよ。クラゲのスピーチを。そうすれば、何かが変わるかもしれないぞ」
スピーチの話を持ち出されて、ドキッとする。
ダイオウイカのお兄さんは、考え込むように紫色の唇に触れたあと、ニヤリと口元を吊り上げた。
「それなら、こうしまショウ。クラゲさんのスピーチがワタシのハートに届いたら、究極魔法の発動は取りやめます。でも失望させたら、この町は海の底デス」
「ああ、それで構わない」
「ちょっと、ギンガくん⁉ 勝手にそんな約束して……」
慌てて止めに入ると、ギンガくんにギロリと鋭い視線を向けられる。
「スピーチの内容は俺たちだって把握している。だから自信を持て」
そうは言われても、私のスピーチに町の運命がかかっているってことでしょ? そんなの責任重大すぎ!
なんだか、とんでもないことになってしまった……。
お昼過ぎになると、私はスピーチコンテストに出場するためにステージ横に集合していた。
「どうしよう……。手が震えている」
もともと人前で話すことが苦手だけど、今はそれ以上にプレッシャーを感じている。
私のスピーチが失敗すれば、この町は海の底に沈んでしまうんだ。重すぎる責任で、押しつぶされそうになっていた。
「クラゲ、大丈夫?」
震えていると、声をかけられる。顔を上げると、心配そうに眉を下げたヒサメくんがいた。
「ごめん、クラゲに大変なことを任せてしまって……」
「う、うん……。私もまさかこんなことになるなんて」
いまさら逃げるわけにはいかないってわかっているけど、胸のドキドキは収まりそうになかった。
こんな状態でステージにあがっても大丈夫かな? 原稿は完璧だったとしても、肝心の喋りがボロボロだったら、ダイオウイカのお兄さんの心には響かないかもしれない。
ネガティブなことばかり考えて落ち込んでいると、ヒサメくんがそっと私の手を握ってくれた。
「大丈夫。一人じゃない。俺たちが付いているから」
そこでハッと顔をあげる。ヒサメくんは、マリンブルーの優し気な瞳で真っすぐ私を見つめていた。
そうだよね。ステージに立つのは私一人だけど、ここまでくるためにみんなが力を貸してくれた。一人なんかじゃない。
みんなの想いを背負って、ステージに上がるんだ。そう思うと、自然と手の震えが収まった。
「ありがとう、ヒサメくん。私、やるよ」
決意を固めると、ヒサメくんは安心したように目を細めた。
それから間もなくして、スピーチコンテストが始まった。
私の出番は三番目だ。一番目の女の子も、二番目の男の子も、中学生とは思えないくらい、堂々とスピーチをしていた。
上手な人たちのあとにステージにあがるのは緊張するけど、もう弱気にはならない。自分を信じて、頑張ろう。
「次は、白波中学二年生の倉木海叶さん、お願いします。テーマは『海の豊かさをまもるために』です」
司会のお兄さんに合図されてから、私はステージに上がった。
スタンドマイクの前に立ち、ステージ下を見つめると、大勢の人に注目されていることに気付く。
どうしよう。脚が竦んでいる。心臓の音もうるさい。
緊張MAXで喉の奥が縮こまっている中、ステージ下で見知った顔を見つけた。
最前列で手を振ってくれているのは、同じクラスの鈴木さんたちだ。その隣にはエイちゃんとお兄さんもいる。
真ん中の辺りでは、おばあちゃんが優しい眼差しで見守ってくれている。その近くには、海老原先生も。あれ? 海老原先生の隣には、不機嫌そうな顔をした黒川先輩までいた。
列の後方には、ヒサメくん、ギンガくん、カナメくん、シロカくんがいる。
「ひゅ~! カッコいいよ~! クラゲちゃん」
「静かにしろ! シロカ!」
大声で声援をあげるシロカくんの口を、ギンガくんが慌てて塞ぐ。その光景を見て、ふっと笑ってしまった。
ヒサメくんは、タブレットをステージに向けている。画面のなかには、じっとこちらを見つめるダイオウイカのお兄さんがいた。
再び緊張が走ったとき、ヒサメくんが声を出さずに口を動かす。ガンバレ。そう言ってくれているような気がした。
大丈夫。みんながいる。怖がることなんてないんだ。
この町を、そしてみんなをまもるために、私はマイクを握った。
「みなさんは、海が好きですか? 私はとっても大好きです」
スピーカー越しに、私の声が響いている。出だしは順調だ。堂々と言葉を続けた。
「海にはたくさんの生き物が暮らしています。大きな身体でゆったりと泳ぐジンベエザメや、愛嬌たっぷりのシロイルカなど、海の生き物って本当に可愛いですよね」
エイちゃんが、「わかる」と言わんばかりに大きくうなずいてくれる。シロカくんも「カワイイだって~」と頬に手を添えながらデレデレしていた。
リアクションしてくれると、話しやすいな。
つい頬が緩んでしまったが、次の章の文字を追って慌てて引き締める。
「しかし今、海が深刻な危機にさられていることをご存じでしょうか?
世界中の海で問題になっているのは、プラスチックゴミです。
実際に海に行ってみるとわかると思いますが、一見キレイに見える砂浜にも、お菓子の袋やペットボトルのキャップなどが落ちています」
一呼吸置いた後に、ちらりとカナメくんを見る。緑色の優し気な眼差しで、ゆっくりうなずいていた。
カナメくんのおじいさんのことも、みんなに伝えるから。
「プラスチックは、自然には分解されにくい特性を持っています。
それらが海に流れてしまうと、海の生き物がエサと間違えてゴミを食べてしまいます。
実際にウミガメがビニール袋をクラゲと間違えて食べてしまい、命を落とすケースがあとを絶ちません」
話を聞いていた鈴木さんたちが「かわいそー」とささやき合っていた。
そうなんだよ。ニンゲンのせいで海の生き物が危険にさらされるのは、とっても可哀そうなことなの。
「海が汚れることでニンゲンの食の安全も脅かされます。みなさんは、マイクロプラスチックをご存じでしょうか?
大きさが5ミリ以下になった小さなプラスチックのことで、プラスチックを食べた魚を人間が食べることで、健康に悪影響を及ぼすこともあります」
会場がざわつく。話を聞いていた黒川先輩も「うげっ」と顔をしかめていた。
健康を害するなんて聞かされたら、誰だって嫌な気分になるよね。
「海洋汚染は、海の生き物だけではなく、私たちニンゲンの健康にも直結しています。
海の豊かさをまもるためにも、私から3つの提案があります」
大きく深呼吸をしてから、続けた。
「ひとつ、海岸で出たゴミはきちんと持ち帰ること。
ふたつ、プラスチックの使用量を減らすこと。
みっつ、地域のクリーン活動に参加すること
海の問題は壮大ですが、一人一人が意識改革をすれば、未来を変える力になります」
もうすぐスピーチも終わりだ。緊張しながらも、海老原先生からも褒められた締めの言葉を口にした。
「陸と海、住処はちがっても等しく生きています。
私は陸で、海の仲間たちをまもれるニンゲンになりたいです」
最後までやりきった。達成感が身体の底から溢れ出してくる。
ほっと小さく息をついてから、はにかむように微笑んだ。
「これで私のスピーチは終わりです。ありがとうございます」
ゆっくりと頭を下げると、浜辺から盛大な拍手が巻き起こった。
「クラゲちゃん、サイコー!」
「よく言ったぜ、クラゲ」
「感動したよ~」
シロカくん、ギンガくん、カナメくんが、声援を送ってくれる。
ヒサメくんは、涙を拭うように目元を押さえていた。
届いたかな? 海をまもりたいっていう思いが。
タブレットを見ると、ダイオウイカのお兄さんも拍手をしている。その顔には、穏やかな笑みを浮かんでいた。
「以上、白波中学校の倉木海叶さんのスピーチでした」
拍手に包まれる中、早足でステージから降りる。
周囲の声かけを笑顔で振り切ってから、ヒサメくんたちのもとへ走った。
タブレットの前で息を切らしながら、恐る恐る尋ねてみる。
「どうでした? 私のスピーチ……」
ドキドキと心臓が暴れまわっている。スピーチの結果次第で、町の運命が変わると考えると気が気じゃなかった。
少し間を置いた後、ダイオウイカのお兄さんは口を開く。
「陸と海、住処はちがっても等しく生きている……デスか」
しみじみと締めの言葉を繰り返している。
ドキドキしながら反応を窺っていると、ダイオウイカのお兄さんはにっこり微笑んだ。
「クラゲさんの気持ちは伝わりました。究極魔法の発動は取りやめましょう」
ぶわっと身体の奥底から喜びが込み上げる。
「やったああー!」
感極まって大声で叫んでしまった。周囲の人たちが「なんだ?」と振り返ったところで、慌てて口を塞ぐ。
ヒサメくんたちも、喜びを隠しきれていない。
「よかったな!」
「大成功~」
「まあ、当然の結果だよね!」
「おまえが威張るな、シロカ」
肩を組みながら喜びを分かち合っている。
本当によかった。町の平和はまもられたんだね。
「みなさん。喜ぶのはまだ早いデスよ」
水を差すようにダイオウイカのお兄さんが言ったところで、「え?」と一斉に声を出す。
固まる私たちを見て、ダイオウイカのお兄さんは「うふふ♡」と怪しげに笑った。
「みなさんに、セカンドミッションを与えます」
「セカンドミッション⁉」
「なんだそれは?」
緊迫した空気が流れる。ダイオウイカのお兄さんは、たっぷり間をとったあとに明かした。
「クラゲさんのそばで、海をまもる活動をサポートしてあげてください」
え? それってつまり……。
「俺たち、海に帰らなくてもいいのか?」
ヒサメくんが食い入るように聞くと、「はい♡」とためらいなく返事がきた。
そこで再び、喜びの嵐が巻き起こる。
「やった~! 僕たちまだここにいられるんだ! 市場のおさかなも食べられるね」
「喜ぶとこソコかよ! まあ、俺も陸で料理ってやつを極めてみたいと思っていたし、ちょうどいいな」
「マリンセーバーズの活動も~、またみんなでできるね~」
みんな陸にいられるのが嬉しいんだ。私もだよ。まだまだみんなとやりたいことがたくさんあるんだから。
ジーンと喜びに浸っていると、ヒサメくんは力が抜けたようにへなへなと浜辺にしゃがみ込む。
「よかった……」
「ヒ、ヒサメくん、大丈夫⁉」
心配になった私も、思わずしゃがみ込む。顔を上げたヒサメくんは、心底安心したように頬をゆるめていた。
「本当によかった。これからもクラゲとも一緒にいられるんだね」
その言葉で、きゅんっと胸が締め付けられる。嬉しいはずなのに、それ以上に恥ずかしさがこみあげてきて、ヘンな気分だ。
ヒサメくんはゆるんだ頬を引き締めて、真っすぐ私を見つめる。
「離れ離れになるなら、言わない方がいいと思っていたけど、これで安心して言えるよ」
言えるって、なんのことだろう? ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、ヒサメくんがそっと私の手に触れた。
「今夜、浜辺に来てほしい。クラゲに伝えたいことがあるんだ」
いつになく真剣な空気を感じて緊張が走る。要件はまだわからないのに、ドキドキと心臓が激しく脈打っていた。
「わ、わかった。必ず行くね」


