まもるよ! マリンフレンド

 夏休みを間近に控えたある日のこと。

「海老原先生、社会のノートを回収してきました」
「ありがとう、倉木。助かるよ」

 私は日直の仕事で、クラスメイト全員分のノートを職員室に運んでいた。
 海老原先生にノートを渡して教室に戻ろうとしたところで、「ちょっと待ってくれ」と呼び止められる。

「なんですか? 先生」
「もうすぐこの町で夏祭りがあることは、倉木も知っているだろう?」
「はい。知ってます」

 白波町では、毎年七月の終わりに夏祭りがおこなわれる。浜辺にいろいろな屋台が並んで、ステージでは歌やダンスのパフォーマンスが披露されるんだよね。
 私も昔、家族でお祭りを見て回ったことがある。あのときは楽しかったなぁ。

「夏祭りのステージ企画で、スピーチコンテストがあるんだけど、倉木も参加してみないか?」

 ぽやーっと夏祭りの思い出に浸っていたが、海老原先生の言葉で現実に引き戻される。

「え? スピーチですか? なんで私が?」
「倉木は、海をまもりたいって思いから、部活を発足しただろう? あの言葉を聞いて、先生、感動したんだ」

 たしかに、あのときの海老原先生は、熱い眼差しで話を聞いてくれたけど……。

「その想いをスピーチにして、もっと大勢の人に伝えたらどうだろう?」
「そ、そんなこと言われましても……スピーチなんてやったことないですし、人前で話すのも苦手で……」

 転校初日の自己紹介ですら、朝からソワソワして仕方がなかったのに、スピーチなんてできるとは思えない。
 お断りしようと思ったところで、海老原先生にガシッと肩を掴まれた。

「そんな弱気でどうする? 倉木の海にかける情熱は、その程度なのか?」

 ああ、大変だ。海老原先生が熱血モードに入っちゃったみたい。瞳の奥にも炎が宿ってる。

「誰かを動かせるのは、人の熱い想いだけだ。倉木のスピーチで白波町、さらには全国の人々の意識を変えることだってできるかもしれないんだぞ」

 それは大袈裟では? ヒクヒクと口元を引きつらせていると、海老原先生が机の引き出しから書類を取り出す。

「これがスピーチコンテストの参加申込書だ。期限は明日までだから、今日のうちにじっくり考えてみてくれ」
「えぇ……」

 海老原先生の熱意に押されて、なかば強引に参加申込書を渡された。



 昼休み。部活仲間と昼ごはんを食べていたところで、スピーチコンテストのことを相談してみた。
 話を聞いたエイちゃんは、「なるほどねー」と腕を組んでいる。

「スピーチコンテストは、毎年中学生や高校生が参加してるんだよね。うちの学校からも、放送委員の子が出るって聞いたよ」
「普段から人前で話し慣れている人なら引き受けられると思うけど、私はなぁ……」

 上手くいくイメージがまったくわかない。ステージの上で大勢に注目されたら、頭が真っ白になっちゃうと思う。

「いっそエイちゃんが出てみたらどうかな? エイちゃん、委員長だから人前で話すのも慣れているよね?」

 期待を込めて見つめてみたが、渋い表情をされてしまう。

「夏祭り当日は、うちのダイビングショップからも屋台を出すことになっているんだ。当日はそっちにかかりきりになるだろうから、スピーチコンテストは難しいな」
「そっかぁ……」

 屋台の手伝いがあるなら、仕方ないよね。

「ヒサメくんはどうかな? 海のことをよく知っている人が話せば、説得力があると思うんだけど」

 ヒサメくんにもお願いしてみるも、「うーん」と煮え切らない返事がくる。

「海のことは知っているけど、ニンゲンのことはよく知らないからな……。またヘンなこと言うかもしれないし」

 うう……。その可能性はあるかも。

「ここはやっぱり、クラゲがやるべきだと思う。クラゲは俺たちのリーダーでもあるんだし」
「原稿作りは私たちも手伝うから、挑戦してみたらどうかな?」

 ヒサメくんとエイちゃんからも説得される。
 原稿を手伝ってくれるのはありがたいけど、すぐには決心がつかなかった。

「もう少し、考えてみるよ……」



 家に帰ってからも、スピーチコンテストのことが頭から離れなかった。

「はああ~……。どうしよう。期限は明日だしな……」

 居間のテーブルで突っ伏していると、台所にいたおばあちゃんが顔を出す。

「海叶、麦茶でも飲むかい?」
「あ、うん、飲む! ありがとう」

 おばあちゃんはガラスコップに注いだ麦茶を持って、テーブルに出してくれる。

「はい、どうぞ。ずいぶん悩んでいるみたいだけど、難しい宿題でも出たのかい?」
「ううん、ちがうの。学校の先生からスピーチコンテストに出てみないかって誘われたの。夏祭りのステージでやる企画の……」
「夏祭りっていうと、ダイオウイカ祭りのことかい?」
「ダイオウイカ祭り?」

 聞き慣れない言葉に、首を傾げる。すると、おばあちゃんは座布団に腰を下ろしながら話をしてくれた。

「大昔に、この町に大津波が迫ってきたとき、ダイオウイカが津波を止めて町を守ってくれたんだ。その恩を忘れないように、毎年この時期に祭りをひらいているんだよ」
「へぇ、そんな由来があったんだ」

 お祭りの由来なんて、考えたことがなかったよ。おとぎ話みたいだから、ホントかウソかわからないけど。

「学校のそばには、ダイオウイカを祀った神社があるよ」
「え! 神社もあるんだ!」

 狐や狛犬を祀った神社は聞いたことがあるけど、ダイオウイカを祀った神社って斬新かも。ちょっと気になるな。

「おばあちゃん、散歩のついでに神社を見てきてもいいかな? 夕飯までには戻ってくるから」
「いいよ。気を付けて行くんだよ」

 おばあちゃんから笑顔で送り出されたところで、私は家から飛び出した。

 海岸沿いを歩いていき、学校の裏手にある石階段を上った先に、赤い鳥居が見えた。ここがおばあちゃんの言っていた神社だ。
 神社の境内には、石で作られた像がある。その姿には、見覚えがあった。

「これって、ダイオウイカのお兄さん⁉」

 上半身はニンゲンで、下半身はイカの男の人だ。キレイな顔も、腰まで伸びた長い髪も、タブレットで見た姿とそっくりだ。
 ということは、ダイオウイカのお兄さんがこの町を救ってくれたってこと?

「いや、まさかねぇ……」
 
 そんな風には思えない。ダイオウイカのお兄さんは、ヒサメくんたちに命令をして、ニンゲンを消そうとしているんだから。

「ヒサメくんたちに、聞いてみようかな?」

 ヒサメくんたちの暮らす学生寮は、この神社からも近い。私ひとりで考えてもわからないから、聞いてみることにした。

 石階段を駆け下りて、薄暗い雑木林を抜けた先に、学生寮が見えてきた。
 重い扉を押すと、中から声が聞こえてくる。

「情けないデスね。ニンゲンに情でも湧いたんデスか?」

 んん? この声って、ダイオウイカのお兄さん?
 扉の隙間からこっそり中を覗いてみると、テーブルに置かれたタブレットにみんなが注目していた。

「アナタたちに任せようと思ったのが、間違いでしたネ。ニンゲンを一人消すこともできずに、お気楽に遊んでいるんデスから」

 その言葉を聞いたヒサメくんは、膝の上でぐっと拳を握りしめる。

「ニンゲンは悪いやつばかりじゃない! 海をまもりたいって思っているニンゲンだっているんだ。俺は消す必要なんてないと思ってる」

 声を張り上げて意見するヒサメくんだったが、すぐに「フッ」と冷ややかに笑う声が聞こえてくる。

「そんなのは一握りデス。ニンゲンは身勝手で恩知らずな生き物デス。やつらを少しずつ減らしていくことが、海の平和につながります」

 なんだか、とても恐ろしいことを言っているような……。
 ヒサメくんは、俯きながら拳を握りしめている。他のみんなも、タブレットから目をそらして、黙り込んでいた。
 ドキドキしながら様子をうかがっていると、ダイオウイカのお兄さんが「はあ~」とため息をつく。

「もう、期待しません。みなさんが遊んでいる間に、究極魔法が完成したので」
「究極魔法って?」
「なんだそれは?」

 シロカくんとギンガくんが身を乗り出して聞くと、「うふふ♡」とあやしげな笑い声が聞こえてくる。

「町を海に沈める魔法デス。究極魔法を使えば、みなさんのいる町なんて、あっという間に海の底でしょうネ」

 ひぃっと小さく悲鳴を上げてしまう。まさかそんな恐ろしい魔法が使えるなんて……。

 万が一、その魔法が発動したら、町は大変なことになってしまう。学校も、市場も、おばあちゃんちだって壊れてしまうだろう。
 ううん、建物だけじゃない。ニンゲンだって無事では済まないかもしれない。友達や先生、おばあちゃんまでも危険な目にあうと想像すると、目の前が真っ暗になった。

 ――やだ。そんなの。怖い。怖すぎる。

 怖くなった私は、逃げるようにその場から駆け出した。



 究極魔法の話を聞いたせいで、その日はよく眠れなかった。
 眠い目を擦りながら学校に着くと、ヒサメくんたちがやけに暗い顔をしていることに気付く。

 あの話は、ヒサメくんたちにもショックだったのかな? 当然だよね。大勢のニンゲンの命が危機にさらされているんだから。
 盗み聞きしていたことは内緒だけど、ひとまず話しかけてみることにした。

「ヒサメくん、おはよう! なにかあった?」

 明るく振る舞いながら、挨拶をする。沈んだ表情で海を眺めていたヒサメくんは、私の顔をみると力なく微笑んだ。

「クラゲ、おはよう。うん、ちょっとね……」

 言葉を濁すヒサメくん。やっぱり究極魔法の話は、私には内緒なのかな?

「何か困っていることがあったら、私に言ってね。私たちは、マリンセーバーズの仲間だから」

 励ますように声をかけると、ヒサメくんがぎゅっと口を結ぶ。それから意を決したように顔を上げた。

「実は、夏祭りが終わったら、俺たち海に帰らないといけないんだ」
「……え? それってホント?」

 突然すぎて、理解が追いついていかないんだけど……。
 ヒサメくんは、視線を落としながら小さくうなずく。

「俺たちが、ミッションをそっちのけで遊んでいたから、ダイオウイカの怒りをかったんだ。もう俺たちは用済みなんだって」
「そ、そんなの嫌だよ。海を守る約束は? マリンセーバーズの活動だって」

 せっかく部活を作って、活動しようと意気込んでいたタイミングで、ヒサメくんたちがいなくなっちゃうなんて……。そんなのあんまりだよ。

「ごめん。勝手に巻き込んで、勝手に去って」

 ヒサメくんは、深く頭を下げる。
 ごめんだけで済ませないでほしい。私の気持ちはどうすればいいの?
 ヒサメくんたちとは、これからもずっと一緒にいられると思っていたのに。

「最後にクラゲのスピーチが聞けたらな……」

 寂し気に呟くヒサメくん。その言葉を聞いて、ハッと気づいた。
 ヒサメくんに海をまもりたいという想いを伝えられるのは、これが最後だ。夏祭りのスピーチコントストを逃したら、二度と伝えることはできなくなる。

 人前で話すのはやっぱり怖い。でも、ここでやらなければ一生後悔するような気がした。
 陸に住んでいるニンゲンにだって、海をまもりたい気持ちはある。海の仲間にも、その想いを伝えておきたかった。
 震えを鎮めるように、強く手を握りしめる。それから意思を持った瞳で、真っすぐヒサメくんを見つめた。

「私、スピーチコンテストに出るよ」



 朝のホームルームが終わったあとに、私は海老原先生にスピーチコンテストの参加申込書を提出した。

「先生、お願いします」
「倉木、参加してくれるのか! ありがとう!」

 海老原先生からは熱烈に感謝された。
 これで参加の申し込みはよし。あとは当日に向けて、準備を進めていなければ。

 席に戻ろうすると、ヒサメくんたちが集まってくる。

「クラゲ! スピーチコンテストに出るんだね」
「う、うん。自信はないけど、やってみようかなって」

 照れながらも微笑むと、シロカくんが目を輝かせながら飛び出してくる。

「すごーい! クラゲちゃん、ステージに出るんだね。僕応援するよ。ファンサちょうだいね」
「シロカが想像しているようなステージじゃねえから。多分」

 はしゃいでいるシロカくんに、ギンガくんが冷静に突っ込みを入れた。

「がんばってね~、クラゲちゃ~ん」
「サポートが必要なら私にも言って。事前準備ならいくらでも手伝うから」

 カナメくんと、エイちゃんも応援してくれる。これは心強い。

「ありがとう、みんな! 私ひとりだと不安だから、力を貸してほしいです」

 お願いしますっと頭を下げると、「もちろん」「任せて」と頼りになる返事が飛んできた。

 その日の放課後。マリンセーバーズのみんなで図書室に集まっていた。
 六人で円になると、小声で役割分担をする。

「ギンガくんとシロカくんは、海洋汚染に関する本を探してほしい」
「ああ」
「オッケー」

 寒冷チームに役割を与えると、さっそく本棚に向かっていく。
 それからヒサメくんたちに視線を向けた。

「ヒサメくんとカナメくんは、探してきた本のなかから使えそうなページをスキャンして持ってきてほしい」
「うん、いいよ」
「りょ~かい~」

 温暖チームは、スキャンの使い方を教わるために司書さんのもとへ向かっていった。
 最後に、残ったエイちゃんに視線を向ける。

「私は原稿作りをするから。エイちゃんは、文章の言い回しを一緒に考えてほしい」
「任せて。国語は得意だから」

 頼もしいエイちゃんの言葉に感動しながら、机の上で原稿用紙を広げた。
 私一人だったら、原稿を作ることだって満足にできなかった。
 だけど今は、みんなが協力している。仲間がいることの心強さを実感していた。

 その日から放課後に図書室に通い詰める日々が続き、一学期の終業式の前日には原稿が完成した。
 出来上がった原稿は、海老原先生にもチェックしてもらう。
 原稿を読み終えた海老原先生は、眼鏡の奥でにっこり微笑んだ。

「よく書けているじゃないか。海で起こっている問題も具体的に挙げられていて、主張に説得力がある。締めの言葉もいいな!」
「あ、ありがとうございます……!」

 海老原先生にも褒められて、自信が湧いてきた。

「あとは自信を持ってしゃべれるように練習するんだな」
「は、はい……」

 私としては、そこが一番の課題なんだよね。人前で堂々としゃべれるように、練習しないと。

 その日の夕方。私は原稿を片手に、浜辺に立っていた。

「海洋汚染は、海の生き物だけではなく、私たちニンゲンの健康にも直結して――」

 できるだけ声を張り上げながら、ハキハキと原稿を読んでいく。
 自分で書いた文章だから言葉に詰まることはないけど、人前でスムーズに喋れるかどうかはわからない。
 不安がなくなるくらい、たくさん練習するしかないのかな?

 しばらく原稿を読み上げていると、背後からざくっと砂を踏む音が聞こえる。振り返ると、ヒサメくんが立っていた。

「ヒサメくん! どうしたの?」
「浜辺を散歩していたら、クラゲがいるのが見えて降りてきたんだ。スピーチの練習をしていたの? 順調?」
「うーん、どうだろう? 一人では喋れるんだけど、みんなの前だと上手く喋れるかわからなくて」

 あははーっと笑いながら不安を漏らすと、ヒサメくんはキョトンと目を丸くする。

「みんなの前でも喋れていたじゃん」
「え?」

 どういうことだろう? 練習しているときは、私以外のニンゲンはいなかったはずだけど。
 ぱちぱちと瞬きをしていると、ヒサメくんが大きく両手を開く。

「この浜辺にだってたくさんの生き物がいる。カニも、ヤドカリも、ヒトデだって」

 あ、と足元を見ると、小さなカニがいた。
 みんなってそういうことか! あんまり意識していなかったけど、浜辺にだって生き物はたくさんいるもんね!

「こんなにたくさんの生き物の前で喋れるんだから、ニンゲンの前で喋ることくらい怖くないだろ」

 当たり前のことのように話すヒサメくんを見ていると、笑いが込み上げてくる。
 ヒサメくんからすれば、カニもニンゲンも大した差はないのかもしれない。みんな、等しく生きているんだもんね。
 身体の中で張りつめていた緊張の糸が、ふっとゆるんでいくような気がした。

「ありがとう。ヒサメくんの言葉を聞いたら、不安が薄れてきたよ」
「それならよかった」

 ヒサメくんは、目を細めながら穏やかに微笑んでいる。
 この優しい笑顔が、いつまでも消えることがありませんように、と海へ願った。

「私、頑張るから。最後まで見届けてね」
「うん。約束」

 ヒサメくんは、ぴんと小指を立てる。それにつられて私も小指を立てて、絡ませた。

「約束だよ」