くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

 ヒナギクが消えた大広間で、彼女がいた場所を見つめる。
 床にシミを作るヒナギクに向けて放った水魔法の名残だけが、彼女がそこにいた証明だろうか。
 アイビーは何とも言えない顔をして、ライに近づく。

「彼女が帰ったのは、私が魔石を壊したからか?」
「アイビーが責任を感じる必要はないよ。そもそも召喚に使っていた魔力は僕のだし」
「しかしだな……」

 王妃であるヒナギクがいなくなった今、国内の混乱は避けられないだろう。
 それほど王妃の存在は大きいはずだ。

「王妃がいなくなったのが心配?」
「それもあるが……彼女が歪めていた認識はどうなるんだ? 私は特に変わりないんだが」
「あぁ、それは見てたら分かるよ」

 きょとんとしたアイビーに周りを視線で差せば、ライと同じように周りへと目を向けた。
 床に倒れていたヒナギクに近かった三人が真っ先に意識を取り戻しはじめているようで、思い思いの反応を示している。
 三人へと視線をやると、驚いたような顔がライを見ていた。

「王妃はいなくなったけど、君たちならどうにかなるよね」
「え、あ、もちろんです」

 ライから話を振られたフレデリックが思わずといった様子で頷く。
 困惑しきった碧眼に、ライが優しく微笑んだ。

「あぁ召喚した女の子は強制送還しといたから、後始末は好きに進めておいてね。フレデリックはもう国王だからできるでしょ?」
「っ、はい」
「すぐにでも代わりの王妃を立てなね。雑務はそっちの宰相がやるでしょ?」
「はい」

 フレデリックが頷く光景が信じられず、アイビーは瞬きを繰り返す。
 しかし、何度見てもフレデリックの対応は変わらなかった。

「彼女がいたことも、やったことも全部覚えてるはずだよ」
「……そうか」

 アイビーはこれ以上聞いても仕方がないと思い、諦めたように頷く。
 周りの騎士達もようやく目が覚めたらしく、皆それぞれ困惑した様子だったが、ライの姿を認めると、びしりと固まってしまった。
 そんな周りの不自然な行動に、アイビーは首を傾げる。

「ライ。貴殿はまだ何か秘密がありそうだな?」
「あはは、そうだね。この際だ、皆に紹介しようか」
「は? なにを紹介――っわ!?」

 すでに注目を浴びているというのに、ライがアイビーの前に跪いたことでさらに視線を集めてしまう。
 慌てふためくアイビーの手を取り、手の甲に口づけを落としたライがにっこりと笑った。

「僕の名前は、ライ・カーネル。アイビー、僕のお嫁さんになってよ」
「は?」

 突然の名乗りに、アイビーの思考は停止する。
 ライはじっとアイビーを見つめてくるだけで、これ以上なにも言うつもりがないらしい。
 水晶のような瞳にからかいの色はなく、ただ真剣にアイビーを見ている。

(今、なんと言った……?)

 震える口でライから告げられた言葉を反芻する。

「ライ・カーネル?」
「うん」
「ここは、カーネル王国で、国の名を持つのは」
「王族の証だね」

 ライと後ろのフレデリックを見比べたアイビーはますます混乱した表情を浮かべる。
 わなわなと震えるアイビーを安心させるようにライが重なっている手を優しく握った。
 びくりと肩を揺らしたアイビーが、じとりとライを睨む。

「……聞いてないぞ」
「名前だけ知っていればいいと思ってたからね。あと、ヒントはあげてたつもりだよ?」
「ヒント?」
「僕はずっと魔王領と言っていたよ? 友好関係にある、とも」
「……それだけで察しろと言われてもな」

 苦笑するアイビーに、ライはそれで? と続きを促した。

「返事、してほしいんだけど」

 周りの騎士達も固唾を呑んで見守っている。
 呼吸音すら憚られる空気の中で、アイビーは困ったように笑った。

「一番聞かなければならない言葉を聞いていない気がするな」
「大好きだよ。一目惚れからだったけど、たくさんアイビーの可愛いところを見て思ったんだ。この子を笑顔にしたいって。……愛してる。結婚、してくれる?」
「あぁ。よろしく頼む」

 アイビーが頷いた瞬間、がばりと抱き上げられた。
 思わずライの頭にしがみついたが、彼は気にしていないようで、にこにこしている。

「皆、聞いたよね! 僕のお嫁さんになるアイビーだ。ちゃんとしてね」

 そう宣言されると同時に、アイビーの全身がぶわりと熱を持った。
 真っ赤になるアイビーは突き刺さる視線が耐えられず、ライのふわふわな髪に顔を埋めた。
 フレデリックが恐る恐るといった様子で問いかけてくる。

「兄さん。その方は」
「騎士団長やってた子だよ。でも僕が一目惚れしたから引き抜いちゃった。ごめんね」
「いや、それはいいです。クラージェもいますし……」
「妻を娶るからといって僕が実権を握るわけじゃないから、いつも通りにしててよ」
「……わかりました」
「よし。僕は普段通り自分の領地に引きこもる、だめだめな王族ってことでよろしく」

 フレデリックが頷くと、ライはよしよしと犬を褒めるように笑った。
 抱き上げられたまま背中をぽんぽんと叩かれ、ゆっくりと顔を上げる。
 心配そうに見つめられるが、ただ周りからの好奇の目になれずそわそわしてしまう。
 そのうえ、頬に残る熱が引いてくれない。
 悩ましげなアイビーに、ライは小さく笑った。

「帰ろっか、僕たちの城に」