目が潰れそうなほどの魔力が溢れ出す。
予定通り、城の地下から漏れ出すそれに、ライはにんまりと笑みを深くした。
余裕なライとは違い、ヒナギクは困惑しているようで周りをきょろきょろと見回している。
「な、なによ、これ……!」
「これがなにかなんて、君は知ってるでしょ?」
ライが手を伸ばすと、まばゆいほどの魔力が手のひらに集まってきた。
その様をまじまじと見ていたヒナギクの目が驚愕に染まり、顔色が真っ青から白っぽく早変わりする。
「な、んで」
「元々僕の魔力だからね。ちゃんと返してもらうよ」
「やめてよ! そんな、そんなことをしたら……!」
「魅了魔法が使えなくなる?」
「っ!?」
「あはっ、図星みたいだね」
ひゅっと息を呑んだヒナギクに、ライは意味深に目を細めた。
どうやら今から行われるであろうことに頭が回ったらしい。
真っ白だった顔色がみるみるうちに赤くなる。
「そ、そんなの許さない! 私はヒロインなのよ!?」
「ヒロインがなんなのか、僕には分からないけど――」
手入れの行き届いた艶やかな黒髪を振り乱し、髪色と同じ瞳で睨むヒナギクの姿は、好ましいとは言えない。
ライの胸の奥には、唯一人、決して手折られることのない勇敢な花がいるのだから。
「――僕、君に興味ないんだよね」
「……は?」
地を這うような声がヒナギクから聞こえた。
親の敵を見るような目を向けられ、ライは首を竦める。
「そういうことだから、僕のことは……いや、この国のことは諦めてくれる?」
「っ、大きく出ていいのかしら? 魅了魔法は……」
「うん、知ってる。魅了魔法を長期間浴びた後に魅了封じをしたところで、芽生えた感情は消えないってことぐらい」
「だったら!」
「だからといって見逃せるわけじゃないんだよねぇ。ってことで」
数十年ぶりに戻ってきた魔力を行使して、指を鳴らす。
ポンッと音を立ててその場に現れたのは、ヒナギクに一番近かった三人とアイビー達だ。
「最後の仕上げといこうか?」
何が起きたのか分からない様子のフレデリックがヒナギクを見る。
慌てて淑女の仮面を被ったようで、ヒナギクは心配そうな顔でフレデリック達の元へ駆けていった。
その隙にアイビーとリオン、そしてガッセもライの元へと集まってくる。
「ちゃんと破壊できたみたいでなによりだよ」
「貴殿は遠回しに伝えるのをやめた方がいいな。……で、なぜ私たちも呼ばれたんだ?」
藍色の瞳が暗に予定になかったと告げてくる。
元々はライがヒナギクの魅了魔法を封じる予定だったのだから、当たり前の反応だろう。
納得がいかない様子で眉を寄せるアイビーの眉間をつつき、にぃっと笑って見せる。
「これまで好き放題やってくれたんだ。罰は受けないと、でしょ?」
「はっ、これまでで一番魔王らしい顔だな」
「辛辣~。まぁいいや。見てて」
魔石に封じられていた魔力はすでに体に戻ってきている。
久方ぶりの魔力が満ちる感覚は悪くない。
これ見よがしに指を鳴らすと、ごっそりと魔力が抜けていった。
きらきらと粒子が舞い、大広間に伸びている騎士達や夜会の参加者たち、そして国王ら三名に当たっては弾ける。
そして蓄積されていくかのように人々の体が淡く光りはじめた。
「な、なんなのよ、これ」
ヒナギクの体が強ばる。
どうやら彼女は気がついたらしい。
ヒナギクが蒔いていた魅了魔法が浄化されている、と。
「なにって、大掃除だよ」
「はぁ? 意味分かんない!」
一瞬呆然としたヒナギクだったが、被ったはずの仮面を脱ぎ捨てて両手の拳を床へと叩きつけた。
「どうしてよ! ヒロインは愛されて当たり前なの! なのにこいつら全然攻略できないし! だから魅了してやったのよ」
「そんなことで……?」
心底理解できないとアイビーが首を捻ると、ヒナギクはますます眉尻を上げた。
「私だけの楽園だったのに! どうして魔王が攻略できないのよ! 逆ハールートだったんだから、魔王も攻略できるはずでしょう!?」
「いやあ、意味分からないね」
リオンが困ったように苦笑する。
隣にいるガッセも顔を引き攣らせている。
「そもそも王妃になったんだから、この国は私のものでしょ!? 私が私のものに何しようが勝手じゃない!」
「そんな身勝手な」
アイビーもヒナギクの言い分に引き気味だ。
仕えていた守るべき王妃がこんな者だったのがよほど衝撃的だったようで、愕然としている。
構えていた剣にも迷いが現れているようで、ゆらゆらと剣先が定まらない。
周りが信じられないと引いているのが見えないのか、ヒナギクの口は止まらなかった。
「ヒロインなんだからそれぐらいいいでしょ!?」
「これは自供ってことでいいかな」
これ以上聞いていても同じ言葉の繰り返しだろうとあたりをつけ、ライはヒナギクの言葉を黙殺する。
しかしそれで止まらないのがヒナギクだ。
彼女は憎悪を隠さずアイビーを睨み付けた。
「あんたでしょ!? 私から攻略対象を奪って楽しいわけ!?」
「攻略対象と言われてもな……」
アイビーが腑に落ちないと首を傾げる。
それが癪に障ったのか、ヒナギクが手をアイビーへと向け、炎の玉を放った。
一歩ライが前に出る寸前、隣にいたアイビーが手近に落ちていた剣を蹴り上げるのが見えた。
甲高い音を立てて蹴り上げられた剣がアイビーに向かった炎の玉を半分にし、無力化される。
アイビーはくるくると重力に従って落ちてくる剣の柄をぱしりと受け止め、静かに構えた。
ひゅうっと口笛を吹いたのはリオンだろう。
見事な魔法攻撃への対処に、ライもこの場でなければ拍手をしていた。
「私は私の道を歩いただけだ。そこにライがいた。そして、王妃殿下の歩む道にライはいなかった。それだけだ」
「すっごい殺し文句だね。まぁそういうこと」
「そんなっ、あ、フレデリック!」
「……ん、お前は……召喚した女じゃないか」
ヒナギクの口があんぐりと開かれる。
すでにフレデリックの碧眼には執着もなにも見当たらない。
「わ、私、あなたの妻で、王妃で……」
「は?」
しどろもどろに伝えるヒナギクだったが、フレデリックの敵意に満ちた目に肩が跳ねていた。
フレデリックは周りを見やり、ライを視認すると弾けるように立ち上がる。
「っ、どうしてここに」
「ん。随分とひどいやられようだったね」
「え? どういうこと? フレデリックがなんで様付けなんて……」
意味が分からないと言わんばかりのヒナギクに、ライは静かに告げる。
「ねぇ。体が透けてきてるみたいだけど、大丈夫そう?」
「え……ちょ、なにこれ、やだ、やだやだやだ! 私がこの世界のヒロインなのに! 私を殺す気!?」
つま先から透けるヒナギクが半狂乱になって叫ぶ。
何度かフレデリックへ魅了魔法をかけようとしていたが、もう魅了される様子はなかった。
アイビーも藍色の瞳を零しそうなほど見開いている。
ライは小さく息を吐いて、ヒナギクへと足を向けた。
一歩一歩、存在感を出すためにわざとらしく音を立てて歩く。
魅了魔法が効かないと真っ青になるヒナギクをライが見下ろした。
「殺さないよ?」
「こんなの殺すようなものじゃない!!」
ヒナギクが言い終わると同時に、彼女の頬すれすれに水の塊を打ち込んだ。
大理石の床に不釣り合いな水たまりが広がる。
横目で確認したヒナギクががたがたと震えはじめたところをみると、正しく理解したらしい。
別の魔法であれば怪我をしていたと。
恐怖に満ちた顔で後ずさるヒナギクとの距離をつめると、彼女の口から悲鳴が漏れる。
「ひっ」
「僕はね? 殺せないんじゃない、殺さないだけだよ。……話し合う余裕があるってこと、理解した方がいいね」
にっこりと笑みを向け、言い放つ。
「それと、掌中の珠はアイビーだけで十分だよ」
そう言うと同時に、ヒナギクはこの世界から消えた。
予定通り、城の地下から漏れ出すそれに、ライはにんまりと笑みを深くした。
余裕なライとは違い、ヒナギクは困惑しているようで周りをきょろきょろと見回している。
「な、なによ、これ……!」
「これがなにかなんて、君は知ってるでしょ?」
ライが手を伸ばすと、まばゆいほどの魔力が手のひらに集まってきた。
その様をまじまじと見ていたヒナギクの目が驚愕に染まり、顔色が真っ青から白っぽく早変わりする。
「な、んで」
「元々僕の魔力だからね。ちゃんと返してもらうよ」
「やめてよ! そんな、そんなことをしたら……!」
「魅了魔法が使えなくなる?」
「っ!?」
「あはっ、図星みたいだね」
ひゅっと息を呑んだヒナギクに、ライは意味深に目を細めた。
どうやら今から行われるであろうことに頭が回ったらしい。
真っ白だった顔色がみるみるうちに赤くなる。
「そ、そんなの許さない! 私はヒロインなのよ!?」
「ヒロインがなんなのか、僕には分からないけど――」
手入れの行き届いた艶やかな黒髪を振り乱し、髪色と同じ瞳で睨むヒナギクの姿は、好ましいとは言えない。
ライの胸の奥には、唯一人、決して手折られることのない勇敢な花がいるのだから。
「――僕、君に興味ないんだよね」
「……は?」
地を這うような声がヒナギクから聞こえた。
親の敵を見るような目を向けられ、ライは首を竦める。
「そういうことだから、僕のことは……いや、この国のことは諦めてくれる?」
「っ、大きく出ていいのかしら? 魅了魔法は……」
「うん、知ってる。魅了魔法を長期間浴びた後に魅了封じをしたところで、芽生えた感情は消えないってことぐらい」
「だったら!」
「だからといって見逃せるわけじゃないんだよねぇ。ってことで」
数十年ぶりに戻ってきた魔力を行使して、指を鳴らす。
ポンッと音を立ててその場に現れたのは、ヒナギクに一番近かった三人とアイビー達だ。
「最後の仕上げといこうか?」
何が起きたのか分からない様子のフレデリックがヒナギクを見る。
慌てて淑女の仮面を被ったようで、ヒナギクは心配そうな顔でフレデリック達の元へ駆けていった。
その隙にアイビーとリオン、そしてガッセもライの元へと集まってくる。
「ちゃんと破壊できたみたいでなによりだよ」
「貴殿は遠回しに伝えるのをやめた方がいいな。……で、なぜ私たちも呼ばれたんだ?」
藍色の瞳が暗に予定になかったと告げてくる。
元々はライがヒナギクの魅了魔法を封じる予定だったのだから、当たり前の反応だろう。
納得がいかない様子で眉を寄せるアイビーの眉間をつつき、にぃっと笑って見せる。
「これまで好き放題やってくれたんだ。罰は受けないと、でしょ?」
「はっ、これまでで一番魔王らしい顔だな」
「辛辣~。まぁいいや。見てて」
魔石に封じられていた魔力はすでに体に戻ってきている。
久方ぶりの魔力が満ちる感覚は悪くない。
これ見よがしに指を鳴らすと、ごっそりと魔力が抜けていった。
きらきらと粒子が舞い、大広間に伸びている騎士達や夜会の参加者たち、そして国王ら三名に当たっては弾ける。
そして蓄積されていくかのように人々の体が淡く光りはじめた。
「な、なんなのよ、これ」
ヒナギクの体が強ばる。
どうやら彼女は気がついたらしい。
ヒナギクが蒔いていた魅了魔法が浄化されている、と。
「なにって、大掃除だよ」
「はぁ? 意味分かんない!」
一瞬呆然としたヒナギクだったが、被ったはずの仮面を脱ぎ捨てて両手の拳を床へと叩きつけた。
「どうしてよ! ヒロインは愛されて当たり前なの! なのにこいつら全然攻略できないし! だから魅了してやったのよ」
「そんなことで……?」
心底理解できないとアイビーが首を捻ると、ヒナギクはますます眉尻を上げた。
「私だけの楽園だったのに! どうして魔王が攻略できないのよ! 逆ハールートだったんだから、魔王も攻略できるはずでしょう!?」
「いやあ、意味分からないね」
リオンが困ったように苦笑する。
隣にいるガッセも顔を引き攣らせている。
「そもそも王妃になったんだから、この国は私のものでしょ!? 私が私のものに何しようが勝手じゃない!」
「そんな身勝手な」
アイビーもヒナギクの言い分に引き気味だ。
仕えていた守るべき王妃がこんな者だったのがよほど衝撃的だったようで、愕然としている。
構えていた剣にも迷いが現れているようで、ゆらゆらと剣先が定まらない。
周りが信じられないと引いているのが見えないのか、ヒナギクの口は止まらなかった。
「ヒロインなんだからそれぐらいいいでしょ!?」
「これは自供ってことでいいかな」
これ以上聞いていても同じ言葉の繰り返しだろうとあたりをつけ、ライはヒナギクの言葉を黙殺する。
しかしそれで止まらないのがヒナギクだ。
彼女は憎悪を隠さずアイビーを睨み付けた。
「あんたでしょ!? 私から攻略対象を奪って楽しいわけ!?」
「攻略対象と言われてもな……」
アイビーが腑に落ちないと首を傾げる。
それが癪に障ったのか、ヒナギクが手をアイビーへと向け、炎の玉を放った。
一歩ライが前に出る寸前、隣にいたアイビーが手近に落ちていた剣を蹴り上げるのが見えた。
甲高い音を立てて蹴り上げられた剣がアイビーに向かった炎の玉を半分にし、無力化される。
アイビーはくるくると重力に従って落ちてくる剣の柄をぱしりと受け止め、静かに構えた。
ひゅうっと口笛を吹いたのはリオンだろう。
見事な魔法攻撃への対処に、ライもこの場でなければ拍手をしていた。
「私は私の道を歩いただけだ。そこにライがいた。そして、王妃殿下の歩む道にライはいなかった。それだけだ」
「すっごい殺し文句だね。まぁそういうこと」
「そんなっ、あ、フレデリック!」
「……ん、お前は……召喚した女じゃないか」
ヒナギクの口があんぐりと開かれる。
すでにフレデリックの碧眼には執着もなにも見当たらない。
「わ、私、あなたの妻で、王妃で……」
「は?」
しどろもどろに伝えるヒナギクだったが、フレデリックの敵意に満ちた目に肩が跳ねていた。
フレデリックは周りを見やり、ライを視認すると弾けるように立ち上がる。
「っ、どうしてここに」
「ん。随分とひどいやられようだったね」
「え? どういうこと? フレデリックがなんで様付けなんて……」
意味が分からないと言わんばかりのヒナギクに、ライは静かに告げる。
「ねぇ。体が透けてきてるみたいだけど、大丈夫そう?」
「え……ちょ、なにこれ、やだ、やだやだやだ! 私がこの世界のヒロインなのに! 私を殺す気!?」
つま先から透けるヒナギクが半狂乱になって叫ぶ。
何度かフレデリックへ魅了魔法をかけようとしていたが、もう魅了される様子はなかった。
アイビーも藍色の瞳を零しそうなほど見開いている。
ライは小さく息を吐いて、ヒナギクへと足を向けた。
一歩一歩、存在感を出すためにわざとらしく音を立てて歩く。
魅了魔法が効かないと真っ青になるヒナギクをライが見下ろした。
「殺さないよ?」
「こんなの殺すようなものじゃない!!」
ヒナギクが言い終わると同時に、彼女の頬すれすれに水の塊を打ち込んだ。
大理石の床に不釣り合いな水たまりが広がる。
横目で確認したヒナギクががたがたと震えはじめたところをみると、正しく理解したらしい。
別の魔法であれば怪我をしていたと。
恐怖に満ちた顔で後ずさるヒナギクとの距離をつめると、彼女の口から悲鳴が漏れる。
「ひっ」
「僕はね? 殺せないんじゃない、殺さないだけだよ。……話し合う余裕があるってこと、理解した方がいいね」
にっこりと笑みを向け、言い放つ。
「それと、掌中の珠はアイビーだけで十分だよ」
そう言うと同時に、ヒナギクはこの世界から消えた。

