くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

「国王陛下」

 アイビーの凜とした声が地下に響く。
 予想通りと言うべきか、階段を降りた先にはこの国の国王であるフレデリックが待ち構えていた。
 アイビーへと向いた碧眼はぎらりと不気味に輝いており、どこか遠くを見ているようにも見える。
 ゆらりと生気の足りない顔がアイビーへと向けられた。

「ヒナギクの言う通りだったな。魔王が奪いに来ると」
「……何を奪うのですか?」
「宝だよ、俺たちの宝」
「それは足下にある魔石のことですか?」

 アイビーは足下へと視線を落とす。
 地下はどこにでもある石造りの壁だったが、ひとつだけ異様なものがあった。
 それが、足下の魔石だ。
 床一面にも及ぶ大きな魔石の真ん中に魔方陣が描かれている。

(この魔方陣で王妃殿下を召喚したんだろうな)

 この場で何が行われたかは地下へと降りた瞬間に理解できた。
 しかし、フレデリック達が言うような奪えるようなものはこの場にない。
 アイビーがじっとフレデリックの返答を待っていると、彼はにやりと笑った。

「俺たちの宝は決まっているだろう? ヒナギクだよ」
「……そうですか」

 この場に侵入されることと、ヒナギクが奪われることが全く繋がらない。
 意味が分からず首を傾げたアイビーだったが、音もなく突き出された剣に仰け反った。
 避けきれなかった髪がぱらりと床へと落ちる。

「先手必勝、だろ?」
「あまり国王陛下に剣を向けたくはないのですが……」

 数ヶ月前までは守るべき主君だったのだ。剣を向けるのは抵抗がある。
 ましてや魅了魔法に操られているならなおさら。
 目の前に突き出された剣から逃れるように横へと数歩下がった。
 アイビーが身を引いたことで、勝ちを確信したのだろう。
 フレデリックは満足げにふんぞり返る。

「降参するなら今のうちだぞ。いまならまだ処刑ですむ」
「はぁ。処刑は最高刑で、まったく譲歩されている気配がないな」
「俺たちから宝を奪おうとしているんだから当たり前だろう」
「……そうか。なら、私は私の任務を全うするとしよう」

 アイビーは少し失望した色を瞳に宿し、フレデリックへと剣を構えた。
 剣を向けられるとは予想だにしていなかったのだろう。
 ぽかんと口を開けて放心するフレデリックに、アイビーは眉を寄せた。

「なにか?」
「は? なぜ引かない?」
「? 私に陛下の(めい)を聞く義理はありませんから」

 言い切ると同時に床へ剣を突き立てる。
 剣を向けられると思っていたであろうフレデリックが呆気にとられていたが、アイビーは彼に気遣う余裕はなかった。
 力いっぱい振り下ろしたはずの切っ先は、なにも傷つけてはいない。
 簡単に傷が付けられるほど魔石は脆くないということだろう。
 舌打ちをしたい気持ちになりながらも、もう一度振り下ろすが、今度は横から剣が薙がれ防がれてしまった。

「っ!」

 なんとか弾かれなかっただけで、手の平が痺れている。
 それを見逃してくれるほどフレデリックは甘くなかった。
 畳みかけるように打ち込まれ、アイビーは歯を食いしばって受け流す。

(手が……くそっ!)

 手の痺れが収まりきらず、防戦一方になってしまう。
 フレデリックの剣捌きは単調で大振りだが、そんな攻撃でも痺れた手で受けるとまた痺れが蓄積していくという悪循環にハマっている。
 元々アイビーはフレデリックをあまり傷つける気はなかった。
 ただ魔石だけを破壊できたらいいと考えていたが、こうも妨害をされると手出しを考えなければならなくなってくる。
 ぐるぐると考えている間にもフレデリックは悪人面で剣を振り回す。
 にやにやとげすびた笑みを浮かべる様は一国の王とは思えない。
 その上、目はちゃんとアイビーを映しているのにもかかわらず、どこか別のところを見ているように危うかった。

「ふははは! どうした!? 騎士団長の腕とはそんなものか!」

 打ち合いをしながら、じりじりと下がる。
 とんっと背中が壁についてしまい、アイビーは僅かに顔を強ばらせた。
 ほんの僅かな隙だったがフレデリックは見逃さなかった。
 横に薙がれた剣を反射的に防ぐ。
 ピキッと嫌な音がアイビーの持つ剣から聞こえた。
 アイビーの頬に冷や汗が垂れる。
 フレデリックが勝ち誇ったようににたりと笑い、ひび割れた剣へとまた打ち込み、アイビーの持つ剣の刀身の半分が飛んだ。

「ぐっ」

 フレデリックが剣を振り切る力が強く、バランスが崩れる。
 左肩から倒れ込むように体を床に打ち付け、アイビーの肺から空気が漏れた。
 頭だけは守らねばとぶつかることはなかったが、挿していた簪からばきりと嫌な音が耳に届く。
 アイビーはさっと顔を青くして、簪を確認しようとするが、フレデリックがそれを許さなかった。
 転がるようにして振り下ろされた剣を避ける。
 勢いよく起き上がり、フレデリックの得物へと目を向けた。

(やはり剣で傷はついていない。が、あんな傷あったか? いや待て。あの位置は……)

 フレデリックの剣先を突き立てられた床に傷一つついていない。
 反対に先ほどまでアイビーがいた場所付近の床に日々が入っていた。
 その場所は明らかにアイビーの頭があった場所で――アイビーの唇が無意識に釣り上がる。
 折れた剣を握りしめ、フレデリックへ好戦的な目を向けた。

「なんだ、その反抗的な目はっ!」
「いえ。勝利の男神が微笑んだなと思っただけですよ、陛下っ!」

 剣を構え直したフレデリックに、アイビーは折れた剣を投げつけた。
 真っ直ぐ飛んできた剣に脅威を感じたらしく、フレデリックは驚いたように仰け反る。
 その隙を利用し、アイビーは魔方陣のある中心へと駆けだした。
 からんと音を立てた剣には手を伸ばさず、丸腰でフレデリックの横を通り抜けた。

「なにをっ!?」

 背中に驚愕の声が届く。
 フレデリックは予想外だと言わんばかりの顔を晒していた。
 アイビーは結んだ髪に挿している簪を手に取る。
 折れたと思い肝が冷えたが、折れていないのであれば問題ない。

「まったく、回りくどいことをしてくれる」

 小さく笑って、手に持った簪へと視線を落とす。
 それは足下の魔石と共鳴するかのように輝いており、まるで自分の成すべきことが分かっているかのようだ。
 魔石には意志がある。と言った男の顔が脳裏にちらついた。

「最初からこうするつもりだったんだろう? なぁ、ライ」

 愛おしい男の名を呟いて、簪を魔方陣の真ん中に突き立てた。