くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

 背後から剣振る音が聞こえなくなった頃。
 ようやく辿り着いた扉の前で、アイビーはひくりと頬を引き攣らせた。

(よもやここまで警戒されているとは……)

 普段よりも一層眉間の皺を深くした宰相がそこにいた。
 彼もアイビーを視認したのか、けだるげにつま先をアイビーへと向ける。
 嫌悪が混じった目がアイビーを捕らえた。

「ヒナギクを召喚した神聖な場所に何の用だ?」
「召喚の儀をした場所……」
「知っているだろう?」

 知っていて当然だと言わんばかりの口ぶりに、アイビーは口を噤んだ。
 どうやら宰相はこちらの話を聞く気があるらしく、腰に下げている剣を抜く素振りを見せない。
 そのことに嫌な予感が脳裏を掠めるが、知らないフリをしてアイビーは宰相の後ろにある扉を見上げた。
 どうやら廊下の真ん中に不自然に佇む扉は、ヒナギクを召喚した場所へと続いているようだ。
 しかしライの来国時に増えていた警備の説明がつかない。

(嘘は言っていないな。じゃあなぜ警備がきつくなる?)

 考えても答えがでないことは明白で、アイビーは小さく息を吐いた。

「宰相閣下。そこを通してはいただけませんか」
「断る。ここには我々の宝もあるからな」
「……また宝、か」

 アイビーは今度こそ大きなため息をつき、だらりと下げていた剣を構えた。
 宰相の眉がぴくりと反応し、本当にやるのかと目だけで問いかけてくる。
 剣を下げないアイビーに肩を竦めた宰相が剣を抜いた。
 双方が間合いを測るように足裏を擦るように踏み出し――

「その勝負、待った!」

 ――アイビーの目の前にガッセが飛び出してきた。
 第三勢力の登場に、アイビーと宰相の足が止まる。

「ガッセ?」
「おう。ここは俺に任せろ」

 茶色い髪を揺らして振り向いたガッセを呼ぶと、太陽のような笑みを返された。
 アイビーは目を(しばたた)かせ、先ほども同じような言葉を聞いたなと思わず吹き出してしまった。
 そんなアイビーの反応にぽかんとする二人に目を向けながら、ガッセの肩を叩く。

「頼んでいいか?」
「もちろん」
「この僕が行かせると思うか?」

 ぎらりと猛獣のような目を向ける宰相からアイビーは数歩距離を取る。
 扉を開けるには彼を扉の前から引き離す必要がある。
 アイビーの意図を理解したのか、ガッセが煽るように笑った。

「悠長にしてていいのか? あんたら手練れがいない王妃は今頃、魔王陛下の手の内だ」
「ヒナギクが魔王と二人きりになりたいって言ったんだ。叶えてやるのが甲斐性のある男だろう!」
「へぇ? その割に納得がいかねぇって顔だけどな?」
「うるさい!」

 図星を突かれたのか宰相がガッセに飛びかかる。
 宰相の持つ剣を素手で止めたガッセに、アイビーは思わず目を丸くしてしまう。
 しかし戸惑いは一瞬で、アイビーはガッセの後ろから飛び出した。
 宰相が制止の声を上げる。

「そこは……!」
「おっと。あんたの相手は俺だぜ?」

 背中に向かって声がかかるが、アイビーの足は止まらない。
 体当たりするように重厚な扉を開ける。
 勢いよく突入したからか、扉の向こうがすぐ階段だと気がつかなかった。
 がくんと踏みしめる床がなくなった体が傾く。

「うわっ!? っと、あっぶないな」

 間一髪で階段の手すりに捕まり事なきを得た。
 アイビーはほっと息を吐いて、ばくばくと嫌な音を立てて軋む心臓を落ち着ける。
 大きな音を立てて扉が閉まると、そこは闇に包まれた。
 先ほどまで照明が輝いていた空間にいたせいで、まだ目が慣れない。
 明かり一つない階段を降りるためにはまず暗闇に目を慣らす必要がある。

(近くに人の気配はない。大丈夫だ。焦る必要もない)

 アイビーは扉の外で金属の打ち合う音を聞きながら、目が慣れるまで息を潜める。
 数秒で目が慣れ、段の高さが違う石造りの階段が見えた。
 ごくりと唾を飲み込み、音を立てないよう慎重に階段を降りていく。

(王妃殿下を召喚した場所ということは、魔方陣が描かれているんだろうが……それだけで国の宝とは言わないだろう)

 ゆっくりと壁伝いに降りながら、国の宝について思考を巡らせる。
 ライの作戦に乗ったものの、詳細は伝えられなかった。
 ただ、「扉の向こうにあるものを破壊してほしい」とお願いされただけだ。
 アイビーにしかできないと念押しされたが、本当かどうか定かではない。

(宝だと言っていたのが王妃殿下だとすれば、魅了魔法に関する何かだと考えるのが妥当だろうな)

 魔王領へ連れていかれた日を思い出す。
 昨日のことのように思い出されるのは、一目惚れをしたと言ったライだ。
 そのあと、アイビーの特異体質が珍しいとも言っていた。

(そうだったな。私が必要な理由は、魅了魔法が効かない特殊体質だからだった)

 アイビーはくすりと笑みを零し、懐かしげに目を細める。
 どう考えても長い階段の下にあるものは、アイビーにしか対処できないものだろう。
 そして、宝を守ることができるのは、魅了魔法にかかったものだけだ。
 階段を降りきる寸前に見えた一つの影に、アイビーは背筋を伸ばす。

(クラージェ殿、宰相閣下とくれば、嫌でも予想がつくというものだ)

 アイビーは最後の段に足裏をつけ、石造りのアーチの向こうに待つ男へと藍色の目を向けた。