くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

 静まり返った城内に、アイビーの足音だけが響く。
 夜会が行われている大広間に騎士達が集合していたらしく、今のところ妨害らしい妨害がない。
 あれだけ警備が厳重だったにもかかわらず、今日に限って手薄すぎた。
 ライの計画通りに進んでいる安心感よりも、どこか不自然で薄ら寒い感覚がアイビーの背にのしかかる。

(なにか、見落としている気がする)

 会場でアイビーを待っていたヒナギクを思い出す。
 普段通り重そうなドレスを着ていたなと脳裏に浮かべ、違和感を覚えた。
 小骨が喉に引っかかっているような感覚だ。

(そこまで出かかっているんだが……)

 アイビーは目的である警備が厳重な扉へと向かいながら、角を曲がった。
 同じような廊下が続く中、ひょいと隣に現れた気配にアイビーは目を瞬かせる。
 先ほどまで胸に渦巻いていた疑問は、霧のように消えてしまった。
 下へと向けた視線が、アイビーの腰よりやや上あたりに白髪を捕らえたからだ。

「リオン」
「はーい。君を援護するように陛下に言われてね」

 名前を呼んだだけでここにいる理由を簡潔に説明される。
 その最中に茶目っ気たっぷりに片目を瞑ったリオンに、アイビーは呆れた目を向けた。

「その姿の理由は?」
「あ、これ? こっちの方が油断を誘えるから、かな」
「……なるほど。一理ある」

 頷いたアイビーに、リオンはでしょ? と赤い目を細めて笑った。
 長い廊下をそれなりの速度で走る。
 リオンも小さな体ながらしっかりとついてくるあたり、騎士なのだと再認識させられた。

「それで、どこに向かってる感じ?」
「私がまだ騎士団長をしていた際、厳重に警備されていた場所がある。ライが来国したときは特に、な」
「ん、りょーかい。随分とわかりやすいくてありがたいね」
「あぁ。今は騎士達も出払っている。潜り込むなら今だ」
「一兵卒がいないのは確かだけど……気をつけて」

 リオンが小さな声で警戒を促してくる。
 その瞬間、猛毒のような殺気がアイビーを包んだ。
 反射的にその場を飛び退いて、握ったままの剣を構えた。
 ゆらりと現れたそれに、アイビーはつい数分前に抱えていた違和感の正体を見た。

「ちっ」

 アイビーを焼き殺さんと射貫く碧眼に、舌打ちする。
 ヒナギクに対する違和感はこれだったかと、自身の迂闊さが憎い。
 アイビーとリオンの前に立ちはだかったのは、ヒナギクに骨抜きにされ騎士団長の任命を辞退したクラージェだ。
 彼は興奮しきったように顔を真っ赤にし、憤っていた。

「ヒナギクの言う通りだ。アレを、俺たちの宝を、奪うつもりだとっ!」
「宝?」

 騎士のヒステリックな叫びに、アイビーとリオンは同時に眉をひそめる。
 互いに視線だけ見合わせ、首を傾げた。

「私が聞いていた話と違うが?」
「ボクも初耳~」
「何を戯れ言をっ! ここで剣の錆にしてくれる!」

 振りかぶられた剣を受け止めたアイビーは、その重さに小さく呻いた。
 数度打ち合いをし、アイビーとクラージェが再度ぶつかる寸前、風の刃が二人の間を通り抜ける。
 すんでのところで風の刃を躱したアイビーは数歩跳ねるようにして下がった。
 魔法を行使したリオンへと目を向けると、彼はにんまりと笑ってみせた。

「ここは任せてもらえる?」
「いいのか?」
「もちろん。任せて」
「……わかった」

 リオンには何か策があるのだろう。
 彼の提案に頷くと同時に剣が迫りくる。
 アイビーは受け止めようと剣を構えたが、クラージェとアイビーの間にリオンが割って入った。
 振り下ろされたクラージェの剣はリオンが片手で止めている。
 どうやら彼は手の平に渦巻かせた空気で剣を阻んでいた。
 風魔法の新たな使い方を垣間見たアイビーは一瞬呆気にとられるが、リオンからちらりと視線を送られる。

「行って」

 覚悟の籠もった声色だ。
 アイビーはこくりと頷くと、目的地へと続く廊下に向かって床を蹴った。