くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

 豪華絢爛とはこのことか、とアイビーは目の前の光景に頭を抱えた。

(ここが私の部屋、か……?)

 あれよあれよという間に連れてこられた一室は、ただの捕虜を住まわせるには勿体ないほど輝いている。
 連れてきた張本人であるライは呆然と立ち尽くすアイビーを放置してどこかに行ってしまった。
 見れば見るほど丁寧に整えられた室内は、鎧を身に着けるアイビーとは不釣り合いだ。
 アイビーは扉の前でしゃがみ込む。
 金属の擦れる音すらも部屋に不釣り合いで、眉間にシワが寄った。

「どうして、どうして魔王にこだわるのですか。王妃殿下」

 思わず漏れた疑問に答える者はいない。

 ◇◆◇


 アイビーが捕虜となる数時間前。
 騎士団長として呼び出されたアイビーは、謁見の間で跪いていた。
 そっと伺うように視線を上げる。
 王座で横抱きにされるカーネル王国の王妃――イチノミヤ・ヒナギク――は、少し幼さの残る女性だ。
 庇護欲をそそられる顔立ちを彩るのはオニキスのように黒い瞳と、艶やかな黒髪。
 真っ赤なルージュを引いた唇が弧を描くと、周りの男性達がうっとりと息を吐いた。
 王妃を抱きかかえる国王、ヒナギクの後ろに控える宰相、ヒナギクを守るように立つ騎士。
 皆、聡明で常識的な男性だ。
 ヒナギクがこの世界に召喚されるまでは。
 しかし彼らは、文字通り、骨抜きにされた。
 三人で一人の女性を慈しみ、守るその姿は、いびつだ。
 歪んでいると感じていない周りの官僚や使用人たちも、少しおかしい。

(何度見ても慣れるものではないな)

 アイビーは内心、ため息をつく。
 そんなアイビーの僅かな機微を感じ取ったのか、ヒナギクが手に持った扇を手に打ち付けるように閉じた。

「騎士団長。お前はいつになったら魔王を討ち滅ぼしてくれるのかしら? それとも、私の言うことが聞けないというの?」

 咎めるような口調だというにヒナギクの口元には笑みがたたえられていた。
 国王に抱えられてアイビーの元へと下りてきた王妃がそっと床に下ろされる。
 さっと視線を下げたが、ヒナギクはそれを許さなかった。
 扇がアイビーの顎を掬ったかと思うと、強制的に上を向かされた。

「ねぇ、そもそもなんで女のお前が騎士団長なんてやっているのかしら」
「……恐れながら、騎士団長候補であったお方は、王妃殿下の護衛についております」

 視線だけで壇上の騎士をさすと、ヒナギクはため息をついた。

「たしかにレオンは私の護衛だけど、騎士団長も兼任すればよかったのに」
「王妃殿下をお守りするという使命をまっとうしたいと辞したのは彼の意志ですので……」
「そうね。しかたがないことだわ。騎士団長の仕事で少しでも私から離れたくないってことだもの。それほど私が魅力的なんでしょう」
「あぁ。俺たちのヒナギクが可愛らしいのがいけないな」
「もうっフレデリックったら」

 ヒナギクの隣で胸を張った国王――フレデリック・カーネル――の碧眼は、ヒナギクへ向いているが、どこか別の所を見ているかのようにも見える。
 しかし、ヒナギクはうっとりとフレデリックにしなだれかかった。
 器用にもヒナギクの扇はまだアイビーの顎に固定されたままだ。
 ヒナギクはフレデリックに寄り添いながら、そっと睫を伏せた。

「私ね、魔王、ううんライのこと大好きだったのよ? でも、今は大嫌いなの」
「……」
「本当は私のものになるはずだったのにどこで間違えちゃったのかなぁ」
「……」
「せっかくの逆ハーレムルートなのに、隠しキャラがいないなんて、おかしいでしょう?」
「……」
「だからバグは処理しなきゃ。ね?」

 小首を傾げたヒナギクは、告げた言葉が当たり前だと言わんばかりに笑っている。
 彼女の言っている言葉は、何度聞いてもアイビーには理解できない。
 ただ分かるのは、ヒナギクは魔王ライをも侍らすつもりでいたということ。
 理由は分からないが、彼女はそうなると信じて疑わなかった。
 だからこそ、手に入らなかった魔王を憎んでいる。

「騎士団長。魔王領への進撃して、ライの首を落としなさい」

 ゾッとするほど冷たい声だ。
 王国の剣であり盾であるアイビーには、否という選択肢は残されていない。
 憎悪が渦巻く真っ黒な瞳を見つめ、アイビーは口を開いた。

「王妃殿下の御心のままに」