雨のち花憑き



「鈴花さん、もう遅いですし送りましょうかぁ⋯⋯?」


買ってもらった和菓子をもぐもぐと食べているクロの横で、ハクは聞いてきた。


「うーん⋯⋯そういうならお言葉に甘えて」


「鈴花」


変える方向を教えていた鈴花は、天満に呼ばれてすぐに振り返った。
すると、少しずつ近づいてくる。


「ど、うしました?」


急に手を握られたと思ったら、すぐに離れる。
そして私の手に握られていたのは千円札だった。


「え?どこから⋯⋯?」


「借りたから、返す」


「返さなくても、値引きしてもらったので⋯⋯」


逆にお金を持っていないはずの天満がお金を持っていた理由が知りたい⋯⋯。誰かから取った、とかは彼はしなさそうだけど。


​慌てて返そうとする鈴花だったが、天満はすでに一歩後ろに下がり、その瞳で「受け取れ」と無言の圧をかけていた。



……仕方ない、今日はお言葉に甘えておこう。

でも、また今度お菓子を買ってあげよう……。いつも和菓子だから、次はケーキとか、クッキーとか、洋菓子がいいかな。



鈴花は内心でそう決めると、天満から譲り受けた千円札を、大事そうに財布の奥へと仕舞い込んだ。


​「……そろそろ本格的に日が暮れる。ハク」


「はーい、承知いたしましたぁ」


​天満の低い声に応じ、ハクが楽しそうに指先を躍らせた。
すると、鈴花の足元から、ミルクを零したような真っ白で薄い霧が、蛇のように這い上がってきた。


夕闇に包まれた住宅街の景色が、霧の向こう側にじんわりと滲んでいく。


「うわぁ……すごい。これ、どこに向かってるの?」


「鈴花さんのお家ですよ。現世の道を通ると時間がかかりますから、少しだけ近道をしましょう」


霧は次第に濃くなり、鈴花の周りを纏うように渦を巻く。
普段なら恐ろしく感じるはずの神隠しの霧。


けれど、前を歩く天満の背中と、隣でスカジャンを揺らすクロ、そして背後で微笑むハクの存在が、鈴花の不安を消し去っていた。


​――ちゃぷん、と。


不意に、昨夜の夢と同じような、水底を歩く音が聞こえた気がした。


鈴花が足元に目をやると、一瞬だけ、アスファルトの上に水紋が広がったように見えたが、次の瞬間には、見覚えのある電柱と、自分の家の門限を知らせる街灯の明かりが霧の向こうに見えてきた。


​「……着きましたよぅ、鈴花さん」


​ハクが声をかけると同時に、霧は潮が引くようにスッと消え去った。

気がつけば、そこは鈴花の家のすぐ近くにある公園の角だった。


「……送ってくれて、ありがとう。天満、ハクくん、クロくん」


「ふん、別に送ったわけじゃねーよ。お前が迷子になって、明日から菓子が届かなくなったら困るからな!」


天満は、家の明かりを見つめる鈴花を静かに見守り、それから一言だけ、夜風に溶けるような声で囁いた。


「またな。鈴花」


その言葉が嬉しくてしばらく寝付けなかったのは言うまでもない。