【第2回1話だけ大賞応募作品】凪渡くん、このままじゃ溶けてしまいます

「ん……」


寝転んでいたのは冷たい地面、誰もいない公園の時計は夜の八時を指している。

疲れも取れたし、そろそろ動かないと。

こんな所で寝ていたら危ない。




(もふっ)




もふっ?

そんな手触りのもの近くに置いていたっけ?

視線を下に向ければ……



「きゃぁあああああああ!」



整った顔の青年、真っ黒な髪と真っ黒な瞳。

その真っ黒な髪に手が触れたらしい。

地味な装いなのに顔が整いすぎてきらめいて見える。



「ん……あ、莉帆(りほ)ちゃん起きたの?」



「何で名前を知っているんですか!」

「何でって、もしかして覚えていないの? 俺のことを助けてくれるって言ったじゃん」

「言うはずないでしょ!」

夕方四時頃、芝生(しばふ)の上に百円ショップで買ったレジャーシートを()いて少し仮眠を取り始めた記憶はある。

疲れ切った身体を癒すために。

それでも日が暮れる前には起きるつもりだった。

高校一年生にしてバイト三昧。毎日毎日放課後はバイトをしていて、それでもお金はギリギリで人を助けている暇などない。

しかし、青年は悲しそうな顔をするわけでもなく、目を細めてニコッと笑った。



「莉帆ちゃんは俺を助けるって言ったよ、絶対に」



この有無を言わせない圧は一体どこから来るのだろう?

「俺も毎日バイトしまくりで疲れてるんだよね。でも莉帆ちゃんにお金をせびるほど困ってないよ。俺が莉帆ちゃんに助けてって言ったのはこれから一緒に夕食でも食べようって言ったんだ」

「はい?」

「この公園で眠そうだった莉帆ちゃんが一人でおにぎりをかじっているのを見て声をかけたんだ。俺も一人だから、一緒にご飯を食べてって」

あり得ない、と思いたいが眠すぎて頭が働いていなくて「お金や労働じゃないなら良いや」と思った可能性はある。




「でも、何でわざわざ一緒にご飯を食べる必要が?」




「だって……寂しい時は愛がいるでしょ?」




その瞬間、私の口は塞がれた。

数秒後には自分がキスをされていることに気づく。





「んっ! んー!!」





相手の肩を思いっきりドンドンとグーで叩いてもびくともしない。

やっと相手の口が離れた頃、もう私の息は切れていた。

「はっ……はぁ……何をするんですか!?」

「ん、キス? 愛があれば何でも乗り越えられるっていうじゃん。だから俺らで愛を作ろうよ」

「頭おかしいんじゃない!?!?」

「莉帆ちゃんも毎日忙しいんでしょ? 愛があったほうが良くない?」

「こんな愛いるはずないでしょ!!!」

「ダメだよ、そんなこと言っちゃ」

次の瞬間、青年はもう一度私の口を塞いだ。





「んっ……! はぁ……離して!!!」




「俺の名前、 凪渡(なぎと)っていうんだ。凪渡って呼んだらやめてあげるかも」



もういい、ここはおとなしく名前を呼んで、離れた後にすぐに警察に駆け込んでやる。

「凪渡くん、離して」



「うーん、やだ」




そして、凪渡くんは懲りもせずにもう一度私に口付けた。

今度こそ口が離れた頃には、私の身体の力は抜けて、目に涙を溜めて凪渡くんを睨むことしか出来なかった。

「警察呼びますよ!?」

「呼べば? この時間に公園にいた莉帆も怒られて、家に連絡行くかもね」

「まだ八時……!」

「そうだね、でも家に迎えの電話は行くと思うよ。それに八時でも真っ暗だし警察が歩いて帰れって女子高生に言うはずないでしょ」

「どっちにしてもそんな脅しに負けるはずないでしょ!」

私がスマホを取り出そうとすると、電源がつかない。

最近は忙しくて充電する暇もなかった。

「さて、じゃあ莉帆ちゃんに提案」




「何ですか……!?」




「毎日、俺とここでご飯を食べて」




今、私が断ったとしても何も問題ない。

それなのに、目の前の凪渡くんは私が断らないことを確信しているようだった。

「何でそんなに自信があるの……?」

純粋な疑問だった。




「簡単だよ。だって莉帆ちゃんは寂しがり屋だもん」

「それに俺は今から身分を証明するから」




そう言って、凪渡くんはバッグから私と同じ高校の学生証を取り出した。

『二年二組』と書かれている。私より一歳年上ということだろうか。

「莉帆ちゃんは全然興味ないかもしれないけれど、俺は割と有名人だから友達にでも明日確認してみて。学年が違ってもある程度噂はあると思うよ」

「凪渡く……凪渡先輩は……」

「『凪渡くん』で良いよ。俺が毎日食事を持ってくるから、代わりにここで一緒に食べて欲しい。勿論ウチの家政婦が作った安全なもので、嫌なら先に俺が毒見する。それで莉帆ちゃんは食費が浮く。どう?」

噂に疎い私でも二年にお金持ちの御曹司がいると聞いたことがある。確か名前は長谷 凪渡。怪しい人ではないのだろう。

「何で家政婦もいるくらいのお金持ちが、毎日バイトしている訳?」


「俺にもお金がいることがあるだけ」


この提案では私に損はない。

でも、だからこそ怪しい。



「なんで私なんですか?」



「さっきも言ったでしょ。愛が欲しいだけ。愛があれば何でも乗り越えられるらしいし」



「じゃあ、誰でも良いと?」

「うーん、莉帆ちゃんが良いかな。同じ高校で多少は知っているし」

これは誤魔化される質問なのだろう。
私は質問を変えた。

「じゃあ、何で愛がいるの? 何に困っていて私が必要なの?」

「やっぱり莉帆ちゃんは鋭いね〜。単純にバイト三昧で疲れたんだよね。このままじゃお金を貯めるのも中途半端になっちゃう。そう思っていたら、昨日テレビでやっていたドラマで『愛があれば何でも出来る』って聞いてさ。ちょっとその方法に興味が湧いちゃった」

「凪渡くん……よく変わっているって言われるでしょ」

「うん、でも事実だから。まぁ、ここでどれだけ話しても信用してもらえないだろうし、明日俺の身分を確認してからまた夜にこの公園集合で」

そう言って、凪渡くんはスタスタと歩いて公園を出ようとする。

「ちょっと待って!」



「ん?」



「まだキスされたこと謝られてないんだけど!!」



「謝ったら許してくれるの?」



「それは……!」



「俺は愛が欲しいし、愛が知りたい。で、その相手は莉帆ちゃんが良い。莉帆ちゃんは俺を好きにならなかったら、食事代が浮いただけ。それじゃダメ?」

「だって……そんなの普通じゃない……」

「『普通』が大嫌いなのは莉帆ちゃんの方でしょ?」

「っ……!」

図星を突かれた、と思った。


私のその顔を見て、凪渡くんは満足したように今度こそ公園を出ていく。






「なんなの一体……」






そう呟いた声が凪渡くんに届かないように、公園から離れた凪渡くんの声も私に届くはずはない。







「あー、もう一回キスしとけば良かった。まぁ、明日すればいっか」






それはまるでハチミツのように甘くて、どこかドロッとしている、執着愛。

でも、愛があれば何でも出来るらしい。どんな試練も乗り越えられるらしい。




私にはまだ分からないけれど。




凪渡くんと出会った翌日の朝。

ピピピピピピ、と鳴り響くうるさい目覚ましを急かされて私は目を覚ました。


「ん……ねむっ」


起きたばかりとは思えない「眠い」という言葉。

でもそう言ってしまうのも仕方ないと思う。

だって、昨日寝たのは深夜二時。

高校で成績優秀者用の奨学金を受け取っている私は成績を落とすことは許されない。

どれだけバイトで疲れていても、勉強をおろそかに出来ないなら睡眠時間を削るしかなかった。

今日は数学の小テストに、体育はマラソンか。


「学校行きたくないなぁ……」


高校に行くために頑張っているのに、また真逆の言葉が口からこぼれてしまう。

それでも私は無理やり体を起こして、高校に向かう準備を始めた。

高校に着いた私は、すぐに友達に凪渡くんの素性を確認した。


「あー、二年の王子様のこと?」


友達のその第一声で、私は色々と察した。

「二年に御曹司のイケメンがいるって噂だもんね〜。どしたの? 莉帆がそんなことに興味持つなんで珍しいじゃん」

「いや、ちょっと気になっただけというか……」

「莉帆がちょっと気になっただけで私にまでわざわざ聞かないでしょ。何かあることは分かっている!」

名探偵風に人差し指をピシッと伸ばしたのは、私の中学からの友人である美琴(みこと)ちゃん。

私は昨日の事情を明かすことも考えたが、やっぱり辞めた。

夜の公園でレジャーシートを敷いて寝ていたなんて、きっと美琴ちゃんは心配して怒ってくれる。


「ううん、本当に何でもないの。私も噂を聞いたから、御曹司ってどんな人かなって思って」


「そういうことか〜。でも、きっと校内ですれ違ったらすぐに分かるよ。いつも黄色い歓声と共に歩いているもん」


私が戸惑いながら「それって大丈夫なの?」と聞くと、美琴ちゃんは「イケメンって凄いよね」と感心していた。

その後も一応他のクラスメイトにも聞いてみたが、みんな「イケメン」「御曹司」「王子様」と口を揃えて教えてくれる。

しかし、興味深いことを教えてくれる子が一人だけいた。





「マジで性格も王子様なの! 前に私が廊下でぶつかっちゃった時に『大丈夫? 怪我しなかった?』って眉を下げて心配してくれてね! 『大丈夫です』って言ったら、優しく微笑んだんだよ!」






凪渡くんが王子様……まぁ、確かに校内でまであの胡散臭さを出していたら、それはそれで怖い。

それに聞いた感じ凪渡くんがバイトをしていることを知っている人もいなかった。

きっと誰かにバレれば、噂になっていることは間違いないだろう。

これで分かったけれど、確かに身元は怪しい人じゃなさそう。



それでも、凪渡くん自体が怖い人や怪しい人である可能性は大いにある。



だって突然キスするような人だし。どう考えても、危ない人だろう。



にしても、考えすぎてたら眠くなってきちゃった。


まぁバイト三昧でいつも寝不足だけど。

残りの昼休みは空き教室で仮眠でも取ってこようかな、と考えると同時に眠気は限界だったようで足は勝手に空き教室に向かっていた。

南校舎の奥、そのほこりっぽい空き教室を使う人は少ない。

いつも通り誰もいない教室に入って、タオルを枕に寝転ぶ。




(あ、すぐに眠れそう……眠いし……)







「りーほっちゃん」






(凪渡くんの声が頭の上から聞こえた気がする……。気のせいであって欲しい……けど、違うよね。え、何でこの場所知っているの!? せっかく寝れそうだったのに……もう全てを気づかなかったことにして寝ても良いかな。まだ凪渡くんが怪しい人かもしれないし、警戒しているし。うん、とりあえず気づかなかったことにしよう)








「莉帆ちゃん、寝たふりなことは分かっているよ」









(無視無視……)









「わー、俺を前に寝たふりなんて莉帆ちゃん度胸あるねー。眠り姫だから、キスして欲しいってことかなぁ」








「わー!!! もう、起きるってば!!!」








咄嗟に体を起こせば、凪渡くんは寝転んでいる私の横で屈んでニコニコと楽しそうにしている。

「えー、折角キスしてあげようと思ったのに」

「しなくて良いです!」

「で、莉帆ちゃんは俺が怪しい人じゃないってことは分かったの?」

「身分が怪しい人じゃ無いのは分かったけれど……まだ凪渡くん自体が怪しいかもだし……」





「そうだね。でも、俺が怪しい人だったら、莉帆ちゃんは何が困るの?」




「え、だって怖いし……」




「えー、スリルがあるのも良くない?」




「そんなスリル求めてない!」

「でも、俺がここで王子様みたいに振る舞って、莉帆ちゃんの前で良い人を演じて、莉帆ちゃんが騙される。そっちの方が嫌でしょ? だから、初めから俺の素で接してあげているのに」

「……じゃあ、教えてよ。なんでバイトする必要があって、なんで『愛があれば何でも出来る』を試したい相手が私なの?」

凪渡くんがじっと私の瞳の奥を見つめている。


まるで私が明かすにふさわしい相手かを見極めているかのように。






「バイトする理由は、もしかしたらいつか家を出て自立するかもしれないから。そのための資金は多いに越したことないし。恋したい相手が莉帆ちゃんなのは、同じ高校で見たことあって嫌な雰囲気じゃないことを知っているから。それと毎日バイトしていて疲れていたからから」





「何でバイトで疲れているのが関係あるの?」








「だって判断力鈍るでしょ。だから俺みたいな奴につけいられる」







「っ!!! 馬鹿にしないで!!!!」








振り上げた手は容易くパシッと掴まれ、そのまま固く握られて離してもくれない。

力の差は歴然(れきぜん)だった。










「良かったね。つけいるのが俺で。お金や身体が欲しいじゃなくて、愛が欲しいなんて良心的じゃない?」







「本気で言ってる?」







「ははっ、莉帆ちゃんは好戦的だね〜。でも、バイトで疲れ切ってて手には力が入ってないし、目にはクマができている。本気で俺に反撃したいなら、仮眠じゃなくて夜にしっかり寝なよ」








なんで、そんな私のことを本気で心配している人みたいなことを言うの。

思ってもないくせに。


「もう寝るから出てって。凪渡くんがいると安心して眠れない」


「はいはい。分かったよ」



凪渡くんが教室から離れ、他の女子に囲まれて「きゃあ」と言われているのが遠くから聞こえてくる。

これで安心して寝れる。

お姫様が眠っている中、王子様は綺麗な女の子たちに囲まれながらお姫様に想いを()せる。











「王子様みたいに告白したら、簡単に振るくせに。莉帆ちゃんはそういう人でしょ」











お姫様が気づかない王子様の本音。

それは毒か蜜か、分からないまま口に入れれば……




味で分かるのか、それとも胃に入らないと分からないのか。




それとも、もはや毒でも蜜でも関係ないのか。

だって、もう口に入れてしまっているのだから。



それからもバイト三昧の日々。

バイトで忙しいとあの公園に寄ることも出来ない。

それでも凪渡くんはことあるごとに私にかまってきた。



「莉帆ちゃん、お弁当それだけ? 少なくない?」

「今日こそあの公園来てね」

「ねーねー、ちゃんと寝ているのー?」



うるさいくらいにかまってくるくせに、自分の人気は分かっているのか校内でも人目がある所では話しかけてこない。

そういう分かりにくい優しさのせいで、もっと凪渡くんのことが分からなくなっていく。

ちゃんと考えないといけないのに、やっぱり眠くて眠くて頭はすぐに働いてくれない。

公園に寄ることも出来ないまま、三日が経った頃。




私はバイト先のカフェでレジを打ち間違えた。




「金額が間違ってない?」

お客様のその一声がなければ、ミスにすら気づかないまま終わっていたと思う。

「すみません……!」

急いでレジを打ち直し、お客様は怒ったりしなかった。

ただ一言「はぁ……」とため息をついただけ。ミスをした私が悪い話。

それでも限界ギリギリでバイトしている私は、その一滴でコップの水が溢れてしまう。




(バイト終わりまで頑張ってね、私)

(そしたら今日は帰りにスーパーに寄って甘いスイーツでも買おうか)

(値引シールついているのが残っているといいな)




こんな時でも、ご褒美のスイーツは値引シールがついていないと買えない。

ケーキ屋さんのケーキも、コンビニの新作スイーツも、買えない。

スーパーの一番安いスイーツの値引シール付き。



ねぇ、泣きたくなって何が悪いの?



そう心で呟いてしまえば、あとは涙がバイト終わりまで我慢出来ることを願うだけ。

馬鹿みたい。

本当は凪渡くんのことも信用出来ないだけじゃない。

イラつくんだ。

甘えるなって思うんだ。

御曹司のくせに自立したいからバイトしている?

世間には色んな事情の人がいる?

うるさい、こっちはもう限界なんだよ。


バイトが終わってすぐに誰もいない路地裏に逃げ込んで、声をあげて泣いた。


「うわぁ……! うぅ……!」


それでも明るい表の道路には声が聞こえないように、どこか押し殺したような小さな泣き声。

そのまま涙の跡を隠しもせずに、ぼーっと歩けば足は勝手に道を覚えていて、いつもの公園に向かってしまう。



公園のベンチには凪渡くんが座っていた。



あの日から、放課後はずっとこの場所にいたのだろうか。

それとも凪渡くんもバイト終わり?

どっちにしても今の私には声をかける元気なんてなくて、そっと公園から離れる。


「莉帆ちゃん」


今はその声を心から聞きたくなかった。

八つ当たりしてしまうから。





「莉帆ちゃん、泣いてたの? 涙の跡がついてる」





いつもと違って優しい声に優しい表情、だからこそ余計にキツく当たってしまう。



「何で人気者が私に構うの? こっちは必死で取り繕っても中学からの友達の美琴ちゃんを繋ぎ止めておくだけで限界なのに」



一度溢れてしまえば、止められるはずはなかった。




「御曹司でお金もあるくせにバイト? ふざけないで。家政婦にご飯を作ってもらうくせに、バイトして頑張ってお金貯めてます? イラつかせないで!!!!」




その瞬間、私は腕を引っ張られた。



次の瞬間には凪渡くんが私を抱きしめていることに気づいた。




「何のつもり? 哀れみ?」




「まさか。ただの愛情表現」




「馬鹿にしないで!!! そういうところが大っ嫌いなのっ!!!」




「そうだね、だって莉帆ちゃんは愛に飢えているもんね。実家が名家だった莉帆ちゃんのお母さんは、莉帆ちゃんのお父さんと出会った。実家に反対されながらも結婚して家を出た。その後お父さんは亡くなった。お母さんはパートで働いているけれど、昔の実家での暮らしに慣れていて多くは働けない。その分を莉帆ちゃんがまかなっていて、お母さんに心配をかけないように必死」




「なんで知って……」





「莉帆ちゃんのお母さんは実家にいた頃、俺の母さんの友達だったんだ。それで家を出た後もたまに顔を合わせていた。今はもう繋がっていないけれどね」

「それで俺も子供の頃、小さかった莉帆ちゃんに会ったことがある。莉帆ちゃんはそのままお母さんの実家にいれば、お嬢様として暮らせた。だから小さかった俺は『今の生活に満足しているのか』つい聞いてしまった」

「そしたら莉帆ちゃんは自信満々に輝いた笑顔で『お母さんとお父さんの間には愛があるの! 愛があれば何でも出来るのよ!』って言ったんだ。よく聞くセリフでも、なんか莉帆ちゃんがいうと元気が貰えた。きっと一目惚れだったんだと思う」





凪渡くんが私をぎゅぅっと力強く抱きしめ続けている。






「高校に入って再会した莉帆ちゃんは疲れ切っていて……ただただいっぱい寝て欲しかった。休んで、無理しないで欲しかった。でもそんな言葉をかけても莉帆ちゃんは聞いてくれないし、バイトを辞めることなんて出来ない」

「でも、莉帆ちゃんを離れて見守ることも出来なかった」

「ねぇ、莉帆ちゃん。『愛があれば何でも出来る』なら俺を利用して。食事くらい俺から貰って。莉帆ちゃんが俺に愛をくれなくても、俺が莉帆ちゃんに愛をあげる。莉帆ちゃんに利用されるなら本望だ」





何がどうなっているの?

一体どれが嘘で、どれが本当のこと?







「私は……凪渡くんのどの言葉を信じれば良いの……?」







凪渡くんは返事をしなかった。

ただぎゅっとぎゅぅーっと私を抱きしめている腕に力を入れていた。

でも、力を入れすぎないで、私が痛くならないように。








「莉帆ちゃん。俺がバイトしている理由が知りたいって言ってたよね。前に言った通り、いつか自立して家を出たいからだよ」

「莉帆ちゃんを迎えに行くために」








凪渡くんがまるで自分で自分を嘲笑うかのように乾いた声で笑った。






「家の決めた相手じゃないと交際を認めてくれないのは、どこの家も一緒だよね」





そして、私を迎えに来た黒髪の王子様は私から目を逸らさずにこう告げるのだ。


「俺に『愛があれば何でも出来る』って教えてくれた女の子は、きっともう愛なんか信じてない」

「でも、俺はまだ君のせいでその言葉を信じている」






王子様は寂しそうに、いつもの胡散臭さすら感じさせずに、ただただ愛おしそうに告げる。









「責任取ってね、莉帆ちゃん」




【1話終わり】