ミラクル★ミラクル〜願いが叶う都市伝説にはご用心〜

高校一年の三学期がはじまった今夜は、とても寒い。
明日から普通に授業が六時間あるんだから、さっさと寝るべき――なんだけど。
私、柊木聖良(ひきらぎせいら)は、電気を消してもぐりこんだベッドの中で、スマホの画面を見つめていた。

「本当なのかな……」

小声でつぶやく私が今スマホに表示しているのは、チュイッターの『ミラクル★ミラクル』というアカウントのホーム画面。
もっと正確に言うなら、『ミラクル★ミラクル』宛にメッセージが送れる、DMボタンを見ている。
『ミラクル★ミラクル』は私の友達ではなく、知り合いでもなく、推しのアイドルのアカウントですらない。
何故そんなアカウントのDMボタンを注視しているかというと、友達から噂を聞いたから。
『ミラクル★ミラクル』に願い事を書いたDMを送れば、その願いが叶う――という噂を。
私には願いという名の後悔がある。

「送るぞっ……!」

私は決意を口に出すことで気合いを入れ、DMボタンに触れ、開いた入力欄へ願いを入力していく。
願い事は具体的かつ詳細に、名前や住所や年齢などの個人情報も入れると、願いが叶う確率がアップするとのこと。

「『○県△市□□×丁目☆番に住む、柊木聖良です。願いは、ハロウィン前に、私が胡桃沢李桜(くるみざわりおう)に言ってしまった失言をなかったことにして欲しいです』」

さかのぼること約二カ月と二週間くらい前の夕方。
私は幼なじみの李桜に、言うべきでなかったことを言ってしまった。

『あの「お花くん」ていうあだ名さ……李桜の頭の中がおめでたいお花畑、っていう嫌味が込められてるの分かってる?』と。

李桜は同じ高校に通う同じクラスの男子でもあるんだけど、とても可愛い。
女子と間違えられて、男子にナンパされるくらい。
李桜の身長は、私よりほんの少しだけ高い百六十センチ。
パーマかけたみたいなちょうどよくふんわりした栗色の癖っ毛に、長いまつ毛に縁取られた二重のぱっちりした茶色の目。
赤い小さな唇にバラ色の頬、白い肌。
性格はちょっと抜けてる天然ボケキャラで、いつもにこにこしていて穏やかで、所作も丁寧。
だからか高校に入学して少しすると、一部の人間が李桜に『お花くん』というあだ名をつけ、そう呼ぶようになった。
このあだ名の意味の二割くらいは、『その辺にたくさんいる雑草系女子じゃ、太刀打ちできないほど花のように可愛い』から。
残り約八割は、李桜のおっとりした天然ボケな性格をバカにした、『アイツの頭ん中花畑』という嘲笑から。

『もちろん、知ってるにきまってる』

『お花くん』に込められた悪意を知らず、呼ばれれば笑顔で対応する李桜。
ピエロにさせられてしまった李桜の姿に耐えられなくなった私が、ついに真実を告げてしまった後、彼は苦笑いでこう返してきた。
でも私は見逃さなかった。
私へ言い返すまでのほんのわずかな時間、李桜がショックに目を見開き、唇を噛んだことを。

『ふぅん。知ってるならいいけど』

何一つ良くない。
李桜から目をそらした私は、光の速さで後悔した。
私は知らなくていいことを李桜に知らせてしまった。
李桜は全然悪くないのに、傷つけてしまった。
私は李桜じゃなく、李桜を遠回しにバカにする性格クズ共へ、「そのあだ名やめろ」と言うべきだった。
でももう遅い。口から出した言葉は戻らない。

『うん。――聖良ちゃん、帰ろ』

だからせめて、私はこの時すぐに謝るべきだった。
でも『そうだね。ハロウィン、仮装する?』なんて、私は話題を変えて逃げた。
その後私と李桜の間に、『お花くん』について話すことはなく、この会話のやり取り自体なかったことみたいになっている。

「『どうか叶えて下さい。お願いします』っと」

ぶつぶつ言いながら、私はフリック入力で願い事を書き込む。
こんな胡散臭い都市伝説に頼るんじゃなく、今からでも謝るのが一番いいんじゃ? とは思う。
でも謝るってことは、あの気まずさを蒸し返すと同義なわけで。
謝るのは、許されたい私だけが楽になるだけじゃん?――などなど、色々考えてしまうワケ。
だから、あの発言自体がなくなるのが一番いいなって。

「よし、書けた」

誤字脱字してないか、文章がおかしくないかなどを何度も見直し、後は送信ボタンを押すだけ。

「……」

一回タップしたらそれで完了なのに、私の右手人差し指はスマホの縁から動かない。
送るのが、急に怖くなってしまった。
だって本名と住所書いてるし。
万が一、このアカウントの持ち主が知り合いだったら、私の秘密が曖昧ながらも知られてしまうわけで。

「……やめよ」

ネットの怖さを思いだした私は、願い事を文末からぽちぽち消していってたんだけど――

「聖良ー、起きてるー?」

お母さんがノックなしに私の部屋のドアを開けたから、驚いた私は布団の中でスマホを取り落としてしまった。

「寝てるか……」

そう言ってお母さんがドアを閉めて去っていった後、スマホを拾い上げたんだけど。

「あ……!」

落とした時、送信ボタンに指先がふれてしまったんだと思う。
私は『ミラクル★ミラクル』に、名前と住所だけを書いた、変なメッセージを飛ばしていた。
願いごとを書いた部分は消えていたけど、個人情報を送ってしまった!
これってセーフ? それともアウト? 分かりません!!

「もうっ!」

私はスマホの画面をオフにして投げ出し、枕に顔をうずめる。
ああああ! 何てこと! 何てこと!!
後悔の波がどっと押し寄せる。
神様、お願いします! 悪いことが起こりませんように!
李桜のことといい、私ってどうしてこう、ウッカリなことを言ったりしちゃったりするんだろう?
本当の本当に、私の大馬鹿野郎!

**

『ミラクル★ミラクル』へうっかりDMを送ってしまってから、一週間たった。
密かにオロオロドキドキしていたけれど、とりあえず今のところ、何の異変もない。
そうだよね! だって、肝心の願い事を書いてないんだもん。平気平気!

「じゃあね、また明日学校で」
「うん、また明日ね」

友達の紅葉ちゃんと別れ道でバイバイし、三メートル程度歩いたところで、私は思いだした。
やばっ、体操服持って帰ってくるの忘れた!
私は急いで来た道を走って戻る。



今日は家庭科部で部活をしてからの帰宅なため、もう少ししたら午後五時になる。
夏ならまだまだ明るい時間だけど、冬は日が落ちるのが早いから、空はもうすっかり茜色。
最終下校時刻は確か六時だったはずで、だから運動部系の部活は、まだ活動している時刻のはずなんだけど。
校門をくぐり、昇降口で靴をはきかえ、自分のクラスにたどり着いた時には、校舎には私一人しかいないと錯覚しそうになるくらい、ひとけがなくて静かだった。

「大丈夫……」

私は自分に言い聞かせるように言い、教室後ろの引き戸を開ける。
ガラリと戸が開く音が、信じられないくらい大きく響いて、私は思わず驚きと不愉快さで顔を歪めた。
予想通り教室内は誰もおらず、茜色に藍色が混ざりはじめた薄暗い光が差し込んでいた。
黒板に教卓、椅子と机のセットが六列並ぶ、見慣れきった光景。
普段なら気にもとめないはずの景色なのに、今は異様に見える。恐怖心を呼び起こされる。
「明日体育はないし、明日持って帰ればいいじゃん」と、逃げ腰になる自分を叱咤し、私は教室の中へ入り、おおよそ真ん中にある自分の席へ行く。
机の左側のフックに下がる、体操服を入れた袋を手にとり、抱きしめる。
ぬいぐるみじゃないけれど、その柔らかさに少し緊張がとけた瞬間――
ガラリ!
私が開けた戸が閉められる音がした。

「ヒッ、」

情けない声をもらした私は、恐怖心と驚きから飛び上がり、自分の机にしたたかに(もも)を打ちつけた。
痛い! けど、そんなことより確認しなきゃ。今教室の戸を閉めたのは誰?
きっとクラスメイトか先生だって。そうに違いない、そうに決まってる、それ以外の誰だっていうの。
でもでもだって――でも――ふり向きたくない……!

「見ィつけた」

内臓を全部、大きく冷たい手で握りしめられた気がして、息が止まる。

「柊木聖良さぁん」

聞き覚えのない、同い年くらいの男子の声だった。

「キミの願いを叶えにきたよォ」

ああああ!!
絶対絶対、『ミラクル★ミラクル』の中の人だ!
私はDMに願い事を書いて送ってないのに、何の願いを叶えにきたっていうの?!
はっ! 願い事を書いて送るはずのDMに、願い事を書かずに送ったから、ペナルティを与えにきたとか?!

「別にとって食ったりしないからさぁ、こっち向いてくれる?」

今私の心臓は痛いほどに早鐘を打ち、呼吸は全力ダッシュ直後並みに短く荒い。
願い事を書いて送ったなら願いが叶うなんて、叶えるだなんて、そんなことは人間にはできない。
つまり『ミラクル★ミラクル』の中のヒトは、神様か、神様並みの力を持った別のナニカ。
神様がSNS経由で願いを叶えるなんてないだろうし、それなら『別のナニカ』って――答えは一つ。

「もう! ちょっと聞こえてる?」

声の主がこちらへ歩いてくる気配がして、私は恐ろしいのにふり返ってしまった。

「やっとこっち向いた。ふり向くのおそーい!」

私と同い年くらいの、綺麗で可愛くてスラリとした、知らない男の子がいた。
淡い金色の短髪、アーモンド形のややツリ目はスミレ色。
肌は陶器のように白く、なめらか。
黒のだぼっとしたコートをはおり、その下には同じくだぼっとしている白のパーカー、ズボンはインディゴブルーのジーパン。
ここまでは、まぁいい。
問題は……頭には二本の角、背中にはコウモリ形の羽が生えてるってこと!
長い脚の間からは、先が矢印形をした細いムチのような尻尾が見えているし!

「あ、悪魔……?!」

コスプレにしてはリアルすぎるそれらに動揺した私は、後ずさって机の角へお尻をぶつけた。

「せぇかーい! 見ての通り、悪魔でェす!」

赤い唇は楽しげに弧を描き、悪魔はふわりと床から三十センチくらい浮いた。

「『ミラクル★ミラクル』のご利用、あざっす! 一週間前の夜に送ってくれたDM、しかと受けとりました! でもそのDMにね、肝心の願い事が書かれてなくてねぇ」

困ったな、という様子で悪魔はアゴに手をあて、首をかしげる。

「SNSの調子が悪かったのか、送信側のキミのスマホの調子が悪かったのか、受信側のこっちが悪かったのかは分からないけど――そういうことだからさ、口頭で教えてもらえる? キミの願い」
「……願いを言って、叶えてもらうと、私はどうなるんですか?」

人当たりよさげにニコニコ笑う悪魔へ、私はかすれ声で尋ねた。

「願い事の度合いによって、もらう対価は違ってくるかな」
「対価……」
「当たり前に払ってもらうよォ。こっちもボランティアでやってるわけじゃないからね」

悪魔は一瞬だけムッとした表情をしたが、すぐに元のニコニコ顔へ戻る。

「身の程をわきまえない願いなら、魂をまるっとぜんぶ。背伸びしたい程度の願いなら、寿命を払ってもらう。払う寿命の年数は、欲望レベルが上がるほど、たくさん払ってもらうことになる」

『ミラクル★ミラクル』って誰のアカウントなの?
なんて、ろくに考えたことなかったけど、悪魔だったなんて!
知ってたら絶対、DM送らなかったのに!

「さーあ、柊木聖良。何が欲しいのか言ってごらん」

邪悪な笑みを綺麗な顔に浮かべ、悪魔が私に欲望を問う。

「……言いません」

私はゆっくりと左右に首をふり、答えた。

「は?」
「魂や寿命を犠牲にしてまで、叶えてもらいたい願いはありません。お帰りください」

床へ足をつけた悪魔が、ピクピクと顔をひきつらせる。

「悪魔呼び出しておいて何も願わないって……マジで言ってる?」
「はい」

私がうなずくと、悪魔は怒りに顔を歪め、「最ッ低ッ!」と怒鳴った。

「呼び出した悪魔を手ぶらで帰らせるなんて、できると思ってんのォ!?」
「願いを叶えてくれるアカウントの中の人が悪魔だったなんて知らなかったんです! 知ってたら願いませんでした! 本当に申し訳ありませんがお帰りください! ごめんなさい!」

私はもつれそうになる足を必死で動かし、教室の前側の出入口へ走り、廊下へ飛び出す。

「逃げられると思うなよー!」

後ろで悪魔がそう叫んだけど、私はふり返らず全力で逃げ出した。



「た、ただいま……!」

私はほぼ休むことなく走り続け、ほうほうのていで家の玄関を開けた。

「もう! 聖良ったらこんな日に限って、帰ってくるの遅いんだから!」

珍しく玄関まで出迎えてくれたママは、何やら少々ご機嫌斜め。

「こんな日って、今日何かあったっけ?」

私が靴を脱ぎながら聞けば、ママはニヤァと笑い、「早く来なさい」と私を手招いた。
私は首をかしげつつ、ママの後に続いてリビングへ入り――

「こちら、親戚の朱暗(あけくら)ユーゴくん! ママのひいお祖父ちゃんの親戚のはとこのひ孫よ!」
「えっ?! はっ?!」

どうしてさっきの悪魔がうちのリビングにいるの?!?!

「聖良、いくらユーゴくんがイケメンすぎでビックリだからって、そんな大声ださないの。ご近所に迷惑でしょう」

今は角や羽や尻尾やらはないんだけど、今うちのテレビ前のソファーへ座り、コーヒーカップ片手に私を見て微笑む彼は、間違いなくさっき教室で会った悪魔だった。

「ご両親が急に海外へ転勤になっちゃった関係で、ユーゴくんのこと、しばらくうちで預かることになったから」
「それって……」
「一緒に暮らすことは、パパも了承済みよ。二階にある荷物部屋をあけて、そこをユーゴくんの部屋にするから」

嫌な予感がドンピシャで当たってしまった!
というか、これってパパとママ、悪魔の力で記憶改竄されてるよね?!

「よろしくねぇ、聖良ちゃん」

悪魔がキザっぽく、ウィンクしてくる。
ええええー……まさか、私の願いを叶えるまでうちにいるってこと?!

**

朝、目を覚ました瞬間、昨日のことは全部夢であってほしいと願った。
だって、私の魂を狙う悪魔が自宅にいるなんて、そんなの非現実的すぎるし、怖すぎる。
心の中で神様に「あいつがいませんように」とお願いしながら、自分の部屋から一階へ下りたんだけど。
私の希望は即、粉々に砕け散った。
だって、パジャマ姿で寝ぼけまなこの悪魔がダイニングテーブルで、卵かけご飯を食べていたんだもん。

「夢じゃなかった……」

絶望して呆然とたたずむ私に、悪魔は「おはよぉ〜」と気の抜けた声で挨拶してきた。

「……おはよう。ママ、今日私、朝ご飯いらない。学校行ってきます」
「あら、日直とかなの? 急ぐにしても、ジュースか牛乳くらい飲んでいきなさいよ」

不思議そうな顔をするママから、私はオレンジジュースが入ったコップを受け取り、一気に飲みほす。
そして私は自分の部屋に戻り、急いで制服に着替えてカバンを持ち、静かに素早く家を出た。
たぶん、もうどうにもならないんだろうけど、ありえない現実から、できるだけ距離をとりたくて。



誰もいない一番乗りの教室の中で、ひたすら「どうしよう」を心の中で唱えながら机の上につっぷしていると、ちょんちょんと肩を指でつつかれた。

「おはよう、聖良ちゃん。……何かあった?」

顔を上げれば、席が右隣な李桜だった。
今日も男子か信じがたいほどに可愛らしい。

「おはよう。何もないけど。眠いだけ」
「そっか。じゃあ先生来たら教えてあげるから、それまで寝といていいよ」

李桜がふんわり優しく笑う。
いつの間にか教室には人が増え、朝の挨拶などが元気に飛び交っていた。

「……もう起きるから、大丈夫」

私はイスへ座り直し、姿勢を正す。
言わなくていいこと言ったこと、謝らなきゃ。
ズルズルと謝れなかったから、悪魔なんか呼び出しちゃって。マジで後悔先に立たずだ。

「じゃあ、改めておはよう」

ふふ、と李桜が天使のように笑い、イスを引いて右隣の席に座る。
こんな状況になっても、私の口はあの時のことを謝ろうとすると、貝みたいに閉じてしまう。情けない。



一時間目は数学で、二時間目は担任が担当の古文。
開始のチャイムが鳴り終わってから約五分後、ジャムおじさん似の担任が教室に入ってきて、教卓に立つなり言った。

「突然だけど、うちのクラスに転校生が入ることになりました。――どうぞ、入って」

担任が教室前の出入口へ声をかければ、ガラリと戸が開いて転校生が入ってきて――少しの間をおいてから、教室中が大きくざわめいた。

「うっわ、超イケメンじゃん!」
「カッコいい!」
「ヤバ、彼女いるのかな?」

転校生の金髪イケメンに騒ぐクラスの中で、私だけが顔を青くし、真一文字に結んだ唇をわななかせている。
ええ、はい、そうです。
家に居座った悪魔が、転校生として現れました!

「朱暗ユーゴです。よろしくお願いします!」

悪魔が、悪魔っぽくなく、元気かつ爽やかに自己紹介。

「朱暗くんはご両親の仕事の都合で、親戚である柊木さん家に住んでいるから、席を含めて近くの人は仲良くするように」

クラス中の女子の視線が、私に突き刺さる。

「聖良、朱暗くんと親戚なの!?」
「イケメンと同じ家なんてうらやましい!」
「朱暗くんはどんな子がタイプか知ってる? 教えてよ!」

あぁ何という、羨望と嫉妬と好奇心の嵐。
私が平穏にすごせる場所は、もうどこにもなさそうです……。