夜、ベッドの中で私は思う。
私にもきょうだいがいたらいいのに。
男兄弟もいいけど、同性のお姉ちゃんや妹が欲しい。
もしこの願いが叶ったなら、服やアクセサリーの貸し借りとか、勉強を教えてもらったり教えたり、姉妹でしかできない秘密の話を夜な夜なしてみたりしたい。
良いことばかりじゃなく、きっとケンカもするんだろうけど。
ま、私のお母さんは死んじゃってるから、姉妹どころか兄弟ができることはない。
だから私の家族はずっとお父さん一人だけ――だと思ってた。
***
梅雨入り直前、六月最初の日曜日。
午前十時を少しすぎた太陽が照らすうちの庭は、私が育てた色とりどりのバラが咲きほこっている。
「暑いけど、いい天気!」
現在十三歳な中学二年生の私、不知火心晴は額ににじんだ汗を左手でぬぐい、庭の真ん中で雲一つない空を見上げた。
「心晴、真美さんが来るまで三十分切ったぞ! 早く片付けて着替えなさい!」
お父さんがリビングの掃き出し窓を開け、新品のポロシャツのボタンをとめながら言ってきた。
「はーい、分かってる。今片付けはじめたとこ」
私は右手に持った空のジョウロを振って答える。
『真美さん』はお父さんが先日再婚した人で、今日からこの家で一緒に暮らす、私のお母さんになる人。
私を産んだお母さんは、私が小学校に上がってすぐに病気で死んじゃったんだよね。
以降うちは一生、私とお父さんの二人家族なんだと思ってた。
だから去年の今ごろお父さんに、「この人と結婚したいと思ってるんだけど」と、真美さんを紹介された時はおどろいて戸惑って――うれしいって思った。
私を産んでくれたお母さんのことは、今でも大好き。
でも真美さんのことも、同じくらい好きになれる気がしたんだ。
だって真美さんは美人で優しくておっとりしてるけど、しっかりもしてる頼れるステキな人なんだもん。
「ヤバ。玄関にシャベルを置きっぱだ」
ジョウロとホースを片付けた私は、昨日の夕方から放置しっぱなしだった物のことを思い出し、急いで庭から玄関へ回る。
これ片付けたら着替えなきゃ、と私が赤色のシャベルを拾い上げた時だった。
「不知火、心晴ちゃん?」
鈴を転がしたような可愛らしい声に名前を呼ばれた。
私が反射的に声がした方向へ顔を向けると――家の門のすぐ向こう側に、黒色の日傘をさした女の子が立っていた。
アイドルですか? と尋ねてしまいそうなほど、可愛らしい子だった。
ゆるくウェーブした金色の長い髪に、病的なほど白い肌。
大きな目はぱっちり二重で、瞳の色はエメラルドグリーン。
年は私と同じくらいで、背は私より少し高いくらい?
薄いグレーのノースリーブブラウスに、ふんわりした黒のスカート。上下ともレースとリボンがたくさんついている。
「はじめましてぇ、ローザだよぉ★ 心晴ちゃん、今日からよろしくねぇ★」
女の子は、無言で固まっている私を『不知火心晴』だと判断したらしく、にっこりと微笑んだ。
ヒエッ! キュートすぎて目がつぶれる!
「十四歳にもなって、そんな子供っぽい自己紹介だなんて、まったくどうかと思うわ。恥ずかしい」
ぎゃ! ローザさんの後ろから、クール系美少女が現れたっ!
腰まである真っ直ぐな銀髪、雪のように白い肌。
二重の目はアーモンド形で、瞳の色はアイスブルー。
背は私よりもローザさんよりも高くて(モデルかな?)、雰囲気も大人っぽい。
青と水色のストライプのシャツワンピースを着て、白色の日傘をさしている。
「馴れ馴れしくて子供っぽい姉が失礼しました」
銀髪美少女は小さく私へ頭を下げた後、ローザさんへ絶対零度くらい冷たい目を向けた。
怖! 漫画だったら銀髪さんの周りにブリザードが吹いてるよ!
しかし『姉が』ということは、この美少女二人は姉妹なのか。
で、大人っぽいけど銀髪さんは妹なんだな。
「ぜ、全然大丈夫です!――それより、えっと」
あなたたちは誰? と私が聞こうとしたら、銀髪さん(妹)がすっと姿勢を正した。
「心晴さん、はじめまして。申し遅れましたが、氷雨です。今日からよろしくお願いします」
銀髪さん(妹)――いや、氷雨さんは私へ向かって深々とおじぎをしてきた。
いったいどういうこと?!
初対面の美少女二人が「今日からよろしく」って?!
「あ、ローザちゃんに氷雨ちゃん」
意味が分からなすぎて、頭の中がハテナマークでいっぱいな私の後ろから、誰かが気安く二人を呼んだ。
振り返れば、へらへら笑うお父さんがいて。
お父さんの知り合い? と聞こうとする私をはばむみたいに、お父さんが大声かつ早口で言った。
「こちらが昨日の夜話した、真美さんの娘さんたちだよ。今日からローザちゃんと氷雨ちゃんは、心晴のお姉ちゃんと妹だ。仲良くな!」
は……ハァ?! 何それどういうこと?! 私何も聞かされてないんですけど! 『昨日の夜話した』って嘘すぎる! こちとら初耳ですがぁ!?
「待ってぇ〜ローザぁ、氷雨ぇ……歩くの速い……」
おどろきに目をかっぴらき、お父さんと美少女二人を交互に見る私の視界のはしに、ピンクの日傘をさした真美さんがよろよろと歩いてくる姿が入った。
*
美人母娘をリビングへ上げ、私とお父さんはお茶をいれるためにキッチンへ。
「ちょっとどういうこと?!」
シンクの前に立つ私は眉と声をひそめ、隣にいるお父さんのポヨンポヨンの脇腹を肘で突く。
だけどお父さんは、私から気まずそうに目をそらしたまま。
聞かなくても、お父さんが私に伝えておくべきだったことは、分かっている。
でもだからこそ、それは絶対に私に言っておくべきことで、許せない。
「き、昨日の夜話したじゃないか……」
「それって私が寝ている時に? 幽霊みたいに枕元に立って、ぼそぼそ小声で?」
「うん……」
「『うん……』じゃない! 超大事なことに、お父さんの悪いクセ発動させないでよ! 言いにくいことを私が寝てる時に言って、伝えたことにすること!」
「ごめん……」
「真美さんに子供がいて、私と姉妹になるなんて、ちゃんと教えてくれてないと困る! あの二人が嫌とかじゃなくて、心の準備がすんごく必要なの!」
私は怒りに任せ、お父さんのお腹を右の人差し指で何度も突く。
「本当にごめん。ローザちゃんと氷雨ちゃんはかなり特別で複雑で、直前まで一緒に暮らすことになるかは微妙だったから……」
「特別で複雑?」
私が首をかしげたタイミングで、柔らかな声に呼びかけられた。
「私にもお茶の準備を手伝わせてくれないかしら?」
「ま、真美さん! 大丈夫ですっ。ソファーに座って待ってて下さいっ」
「遠慮しないで、心晴ちゃん。何たって私、今日から保さんの奥さんで、心晴ちゃんのお母さんになるんだから!」
笑顔でこんなこと言われたら、断れない。
仕方ない、姉妹がどう『特別で複雑』かは、後で聞くしかないか。
お父さんが真美さんの後ろでほっとした顔してて、マジムカつく。
*
「ローザはね、トマトジュースが好きなの」
と真美さんが教えてくれたので、お盆の上にトマトジュースのグラスを一つ、アイスティーのグラスを四つ、そしてクッキーを盛ったお皿を乗せ、お父さんがリビングへ運ぶ。
「予定よりだいぶ早く着きすぎちゃって、ごめんなさいね。うちの二人が『早く早く』って急かすから」
真美さんはしゃべりながら、L字型ソファーのほぼ中央――L字の広い方に並んで座っていた娘二人の隣に座る。
「構いませんよ。急かすくらい楽しみにしてもらえてたとは、うれしいです。な、心晴」
お父さんはお盆をローテーブルの上に置くと、L字ソファーの狭い側――角を挟んで真美さんの横に腰を下ろした。
私はお父さんの右側に座りながら、「うん」と嘘の返事をした。
だって私の今の格好、着替える暇なかったから、普段着のTシャツにハーフパンツなんだよね……。
今日は新品のワンピースを着て、新たな家族を迎える予定だったのに。
少々癖っ毛なこげ茶色のセミロングの髪も、ヘアアイロンでサラツヤにする予定が、ゴムで一つにくくってるだけだし。
オシャレしてる美人三人と比べて美の格差がぁ! 恥ずかしい……。
「わたしは急かしてない。ローザが急かした。わたしを巻き込まないで」
己のモッサリさに私が情けなくなっていると、氷雨さんがジロリとローザさんをにらんだ。
「えー? でも氷雨ちゃんだって『心晴ちゃんに早く会いたい!』って、暴れ牛みたいに鼻息荒かったよね★」
しかしローザさんはひるむどころか、はずむ声で言い返した。
「はぁ?! 誰が暴れ牛よ!」
「氷雨! ローザ!」
ケンカの気配を察知した真美さんが、強い口調で二人の名前を呼び、たしなめる。
「ママゴメン★ 氷雨ちゃんもゴメン★」
ローザさんはおどけた感じで謝ると、「そんなことより」と言ってソファーから立ち上がって移動し――何故か私の隣に座った!
「心晴ちゃんたち、まだ準備してる最中だった? ローザたち、早く着きすぎちゃったかなぁ? ゴメンねぇ★」
ち、近い! ローザさん近いよ!
肩と腕をぴったりくっつけられての謝罪なんて、はじめてなんですけど!
まだ「はじめまして」から二十分もたってないですよ! 距離感バグってる! ついでに肌スベスベでうらやましいです!
「お、お気になさらず……」
「許してくれてありがと★――本当の本当に心晴ちゃんって、かぁわいいねぇ★ 心晴ちゃんのこと、ローザだぁい好きになっちゃった★」
へ? なんて? 可愛い? 私が?
「可愛い可愛い心晴ちゃん、今日からはローザがお姉ちゃんだから、いーっぱい頼ってね★」
……今年学校であった聴力検査は問題なくクリアしたんだけど、耳鼻科行って再検査した方がいい感じ?
だってこんなに可愛いを連呼されるなんて、植物を育てるのが少し得意なだけの平凡な私が、言われるわけないじゃん?
というか、そんなことより、確認しなきゃなこと言われたぞ。
「お姉ちゃん、ということは、ローザさんは私より年上なんです?」
「あら、お父さんから聞いてない?」
私の疑問に、真美さんが口を挟んできた。
「えっと真美さん、まだ二人のこと、心晴に上手く話せてなくて……」
お父さんが大きな身体をモゾモゾ動かしながら、モゴモゴ言う。
「それはもしかしなくても、あのことも?」
『あのこと』って、さっきキッチンでお父さんが言ってた『特別で複雑』なことだったりする?
「うん……」
「もうっ、保さんたら!――でもまあ、そうね。じゃあ順に話しましょうか」
真美さんがお父さんへ向けていた視線を、私へ移動させた。
「ローザと氷雨はね、心晴ちゃんと同じ中学二年生なの」
「あ、お二人は双子なんですか?」
外見も性格も似てなさげだけど、二卵性双生児って奴?
「いいえ。ローザは四月四日生まれで、氷雨はその約十一ヶ月後の三月三日に生まれたの。だから学年は同じだけど、双子ではないの」
「え?! すごい!」
年子の子はたまにいるけど、同学年だけどきょうだいなんて人、はじめて会った!
「心晴ちゃんの誕生日は九月三十日で、ローザと氷雨の誕生日に挟まれてるじゃない」
「そういうわけで、わたしは心晴さんの妹になります」
真美さんが話をまとめるより早く、アイスティーのグラスを持った氷雨さんが、私を見る目を細めて言った。
「ローザはさっき言った通り、心晴ちゃんのお姉ちゃんね★」
ローザさんが私と肩をくっつけたまま、にぱーっと天真爛漫に笑む。
マジか! お姉ちゃんか妹がいたらなーとは思っていたけど、同い年の姉と妹ができちゃった!
「心晴ちゃんは何が好き? ローザはねぇ、好きなものたくさんあるけど、トマトジュースもそのうちの一つなの★ ママ、ローザのグラス取ってぇ★」
同い年の姉妹ができたことにテンパる私など少しも気にせず、ローザさんは真美さんからトマトジュースのグラスを受け取ると、一気に半分くらい飲み干した。
続いてローザさんは卓上のクッキーに手を伸ばしたかと思うと――
「はい、あーん★」
クッキーをお皿から取って、私の口の前に差し出してきた!
「ええっと……」
「あーん」で食べさせてもらうのって、友達同士でもかなり仲良くないとやらない、親しさハードルが高めなことだよね? 少なくとも私はそう。
ローザさんと私はさっき会ったばかりだけど、今日から姉妹になるわけで……じゃあ、アリ?
いやでもやっぱりとまどうし、恥ずかしいな?!
と、私がローザさんとクッキーを高速で交互に見ていると、突然パキパキッ! と硬質な音がした。
うわっ、氷雨さんが持つアイスティーのグラスが凍ってる!?
「っ! す、すみません。少し能力が漏れてしまいましたっ」
氷雨さんが慌ててグラスをローテーブルの上へ置く。
するとグラスを中心に、テーブルへ半径十センチくらい円く白い霜がおりた。
どどどどどういうこと?!
「コントロールできるようになったと言ってたのに、できてないじゃない」
「こ、これはたまたま!……ごめんなさい」
真美さんが眉間にシワを寄せて言うと、氷雨さんはアワアワしながら否定したけど、すぐにションボリと肩を落として謝った。
「おどろかせてごめんなさいね、心晴ちゃん。今見た通り、氷雨は普通の人間ではないの。ローザもなんだけど」
私へ向けられる真美さんの目も声も、真剣で緊張していた。
「普通の人間じゃ、ない?」
「私の先祖に雪女、二人の遺伝子上の父親の先祖に吸血鬼がいてね……ローザと氷雨は先祖返りで、その因子が強く出ているの」
「はい?」
「先祖返りっていうのはぁ、ご先祖さまの特徴が、突然子孫に発現しちゃうことだよ★ 例えば人間の祖先って猿でしょ? だから、すっごく先祖返りしちゃった人には尻尾がはえちゃってる、みたいな★」
目を白黒させる私に、ローザさんが補足してくれたけど……雪女と吸血鬼?!
「ほら見て★」
ローザさんは私の顔を両手で挟み、彼女の顔を真正面から見るように動かすと、ニッと笑って歯をむき出した。
ヒエッ!
とがった犬歯がキラーンって光った(気がする)!
「ローザね、結構結構吸血鬼なのぉ★ でも人間を襲って血を吸ったりはしないから、安心してねぇ★」
がばりとローザさんが抱きついてきた。
「ロ、ローザさん! 私、汗かいてベタベタしてるし、汗臭いかもだからっ」
「そーなの?――くんくん、大丈夫★ 汗臭いどころか、いいにおいしてるよぉ★」
首元に鼻を寄せてかがないでー!
あとその妖しい微笑みは何?! どことなく不安を感じるんですけども!
「ローザ、心晴さんを無意味に怖がらせるのやめて」
私が心の中で「もしかして吸血鬼ジョークってやつ?!」と葛藤していると、氷雨さんが眉をつり上げ、刺々しい声で言った。
「怖がらせるなんて、そんなつもりないしぃ★」
「そのつもりがなくても、ローザが今していることは、無礼で無神経なことよ」
「そーぉ?」
「そうなの。――心晴さん、わたしは雪女の遺伝子が発現してしまっています。だからこんな風に、触れた物を凍らせることができるんです」
氷雨さんが凍っているグラスに触れると、パキッと音がして、グラスをおおう氷がぶ厚くなった。
「すごい! 魔法みたい!」
純粋におどろいての言葉だったんだけど、氷雨さんは不愉快そうに口をへの字にまげた。
「天気予報だと今年も酷暑らしいですが、わたしのこと、便利に使おうなんて思わないでくださいね」
「あ、うん、もちろん」
ヤバ。私、氷雨さんの地雷踏んだかも?
氷雨さん、雪女の能力のことで過去に嫌なことがあったっぽい?
「氷雨! あなたもローザと同じくらい心晴ちゃんに失礼よ。謝りなさい」
「真美さん、私は気にしてないんで大丈夫です」
「わたしは事前通告しただけだし」
氷雨さんがツンとそっぽを向いた直後、インターフォンが鳴った。
「アルパカ引越センターです!」
「真美さんたちの荷物が届いたみたいだ」
玄関ドアを貫通して聞こえた引越屋さんの声に、みんなが次々ソファーから立ち上がり、玄関へ向かう。
一人リビングに残った私は――リアルに頭を抱えた!
だってだって! 新しいお母さんができるってだけでもドキドキだったのに、姉と妹までできちゃった! しかも吸血鬼と雪女って!
これってラッキー? それともアンラッキー?
――うん、そうだね。ラッキーに決まってる。
だって小さなころからずっと欲しかった、きょうだいだよ。
絶対に私には手に入れられないものだと思っていた、きょうだいなんだよ。
だから、吸血鬼だろうが雪女だろうが関係ない。
不安がないといったら嘘になるけど、ワクワクする気持ちもどんどん大きくなってきてる。
「ローザお姉ちゃん、氷雨ちゃん」
つぶやいてみたら、にやっとしちゃった。
時間はかかるかもだけど、絶対に打ち解けて、最高の家族かつ仲良し姉妹になってやる!
**
真美さんたち親子がうちに越してきた翌日、月曜日の朝。
「いってきまーす」
私は少しだけよそいきの声で言い、玄関を出る。
氷雨さんローザさんは手続きの関係で、学校へは明日から通うことになるそうだから、一人で。
梅雨前の湿った空気が少しだけ重たい気がするけど、涼しい朝だ。
お父さんとローザさんには、今日はまだ会えていない。
お父さんは朝早く出勤しちゃって、ローザさんはまだ寝ていたから。
氷雨さんとは朝ごはんの時に顔を合わせたけど、「おはよう」と挨拶を交わしただけ。
氷雨さんは真美さんと私の会話にまじることなく、冷房がよく当たる場所で、無言無表情でトーストをかじっていた。
理由は分からないけど、私は氷雨さんに嫌われているぽい、かも。
でも、あくまで『かも』だし!
学校から帰ったらローザさん氷雨さんと、話せるといいな。
仲良くなりたいし、事前に学校のことや地域のことは知っておいた方が、二人のためにもいいと思うし。
「心晴、おはー!」
アレコレ考えながら通学路を歩いていると、聞き慣れた声が後ろから飛んできた。
小走りで右横に並び、私の背中を叩いたのは花咲陽太。
陽太は同級生かつクラスメイトで、幼なじみ。
名前の通り陽気でコミュ強で、髪は明るいオレンジ色。
勉強は苦手だけど、運動は得意。
友達は「イケメンだ」と言うけど、小さいころからの知り合いすぎて、そこらへんは私には判別がつかない。
「陽太、おはよ。早いね」
「まぁな。――ところでどうだった? 新しい『お母さん』」
「前にも言ったけど、真美さんはめっちゃいい人だから、心配ないよ」
「そっか。でもさ、何かあったりしねぇ?」
あ、陽太なりに心配してくれてるっぽい。
「うーん……姉妹ができた」
「その情報、オレ初耳なんだけど」
「お父さんのせいで、私も昨日会うまで知らなかったんだけど、真美さんには子供が二人いて――同い年の姉と妹ができた」
「同い年?!」
「姉のローザさんが四月生まれで、妹の氷雨さんが三月生まれなんだって」
「えっと、十一ヶ月差の姉妹か。何かすげぇな。てか心晴は九月生まれだから、中間子になるのかよ」
「うん。二人ともすっごく可愛いよ。男子全員、一目見たら即死するレベルで」
「ウケる、即死って!」
あひゃひゃと手を叩いて笑う陽太に、今度は私から話題をふった。
「陽太は昨日何してたの?」
「オレ? オレは心霊スポット巡りしてた」
うわー!
そうだった! 陽太って、オカルト研究部に所属してるオカルトマニアじゃん!
ローザさんと氷雨さんが吸血鬼で雪女なこと、知ったら絶対騒ぐから、絶対秘密にしなきゃ!
「おはよう、陽太と不知火さん」
絶対言わないぞ、と私が口を手でおおった時。
爽やかな声と同時に、黒髪長身の男子が私の左側に立った。
「おはようございます、泉宮生徒会長!」
現れたのは、我が要開中学校のアイドル的存在でもある、泉宮丞先輩だった。
「普通に『先輩』でいいってば」
「は、はいっ」
「よっ、丞! 今日もキラキラしてんなー」
「それはマズイ。陽太、サングラス持ってきなよ」
勉強も運動も学年トップの国宝級イケメンが、陽太へ軽口を叩き返す。
このやり取りから分かるように、陽太と泉宮先輩は仲がいい。
父親同士が友達だから、息子二人も小さいころからの友達らしい。
(泉宮先輩はニ年前、遠くの県から要開市へ引っ越してきたんだ。だから私はニ年前、陽太から泉宮先輩を「オレの友達」と紹介されただけなので、先輩と親しくはない)
「不知火さん、少し顔色悪くない? また陽太に心霊スポットに連れていかれたりした? お祓いしようか?」
大丈夫? と顔をのぞきこんでくる泉宮先輩に、私は「うわー! そうだった!」と、心の中で本日二回目の叫び声をあげた。
「夜更かししちゃっただけなので、心配無用ですっ」
「そう? 陽太が何かしでかしたら言ってね」
泉宮先輩は柔らかく微笑むと、私の顔をのぞきこむのをやめて前を向いた。
昔泉宮先輩を紹介された後、陽太から「みんなには内緒な」と、声をひそめて教えてもらったことがある。
泉宮家は神職の血筋で、泉宮先輩は退魔師をしている――と。
今さっきまで、「よく分からないけど、お祓いできるのすごい。幽霊とか見えるのかな?」程度にしか思ってなかったけど……吸血鬼の姉と雪女の妹ができた現在、泉宮先輩は危険だ。
姉妹は『魔』寄りの存在だと思うから、正体がバレたら、退魔されて殺されちゃう可能性大!
「はい。ありが――」
「おはようございますですわー!」
私が冷や汗をかきながらお礼を言い終わるより早く、万里小路姫華さんが私と泉宮先輩の間に、回転しながら割り込んできた。
ピンクのツインテールが見事な彼女は、お金持ちのお嬢様で、泉宮先輩ファンクラブの会長だ。
つまり、泉宮先輩に近づく輩(特に女子)には厳しい。
「丞様、本日もまことにお美しいですわ! 姫華、朝から心が浄化されております!」
万里小路さんは声高らかに泉宮先輩をたたえた後、半回転してゴミを見るような目で私を見る。
「不知火さん、どういったご要件で丞様とお話ししていらして?」
うひぃ、泉宮先輩ガチ恋過激派怖い!
陽太つながりで、泉宮先輩に時々話しかけらけられるから、万里小路さんに私は要注意人物とされているぽいんだよね……。
「私はただ陽太と話してただけで――」
「僕と陽太は親友だからね」
「そーそー。だからさ、万里小路さん。朝からピリピリすんのやめて笑おうぜ。な?」
言いよどむ私のフォローを、陽太と泉宮先輩がしてくれる。
実は私もひそかに、泉宮先輩ってステキだなと思っている。
でも泉宮先輩の恋人になりたいとか、身の程知らずなことは思っていないんだから、先輩に近づく害虫みたいな扱いをしないで欲しい。
「まぁいいですわ。姫華が丞様をお守りいたしますもの」
万里小路さんはフンッと鼻を鳴らすと、くるんと一回転半して泉宮先輩へと向き直り、ワントーン高い声でしゃべる。
「ねぇ丞様、ご存知かしら?」
私がちらりと後ろを見ると、少し離れたところに万里小路さんの執事が、彼女のカバンを持ってついて来ている。大変だな、執事さん。
「町外れに大きな空き家がございますでしょう? あそこの買い手がついたそうですの」
へー、そうなんだ。
地域の情報に詳しいんだな、万里小路さん。
親御さんが手広く仕事をやってると、そういう情報も自然と集まってくるものなのかな?
「そういえば不知火さん」
横目で万里小路さんが私を見る。
「あなたに新しくできた姉妹、明日からうちの中学に通うそうね」
「あ、はい」
うおっ、我が家の事情ももう知ってるの?!
私がおどろいていると、隣で陽太が「そーなんだよ」と、さっき私が話した姉妹の情報を二人に話しだした。
どうせ明日になれば本人たちが登校するから、みんなが知ることだけど――万里小路さんの情報網、怖すぎない?!
姉妹が吸血鬼で雪女だって情報も、そのうち知られちゃったりして?
そしたらそれを、退魔師でもある泉宮先輩に話しちゃったり?
マズイ。それはすっごくマズイ。
せっかくできた姉と妹が、泉宮先輩に退魔されちゃうなんて嫌ーーーー!!
オカルトマニアに、情報通に、退魔師。
ローザさんと氷雨さんの正体、絶対にこの三人にバレないようにしなきゃ!
私にもきょうだいがいたらいいのに。
男兄弟もいいけど、同性のお姉ちゃんや妹が欲しい。
もしこの願いが叶ったなら、服やアクセサリーの貸し借りとか、勉強を教えてもらったり教えたり、姉妹でしかできない秘密の話を夜な夜なしてみたりしたい。
良いことばかりじゃなく、きっとケンカもするんだろうけど。
ま、私のお母さんは死んじゃってるから、姉妹どころか兄弟ができることはない。
だから私の家族はずっとお父さん一人だけ――だと思ってた。
***
梅雨入り直前、六月最初の日曜日。
午前十時を少しすぎた太陽が照らすうちの庭は、私が育てた色とりどりのバラが咲きほこっている。
「暑いけど、いい天気!」
現在十三歳な中学二年生の私、不知火心晴は額ににじんだ汗を左手でぬぐい、庭の真ん中で雲一つない空を見上げた。
「心晴、真美さんが来るまで三十分切ったぞ! 早く片付けて着替えなさい!」
お父さんがリビングの掃き出し窓を開け、新品のポロシャツのボタンをとめながら言ってきた。
「はーい、分かってる。今片付けはじめたとこ」
私は右手に持った空のジョウロを振って答える。
『真美さん』はお父さんが先日再婚した人で、今日からこの家で一緒に暮らす、私のお母さんになる人。
私を産んだお母さんは、私が小学校に上がってすぐに病気で死んじゃったんだよね。
以降うちは一生、私とお父さんの二人家族なんだと思ってた。
だから去年の今ごろお父さんに、「この人と結婚したいと思ってるんだけど」と、真美さんを紹介された時はおどろいて戸惑って――うれしいって思った。
私を産んでくれたお母さんのことは、今でも大好き。
でも真美さんのことも、同じくらい好きになれる気がしたんだ。
だって真美さんは美人で優しくておっとりしてるけど、しっかりもしてる頼れるステキな人なんだもん。
「ヤバ。玄関にシャベルを置きっぱだ」
ジョウロとホースを片付けた私は、昨日の夕方から放置しっぱなしだった物のことを思い出し、急いで庭から玄関へ回る。
これ片付けたら着替えなきゃ、と私が赤色のシャベルを拾い上げた時だった。
「不知火、心晴ちゃん?」
鈴を転がしたような可愛らしい声に名前を呼ばれた。
私が反射的に声がした方向へ顔を向けると――家の門のすぐ向こう側に、黒色の日傘をさした女の子が立っていた。
アイドルですか? と尋ねてしまいそうなほど、可愛らしい子だった。
ゆるくウェーブした金色の長い髪に、病的なほど白い肌。
大きな目はぱっちり二重で、瞳の色はエメラルドグリーン。
年は私と同じくらいで、背は私より少し高いくらい?
薄いグレーのノースリーブブラウスに、ふんわりした黒のスカート。上下ともレースとリボンがたくさんついている。
「はじめましてぇ、ローザだよぉ★ 心晴ちゃん、今日からよろしくねぇ★」
女の子は、無言で固まっている私を『不知火心晴』だと判断したらしく、にっこりと微笑んだ。
ヒエッ! キュートすぎて目がつぶれる!
「十四歳にもなって、そんな子供っぽい自己紹介だなんて、まったくどうかと思うわ。恥ずかしい」
ぎゃ! ローザさんの後ろから、クール系美少女が現れたっ!
腰まである真っ直ぐな銀髪、雪のように白い肌。
二重の目はアーモンド形で、瞳の色はアイスブルー。
背は私よりもローザさんよりも高くて(モデルかな?)、雰囲気も大人っぽい。
青と水色のストライプのシャツワンピースを着て、白色の日傘をさしている。
「馴れ馴れしくて子供っぽい姉が失礼しました」
銀髪美少女は小さく私へ頭を下げた後、ローザさんへ絶対零度くらい冷たい目を向けた。
怖! 漫画だったら銀髪さんの周りにブリザードが吹いてるよ!
しかし『姉が』ということは、この美少女二人は姉妹なのか。
で、大人っぽいけど銀髪さんは妹なんだな。
「ぜ、全然大丈夫です!――それより、えっと」
あなたたちは誰? と私が聞こうとしたら、銀髪さん(妹)がすっと姿勢を正した。
「心晴さん、はじめまして。申し遅れましたが、氷雨です。今日からよろしくお願いします」
銀髪さん(妹)――いや、氷雨さんは私へ向かって深々とおじぎをしてきた。
いったいどういうこと?!
初対面の美少女二人が「今日からよろしく」って?!
「あ、ローザちゃんに氷雨ちゃん」
意味が分からなすぎて、頭の中がハテナマークでいっぱいな私の後ろから、誰かが気安く二人を呼んだ。
振り返れば、へらへら笑うお父さんがいて。
お父さんの知り合い? と聞こうとする私をはばむみたいに、お父さんが大声かつ早口で言った。
「こちらが昨日の夜話した、真美さんの娘さんたちだよ。今日からローザちゃんと氷雨ちゃんは、心晴のお姉ちゃんと妹だ。仲良くな!」
は……ハァ?! 何それどういうこと?! 私何も聞かされてないんですけど! 『昨日の夜話した』って嘘すぎる! こちとら初耳ですがぁ!?
「待ってぇ〜ローザぁ、氷雨ぇ……歩くの速い……」
おどろきに目をかっぴらき、お父さんと美少女二人を交互に見る私の視界のはしに、ピンクの日傘をさした真美さんがよろよろと歩いてくる姿が入った。
*
美人母娘をリビングへ上げ、私とお父さんはお茶をいれるためにキッチンへ。
「ちょっとどういうこと?!」
シンクの前に立つ私は眉と声をひそめ、隣にいるお父さんのポヨンポヨンの脇腹を肘で突く。
だけどお父さんは、私から気まずそうに目をそらしたまま。
聞かなくても、お父さんが私に伝えておくべきだったことは、分かっている。
でもだからこそ、それは絶対に私に言っておくべきことで、許せない。
「き、昨日の夜話したじゃないか……」
「それって私が寝ている時に? 幽霊みたいに枕元に立って、ぼそぼそ小声で?」
「うん……」
「『うん……』じゃない! 超大事なことに、お父さんの悪いクセ発動させないでよ! 言いにくいことを私が寝てる時に言って、伝えたことにすること!」
「ごめん……」
「真美さんに子供がいて、私と姉妹になるなんて、ちゃんと教えてくれてないと困る! あの二人が嫌とかじゃなくて、心の準備がすんごく必要なの!」
私は怒りに任せ、お父さんのお腹を右の人差し指で何度も突く。
「本当にごめん。ローザちゃんと氷雨ちゃんはかなり特別で複雑で、直前まで一緒に暮らすことになるかは微妙だったから……」
「特別で複雑?」
私が首をかしげたタイミングで、柔らかな声に呼びかけられた。
「私にもお茶の準備を手伝わせてくれないかしら?」
「ま、真美さん! 大丈夫ですっ。ソファーに座って待ってて下さいっ」
「遠慮しないで、心晴ちゃん。何たって私、今日から保さんの奥さんで、心晴ちゃんのお母さんになるんだから!」
笑顔でこんなこと言われたら、断れない。
仕方ない、姉妹がどう『特別で複雑』かは、後で聞くしかないか。
お父さんが真美さんの後ろでほっとした顔してて、マジムカつく。
*
「ローザはね、トマトジュースが好きなの」
と真美さんが教えてくれたので、お盆の上にトマトジュースのグラスを一つ、アイスティーのグラスを四つ、そしてクッキーを盛ったお皿を乗せ、お父さんがリビングへ運ぶ。
「予定よりだいぶ早く着きすぎちゃって、ごめんなさいね。うちの二人が『早く早く』って急かすから」
真美さんはしゃべりながら、L字型ソファーのほぼ中央――L字の広い方に並んで座っていた娘二人の隣に座る。
「構いませんよ。急かすくらい楽しみにしてもらえてたとは、うれしいです。な、心晴」
お父さんはお盆をローテーブルの上に置くと、L字ソファーの狭い側――角を挟んで真美さんの横に腰を下ろした。
私はお父さんの右側に座りながら、「うん」と嘘の返事をした。
だって私の今の格好、着替える暇なかったから、普段着のTシャツにハーフパンツなんだよね……。
今日は新品のワンピースを着て、新たな家族を迎える予定だったのに。
少々癖っ毛なこげ茶色のセミロングの髪も、ヘアアイロンでサラツヤにする予定が、ゴムで一つにくくってるだけだし。
オシャレしてる美人三人と比べて美の格差がぁ! 恥ずかしい……。
「わたしは急かしてない。ローザが急かした。わたしを巻き込まないで」
己のモッサリさに私が情けなくなっていると、氷雨さんがジロリとローザさんをにらんだ。
「えー? でも氷雨ちゃんだって『心晴ちゃんに早く会いたい!』って、暴れ牛みたいに鼻息荒かったよね★」
しかしローザさんはひるむどころか、はずむ声で言い返した。
「はぁ?! 誰が暴れ牛よ!」
「氷雨! ローザ!」
ケンカの気配を察知した真美さんが、強い口調で二人の名前を呼び、たしなめる。
「ママゴメン★ 氷雨ちゃんもゴメン★」
ローザさんはおどけた感じで謝ると、「そんなことより」と言ってソファーから立ち上がって移動し――何故か私の隣に座った!
「心晴ちゃんたち、まだ準備してる最中だった? ローザたち、早く着きすぎちゃったかなぁ? ゴメンねぇ★」
ち、近い! ローザさん近いよ!
肩と腕をぴったりくっつけられての謝罪なんて、はじめてなんですけど!
まだ「はじめまして」から二十分もたってないですよ! 距離感バグってる! ついでに肌スベスベでうらやましいです!
「お、お気になさらず……」
「許してくれてありがと★――本当の本当に心晴ちゃんって、かぁわいいねぇ★ 心晴ちゃんのこと、ローザだぁい好きになっちゃった★」
へ? なんて? 可愛い? 私が?
「可愛い可愛い心晴ちゃん、今日からはローザがお姉ちゃんだから、いーっぱい頼ってね★」
……今年学校であった聴力検査は問題なくクリアしたんだけど、耳鼻科行って再検査した方がいい感じ?
だってこんなに可愛いを連呼されるなんて、植物を育てるのが少し得意なだけの平凡な私が、言われるわけないじゃん?
というか、そんなことより、確認しなきゃなこと言われたぞ。
「お姉ちゃん、ということは、ローザさんは私より年上なんです?」
「あら、お父さんから聞いてない?」
私の疑問に、真美さんが口を挟んできた。
「えっと真美さん、まだ二人のこと、心晴に上手く話せてなくて……」
お父さんが大きな身体をモゾモゾ動かしながら、モゴモゴ言う。
「それはもしかしなくても、あのことも?」
『あのこと』って、さっきキッチンでお父さんが言ってた『特別で複雑』なことだったりする?
「うん……」
「もうっ、保さんたら!――でもまあ、そうね。じゃあ順に話しましょうか」
真美さんがお父さんへ向けていた視線を、私へ移動させた。
「ローザと氷雨はね、心晴ちゃんと同じ中学二年生なの」
「あ、お二人は双子なんですか?」
外見も性格も似てなさげだけど、二卵性双生児って奴?
「いいえ。ローザは四月四日生まれで、氷雨はその約十一ヶ月後の三月三日に生まれたの。だから学年は同じだけど、双子ではないの」
「え?! すごい!」
年子の子はたまにいるけど、同学年だけどきょうだいなんて人、はじめて会った!
「心晴ちゃんの誕生日は九月三十日で、ローザと氷雨の誕生日に挟まれてるじゃない」
「そういうわけで、わたしは心晴さんの妹になります」
真美さんが話をまとめるより早く、アイスティーのグラスを持った氷雨さんが、私を見る目を細めて言った。
「ローザはさっき言った通り、心晴ちゃんのお姉ちゃんね★」
ローザさんが私と肩をくっつけたまま、にぱーっと天真爛漫に笑む。
マジか! お姉ちゃんか妹がいたらなーとは思っていたけど、同い年の姉と妹ができちゃった!
「心晴ちゃんは何が好き? ローザはねぇ、好きなものたくさんあるけど、トマトジュースもそのうちの一つなの★ ママ、ローザのグラス取ってぇ★」
同い年の姉妹ができたことにテンパる私など少しも気にせず、ローザさんは真美さんからトマトジュースのグラスを受け取ると、一気に半分くらい飲み干した。
続いてローザさんは卓上のクッキーに手を伸ばしたかと思うと――
「はい、あーん★」
クッキーをお皿から取って、私の口の前に差し出してきた!
「ええっと……」
「あーん」で食べさせてもらうのって、友達同士でもかなり仲良くないとやらない、親しさハードルが高めなことだよね? 少なくとも私はそう。
ローザさんと私はさっき会ったばかりだけど、今日から姉妹になるわけで……じゃあ、アリ?
いやでもやっぱりとまどうし、恥ずかしいな?!
と、私がローザさんとクッキーを高速で交互に見ていると、突然パキパキッ! と硬質な音がした。
うわっ、氷雨さんが持つアイスティーのグラスが凍ってる!?
「っ! す、すみません。少し能力が漏れてしまいましたっ」
氷雨さんが慌ててグラスをローテーブルの上へ置く。
するとグラスを中心に、テーブルへ半径十センチくらい円く白い霜がおりた。
どどどどどういうこと?!
「コントロールできるようになったと言ってたのに、できてないじゃない」
「こ、これはたまたま!……ごめんなさい」
真美さんが眉間にシワを寄せて言うと、氷雨さんはアワアワしながら否定したけど、すぐにションボリと肩を落として謝った。
「おどろかせてごめんなさいね、心晴ちゃん。今見た通り、氷雨は普通の人間ではないの。ローザもなんだけど」
私へ向けられる真美さんの目も声も、真剣で緊張していた。
「普通の人間じゃ、ない?」
「私の先祖に雪女、二人の遺伝子上の父親の先祖に吸血鬼がいてね……ローザと氷雨は先祖返りで、その因子が強く出ているの」
「はい?」
「先祖返りっていうのはぁ、ご先祖さまの特徴が、突然子孫に発現しちゃうことだよ★ 例えば人間の祖先って猿でしょ? だから、すっごく先祖返りしちゃった人には尻尾がはえちゃってる、みたいな★」
目を白黒させる私に、ローザさんが補足してくれたけど……雪女と吸血鬼?!
「ほら見て★」
ローザさんは私の顔を両手で挟み、彼女の顔を真正面から見るように動かすと、ニッと笑って歯をむき出した。
ヒエッ!
とがった犬歯がキラーンって光った(気がする)!
「ローザね、結構結構吸血鬼なのぉ★ でも人間を襲って血を吸ったりはしないから、安心してねぇ★」
がばりとローザさんが抱きついてきた。
「ロ、ローザさん! 私、汗かいてベタベタしてるし、汗臭いかもだからっ」
「そーなの?――くんくん、大丈夫★ 汗臭いどころか、いいにおいしてるよぉ★」
首元に鼻を寄せてかがないでー!
あとその妖しい微笑みは何?! どことなく不安を感じるんですけども!
「ローザ、心晴さんを無意味に怖がらせるのやめて」
私が心の中で「もしかして吸血鬼ジョークってやつ?!」と葛藤していると、氷雨さんが眉をつり上げ、刺々しい声で言った。
「怖がらせるなんて、そんなつもりないしぃ★」
「そのつもりがなくても、ローザが今していることは、無礼で無神経なことよ」
「そーぉ?」
「そうなの。――心晴さん、わたしは雪女の遺伝子が発現してしまっています。だからこんな風に、触れた物を凍らせることができるんです」
氷雨さんが凍っているグラスに触れると、パキッと音がして、グラスをおおう氷がぶ厚くなった。
「すごい! 魔法みたい!」
純粋におどろいての言葉だったんだけど、氷雨さんは不愉快そうに口をへの字にまげた。
「天気予報だと今年も酷暑らしいですが、わたしのこと、便利に使おうなんて思わないでくださいね」
「あ、うん、もちろん」
ヤバ。私、氷雨さんの地雷踏んだかも?
氷雨さん、雪女の能力のことで過去に嫌なことがあったっぽい?
「氷雨! あなたもローザと同じくらい心晴ちゃんに失礼よ。謝りなさい」
「真美さん、私は気にしてないんで大丈夫です」
「わたしは事前通告しただけだし」
氷雨さんがツンとそっぽを向いた直後、インターフォンが鳴った。
「アルパカ引越センターです!」
「真美さんたちの荷物が届いたみたいだ」
玄関ドアを貫通して聞こえた引越屋さんの声に、みんなが次々ソファーから立ち上がり、玄関へ向かう。
一人リビングに残った私は――リアルに頭を抱えた!
だってだって! 新しいお母さんができるってだけでもドキドキだったのに、姉と妹までできちゃった! しかも吸血鬼と雪女って!
これってラッキー? それともアンラッキー?
――うん、そうだね。ラッキーに決まってる。
だって小さなころからずっと欲しかった、きょうだいだよ。
絶対に私には手に入れられないものだと思っていた、きょうだいなんだよ。
だから、吸血鬼だろうが雪女だろうが関係ない。
不安がないといったら嘘になるけど、ワクワクする気持ちもどんどん大きくなってきてる。
「ローザお姉ちゃん、氷雨ちゃん」
つぶやいてみたら、にやっとしちゃった。
時間はかかるかもだけど、絶対に打ち解けて、最高の家族かつ仲良し姉妹になってやる!
**
真美さんたち親子がうちに越してきた翌日、月曜日の朝。
「いってきまーす」
私は少しだけよそいきの声で言い、玄関を出る。
氷雨さんローザさんは手続きの関係で、学校へは明日から通うことになるそうだから、一人で。
梅雨前の湿った空気が少しだけ重たい気がするけど、涼しい朝だ。
お父さんとローザさんには、今日はまだ会えていない。
お父さんは朝早く出勤しちゃって、ローザさんはまだ寝ていたから。
氷雨さんとは朝ごはんの時に顔を合わせたけど、「おはよう」と挨拶を交わしただけ。
氷雨さんは真美さんと私の会話にまじることなく、冷房がよく当たる場所で、無言無表情でトーストをかじっていた。
理由は分からないけど、私は氷雨さんに嫌われているぽい、かも。
でも、あくまで『かも』だし!
学校から帰ったらローザさん氷雨さんと、話せるといいな。
仲良くなりたいし、事前に学校のことや地域のことは知っておいた方が、二人のためにもいいと思うし。
「心晴、おはー!」
アレコレ考えながら通学路を歩いていると、聞き慣れた声が後ろから飛んできた。
小走りで右横に並び、私の背中を叩いたのは花咲陽太。
陽太は同級生かつクラスメイトで、幼なじみ。
名前の通り陽気でコミュ強で、髪は明るいオレンジ色。
勉強は苦手だけど、運動は得意。
友達は「イケメンだ」と言うけど、小さいころからの知り合いすぎて、そこらへんは私には判別がつかない。
「陽太、おはよ。早いね」
「まぁな。――ところでどうだった? 新しい『お母さん』」
「前にも言ったけど、真美さんはめっちゃいい人だから、心配ないよ」
「そっか。でもさ、何かあったりしねぇ?」
あ、陽太なりに心配してくれてるっぽい。
「うーん……姉妹ができた」
「その情報、オレ初耳なんだけど」
「お父さんのせいで、私も昨日会うまで知らなかったんだけど、真美さんには子供が二人いて――同い年の姉と妹ができた」
「同い年?!」
「姉のローザさんが四月生まれで、妹の氷雨さんが三月生まれなんだって」
「えっと、十一ヶ月差の姉妹か。何かすげぇな。てか心晴は九月生まれだから、中間子になるのかよ」
「うん。二人ともすっごく可愛いよ。男子全員、一目見たら即死するレベルで」
「ウケる、即死って!」
あひゃひゃと手を叩いて笑う陽太に、今度は私から話題をふった。
「陽太は昨日何してたの?」
「オレ? オレは心霊スポット巡りしてた」
うわー!
そうだった! 陽太って、オカルト研究部に所属してるオカルトマニアじゃん!
ローザさんと氷雨さんが吸血鬼で雪女なこと、知ったら絶対騒ぐから、絶対秘密にしなきゃ!
「おはよう、陽太と不知火さん」
絶対言わないぞ、と私が口を手でおおった時。
爽やかな声と同時に、黒髪長身の男子が私の左側に立った。
「おはようございます、泉宮生徒会長!」
現れたのは、我が要開中学校のアイドル的存在でもある、泉宮丞先輩だった。
「普通に『先輩』でいいってば」
「は、はいっ」
「よっ、丞! 今日もキラキラしてんなー」
「それはマズイ。陽太、サングラス持ってきなよ」
勉強も運動も学年トップの国宝級イケメンが、陽太へ軽口を叩き返す。
このやり取りから分かるように、陽太と泉宮先輩は仲がいい。
父親同士が友達だから、息子二人も小さいころからの友達らしい。
(泉宮先輩はニ年前、遠くの県から要開市へ引っ越してきたんだ。だから私はニ年前、陽太から泉宮先輩を「オレの友達」と紹介されただけなので、先輩と親しくはない)
「不知火さん、少し顔色悪くない? また陽太に心霊スポットに連れていかれたりした? お祓いしようか?」
大丈夫? と顔をのぞきこんでくる泉宮先輩に、私は「うわー! そうだった!」と、心の中で本日二回目の叫び声をあげた。
「夜更かししちゃっただけなので、心配無用ですっ」
「そう? 陽太が何かしでかしたら言ってね」
泉宮先輩は柔らかく微笑むと、私の顔をのぞきこむのをやめて前を向いた。
昔泉宮先輩を紹介された後、陽太から「みんなには内緒な」と、声をひそめて教えてもらったことがある。
泉宮家は神職の血筋で、泉宮先輩は退魔師をしている――と。
今さっきまで、「よく分からないけど、お祓いできるのすごい。幽霊とか見えるのかな?」程度にしか思ってなかったけど……吸血鬼の姉と雪女の妹ができた現在、泉宮先輩は危険だ。
姉妹は『魔』寄りの存在だと思うから、正体がバレたら、退魔されて殺されちゃう可能性大!
「はい。ありが――」
「おはようございますですわー!」
私が冷や汗をかきながらお礼を言い終わるより早く、万里小路姫華さんが私と泉宮先輩の間に、回転しながら割り込んできた。
ピンクのツインテールが見事な彼女は、お金持ちのお嬢様で、泉宮先輩ファンクラブの会長だ。
つまり、泉宮先輩に近づく輩(特に女子)には厳しい。
「丞様、本日もまことにお美しいですわ! 姫華、朝から心が浄化されております!」
万里小路さんは声高らかに泉宮先輩をたたえた後、半回転してゴミを見るような目で私を見る。
「不知火さん、どういったご要件で丞様とお話ししていらして?」
うひぃ、泉宮先輩ガチ恋過激派怖い!
陽太つながりで、泉宮先輩に時々話しかけらけられるから、万里小路さんに私は要注意人物とされているぽいんだよね……。
「私はただ陽太と話してただけで――」
「僕と陽太は親友だからね」
「そーそー。だからさ、万里小路さん。朝からピリピリすんのやめて笑おうぜ。な?」
言いよどむ私のフォローを、陽太と泉宮先輩がしてくれる。
実は私もひそかに、泉宮先輩ってステキだなと思っている。
でも泉宮先輩の恋人になりたいとか、身の程知らずなことは思っていないんだから、先輩に近づく害虫みたいな扱いをしないで欲しい。
「まぁいいですわ。姫華が丞様をお守りいたしますもの」
万里小路さんはフンッと鼻を鳴らすと、くるんと一回転半して泉宮先輩へと向き直り、ワントーン高い声でしゃべる。
「ねぇ丞様、ご存知かしら?」
私がちらりと後ろを見ると、少し離れたところに万里小路さんの執事が、彼女のカバンを持ってついて来ている。大変だな、執事さん。
「町外れに大きな空き家がございますでしょう? あそこの買い手がついたそうですの」
へー、そうなんだ。
地域の情報に詳しいんだな、万里小路さん。
親御さんが手広く仕事をやってると、そういう情報も自然と集まってくるものなのかな?
「そういえば不知火さん」
横目で万里小路さんが私を見る。
「あなたに新しくできた姉妹、明日からうちの中学に通うそうね」
「あ、はい」
うおっ、我が家の事情ももう知ってるの?!
私がおどろいていると、隣で陽太が「そーなんだよ」と、さっき私が話した姉妹の情報を二人に話しだした。
どうせ明日になれば本人たちが登校するから、みんなが知ることだけど――万里小路さんの情報網、怖すぎない?!
姉妹が吸血鬼で雪女だって情報も、そのうち知られちゃったりして?
そしたらそれを、退魔師でもある泉宮先輩に話しちゃったり?
マズイ。それはすっごくマズイ。
せっかくできた姉と妹が、泉宮先輩に退魔されちゃうなんて嫌ーーーー!!
オカルトマニアに、情報通に、退魔師。
ローザさんと氷雨さんの正体、絶対にこの三人にバレないようにしなきゃ!



