あの日、止まったままの時計

結衣が去ってから、一週間が過ぎた。
直人は会社を休み、結衣の実家、友人、学生時代の知人に至るまで、なりふり構わず連絡を取り続けた。だが、誰ひとりとして彼女の行方を知る者はいない。

「……どうしてだよ。あんなに幸せだったのに」

ひとりきりの部屋は、広すぎて息が詰まる。
洗面台にはまだ、彼女の桃色の歯ブラシが残されている。
クローゼットの奥では、彼女が愛用していたバニラの香水の匂いがかすかに漂っていた。

そのすべてが、いまの直人には鋭い刃となって胸を抉る。

一方、結衣は――
地元の友人の助けを借り、都内から遠く離れた街の小さなアパートに身を寄せていた。
スマホの番号を変え、SNSもすべて削除した。
直人の声を聞けば、顔を見れば、あの「裏切りの光景」を許してしまいそうで――それが何より怖かった。

(信じていたのは、私だけだった)

夜、ひとりでコンビニ弁当を口に運ぶうち、ふいに涙が溢れ落ちる。
テレビから流れるラブソングも、街ですれ違う幸せそうなカップルも、すべてが毒のように心を蝕んでいった。

結衣は決めた。
もう、誰も信じない。恋なんて、二度としない。
彼女は派遣会社に登録し、ただ生活のためだけに、感情を殺して働き始める。

その頃、直人のもとに姉・沙織から一本の電話が入る。
手術のため渡米する直前の、慌ただしい連絡だった。

『直人、結衣さんにはちゃんと渡せたの? あの指輪』

明るい声が、かえって胸を締めつける。
あの日、姉と並んで選んだ指輪――
「彼女、絶対に喜ぶわよ」と背中を押してくれた時間。

「……ああ。喜んでくれたよ。今は、ちょっと旅行に行ってるんだ」

直人は、精一杯の嘘をついた。
命懸けの手術に向かう姉に、自分の不幸を背負わせるわけにはいかなかった。

通話を切ると、直人はデスクの奥に指輪を放り込み、鍵をかける。

「愛なんて……信じるから傷つくんだ」

その瞬間、直人の瞳から光が消えた。
以来、彼は取り憑かれたように仕事へ没頭し始める。
部下に妥協を許さず、私情を排した「冷徹なマネージャー」へと変わっていった。
それだけが、結衣を失った空白を埋める唯一の術だった。

こうして二人の物語は、交わることのない平行線のまま――
ただ、残酷な月日だけが静かに流れていく。