「帰ってください。今の私には――守ってくれる人が、他にいますから」
結衣は隣に立つ蓮の腕を引き寄せ、直人から視線を逸らした。
直人の差し出したUSBメモリが、宙に浮いたままわずかに震える。
彼は自嘲めいた笑みを浮かべ、力なくそれをテーブルへ置いた。
「……そうか。蓮さん。彼女を、頼みます。……それだけは、本気なんだ」
それ以上、何も言わず。
直人は雨の降り始めた街へ、背を向けて歩き出した。
かつて堂々としていた背中とは違う――
どこか小さく、痛々しいその姿に、結衣の胸が一瞬締めつけられる。
けれど、その感情を必死に「憎しみ」の箱へ押し込み、蓋を閉じた。
***
それから数週間――
結衣の周囲で、不可解な出来事が続き始めた。
ルミナスのプロジェクトを妨害していた梨乃の父の会社が、
相次ぐ内部告発により倒産へと追い込まれた。
さらに、結衣に着せられていた「情報漏洩」の汚名を覆す記事が、
業界紙のトップを飾る。
「誰が……こんなことを?」
首をかしげる蓮の横で、結衣はハッとする。
記事に引用されたデータ。
告発の組み立て方。
徹底した証拠の積み上げ――
それは、直人がかつて得意としていた
「一切の妥協を許さない仕事の進め方」そのものだった。
――直人は名を明かさず
フリーの技術者として、闇の中から結衣の未来を切り開き続けていたのだ。
***
ある夜。
仕事帰り、ルミナスの入るビルの前で、警備員ともめている男がいた。
「だから、この資料を代表に渡してくれればいいんだ。
俺の名前は、出さなくていい……」
土砂降りの雨の中、ボロボロの作業着。
頬はこけ、指先は冷たく震えている――
直人だった。
彼は今、日払いの警備や肉体労働で身を削りながら、
夜は無償でルミナスの防御システムを組み、
危険を察知するたびに――自ら持ち込んでいた。
「……何してるの、なおくん」
三年ぶりに零れ落ちた、その呼び名。
直人は驚いて振り返る。
顔はひどく青白く、熱に浮かされたように視線が定まらない。
「結衣……。いや、これは……ただ……」
「どうして――ここまでボロボロになるまで……!
私を裏切って、捨てたのは……あなたでしょう……!」
雨の中、声が震える。
直人は、かすかな微笑みを浮かべ、壁にもたれながらズルズルと崩れ落ちた。
「……捨ててない。
あの日――お前が消えた夜から、俺の心は一秒も離れたことはなかった。
……でも、守り方を――間違えたんだ」
息が途切れる。
「……ごめん、結衣。
お前の幸せの中に、俺は――いなくていい。
でも……お前の幸せを壊すものだけは……全部、俺が消したかった……」
直人の体がゆっくりと傾き、結衣の胸へ倒れ込む。
抱きとめた身体は――驚くほど熱く、そして痩せ細っていた。
「なおくん! しっかりして!」
結衣の手が、直人のポケットに触れる。
雨に滑り落ちたのは――
あの、プラチナの指輪。
幾度となく泥にまみれ、それでも
直人が磨き続け、大切に抱きしめてきた――止まらない誓いの証。
雨の中でも、その輝きだけは消えていなかった。
――結衣は、悟ってしまった。
あの日、会議室で放たれた冷酷な言葉は――
彼にとって、
自分自身を切り裂くほどの痛みだったのだと。
そして
その痛みを抱えたまま、
ずっと――自分を守ろうとしていたのだと。
結衣は隣に立つ蓮の腕を引き寄せ、直人から視線を逸らした。
直人の差し出したUSBメモリが、宙に浮いたままわずかに震える。
彼は自嘲めいた笑みを浮かべ、力なくそれをテーブルへ置いた。
「……そうか。蓮さん。彼女を、頼みます。……それだけは、本気なんだ」
それ以上、何も言わず。
直人は雨の降り始めた街へ、背を向けて歩き出した。
かつて堂々としていた背中とは違う――
どこか小さく、痛々しいその姿に、結衣の胸が一瞬締めつけられる。
けれど、その感情を必死に「憎しみ」の箱へ押し込み、蓋を閉じた。
***
それから数週間――
結衣の周囲で、不可解な出来事が続き始めた。
ルミナスのプロジェクトを妨害していた梨乃の父の会社が、
相次ぐ内部告発により倒産へと追い込まれた。
さらに、結衣に着せられていた「情報漏洩」の汚名を覆す記事が、
業界紙のトップを飾る。
「誰が……こんなことを?」
首をかしげる蓮の横で、結衣はハッとする。
記事に引用されたデータ。
告発の組み立て方。
徹底した証拠の積み上げ――
それは、直人がかつて得意としていた
「一切の妥協を許さない仕事の進め方」そのものだった。
――直人は名を明かさず
フリーの技術者として、闇の中から結衣の未来を切り開き続けていたのだ。
***
ある夜。
仕事帰り、ルミナスの入るビルの前で、警備員ともめている男がいた。
「だから、この資料を代表に渡してくれればいいんだ。
俺の名前は、出さなくていい……」
土砂降りの雨の中、ボロボロの作業着。
頬はこけ、指先は冷たく震えている――
直人だった。
彼は今、日払いの警備や肉体労働で身を削りながら、
夜は無償でルミナスの防御システムを組み、
危険を察知するたびに――自ら持ち込んでいた。
「……何してるの、なおくん」
三年ぶりに零れ落ちた、その呼び名。
直人は驚いて振り返る。
顔はひどく青白く、熱に浮かされたように視線が定まらない。
「結衣……。いや、これは……ただ……」
「どうして――ここまでボロボロになるまで……!
私を裏切って、捨てたのは……あなたでしょう……!」
雨の中、声が震える。
直人は、かすかな微笑みを浮かべ、壁にもたれながらズルズルと崩れ落ちた。
「……捨ててない。
あの日――お前が消えた夜から、俺の心は一秒も離れたことはなかった。
……でも、守り方を――間違えたんだ」
息が途切れる。
「……ごめん、結衣。
お前の幸せの中に、俺は――いなくていい。
でも……お前の幸せを壊すものだけは……全部、俺が消したかった……」
直人の体がゆっくりと傾き、結衣の胸へ倒れ込む。
抱きとめた身体は――驚くほど熱く、そして痩せ細っていた。
「なおくん! しっかりして!」
結衣の手が、直人のポケットに触れる。
雨に滑り落ちたのは――
あの、プラチナの指輪。
幾度となく泥にまみれ、それでも
直人が磨き続け、大切に抱きしめてきた――止まらない誓いの証。
雨の中でも、その輝きだけは消えていなかった。
――結衣は、悟ってしまった。
あの日、会議室で放たれた冷酷な言葉は――
彼にとって、
自分自身を切り裂くほどの痛みだったのだと。
そして
その痛みを抱えたまま、
ずっと――自分を守ろうとしていたのだと。

