「あ、先生、何て言ってた?」
「え?ああ……進路、ちゃんと考えてねって」
「それだけ?」
「うん」
嘘はついていない。でも、本当のことも言っていない。
緑は「そっか」と笑って、自分の席へ戻っていった。
その背中を見送りながら椅子に座る。
隣の席は、まだ空いていた。
晴海はまだ職員室にいる。何となく、その空っぽの椅子を見つめてしまう。
「ただいまー」
数分後、教室の後ろから明るい声が聞こえた。振り向かなくても分かる。晴海だ。
「長かったな」
「先生、話なげーの」
男子たちと笑いながら席へ向かってくる。その横顔は、いつも通り。
私がさっき話を聞いてしまったことも、県外へ行くという事実に一人で動揺していることも、何一つ知らないまま、いつもと同じように隣へ座る。
「夏井」
名前を呼ばれて、肩が小さく揺れた。
「ん?」
なるべく普通に返事をする。
「先生、何だった?」
私は一瞬だけ迷った。
「……進路のこと」
「そっか。やっぱその話か」
晴海はそう言って笑う。



