私は閉めかけた扉の前で、一瞬だけ動けなくなった。
盗み聞きをするつもりなんて、本当になかった。
ただ、先生の「第一志望」という言葉が耳に入った瞬間、どうしても足が前へ出なかった。
「はい。変わってません」
職員室の中から聞こえてきた晴海の声は、教室で話す時と変わらない穏やかな声だった。
「そうか」
先生が何か紙をめくる音がする。
「第一志望は……――大学だな」
大学名までは聞き取れなかった。
でも、その次の言葉だけは、はっきりと耳に届いた。
「県外になるけど、その気持ちは変わらないか?」
県外。その二文字だけが、胸の奥へゆっくり沈んでいく。
「はい。もし第一志望がだめでも、県外で考えてます。一人暮らしになるとは思いますけど」
時間が止まったような気がした。
一人暮らし。県外。卒業。
その全部が一本の線でつながってしまって、息が苦しくなった。
先生は「親御さんとは話してるのか」とか、「受験科目は大丈夫そうだな」とか、何か話していた。
でも、それ以上は耳に入ってこなかった。



