「……ストーカー、って……言いましたか……?」
優里の声は、遠くで鳴り始めたパトカーのサイレンに溶けるように、小さく震えていた。
肩を掴む拓真の手。
その体温が、今の優里にはひどく恐ろしい。
「課長……もう、やめてください」
冷えた声でそう告げると、優里はその手を振り払った。
見上げた瞳に浮かんでいたのは、迷いでも戸惑いでもない。
はっきりとした――拒絶。
「美優が……可哀想です」
淡々と、しかし確実に胸を抉る声音で。
「あなたに、あんなに執着されて。あの子は、純粋に……あなたを慕っているのに」
拓真の喉が、ひくりと鳴った。
「私を盾にして、自分の気持ちを正当化するなんて……最低です」
「待ってくれ、優里」
拓真は必死に首を振る。
「違う……! 美優ちゃんは、ただの幼馴染で……」
「嘘をつかないで!」
優里の声が、鋭く跳ねた。
「勝利さんも言っていました。あなたは、昔から私を疎ましく思っていたって」
ぎゅっと唇を噛みしめる。
「そうでしょう? あなたが私に意地悪をするのは……私が、あなたの“愛する世界”の邪魔者だから」
その瞬間、優里の脳裏に、過去の記憶が雪崩れ込む。
幼い頃、突然スカートをめくられたこと。
大切にしていたリボンを、「似合わない」と捨てられたこと。
美優には向けられる優しい笑顔が、自分には一度も向けられなかったこと。
すべてが、一本の線で繋がる。
――自分を排除し、美優だけを守るための攻撃。
「……あなたの顔なんて」
優里は視線を逸らした。
「もう、見たくありません」
「優里……」
拓真の声が、壊れそうに震える。
「そんな目で俺を見るな……」
24年間。
彼女の視線を欲し、反応を求め、間違った方法でしか近づけなかった。
「好きだ」と言えなかった臆病さが、
歪んだ言葉となり、行動となり、
ついに彼女の心に“嫌悪”を刻み込んだ。
その時だった。
「優里さん!」
玄関の方から、切迫した声が響く。
「こちらへ! 警察も、もうすぐ来ます!」
勝利が、荒い息のまま立っていた。
「勝利さん……」
優里は一瞬だけ拓真を見て、そして――迷わず背を向けた。
「……行くな」
拓真の声は、床を這うように低かった。
「行かないでくれ、優里……」
だが、その懇願は、
「大丈夫ですよ。もう安心です」
という勝利の穏やかな声に、あっさりと掻き消される。
肩を抱かれ、ヴィラを出ていく優里。
彼女は、一度も振り返らなかった。
まるで、
片桐拓真という存在を、人生から消し去るかのように。
白亜のリビングに、取り残される。
拓真は、その場に崩れ落ち、自嘲気味に笑った。
「……自業自得、だな」
だが――
その瞳の奥の光は、まだ消えていなかった。
どん底に落ちたヘタレが、
初めて“なりふり構わない存在”へと変わる瞬間。
(……嫌われてもいい)
(軽蔑されてもいい)
(でも――他の男に渡すことだけは……)
拓真は、懐からスマートフォンを取り出す。
今まで、一度も頼らなかった番号。
実家――片桐グループの影。
「……俺だ。拓真だ」
低く、決意を込めて。
「手を貸せ。……手段は選ばない」
一拍置いて。
「獲物は、西園寺銀行の次男だ」
神系イケメンの顔が、
甘さをすべて捨て去った、深く暗い執念に染まっていった。
優里の声は、遠くで鳴り始めたパトカーのサイレンに溶けるように、小さく震えていた。
肩を掴む拓真の手。
その体温が、今の優里にはひどく恐ろしい。
「課長……もう、やめてください」
冷えた声でそう告げると、優里はその手を振り払った。
見上げた瞳に浮かんでいたのは、迷いでも戸惑いでもない。
はっきりとした――拒絶。
「美優が……可哀想です」
淡々と、しかし確実に胸を抉る声音で。
「あなたに、あんなに執着されて。あの子は、純粋に……あなたを慕っているのに」
拓真の喉が、ひくりと鳴った。
「私を盾にして、自分の気持ちを正当化するなんて……最低です」
「待ってくれ、優里」
拓真は必死に首を振る。
「違う……! 美優ちゃんは、ただの幼馴染で……」
「嘘をつかないで!」
優里の声が、鋭く跳ねた。
「勝利さんも言っていました。あなたは、昔から私を疎ましく思っていたって」
ぎゅっと唇を噛みしめる。
「そうでしょう? あなたが私に意地悪をするのは……私が、あなたの“愛する世界”の邪魔者だから」
その瞬間、優里の脳裏に、過去の記憶が雪崩れ込む。
幼い頃、突然スカートをめくられたこと。
大切にしていたリボンを、「似合わない」と捨てられたこと。
美優には向けられる優しい笑顔が、自分には一度も向けられなかったこと。
すべてが、一本の線で繋がる。
――自分を排除し、美優だけを守るための攻撃。
「……あなたの顔なんて」
優里は視線を逸らした。
「もう、見たくありません」
「優里……」
拓真の声が、壊れそうに震える。
「そんな目で俺を見るな……」
24年間。
彼女の視線を欲し、反応を求め、間違った方法でしか近づけなかった。
「好きだ」と言えなかった臆病さが、
歪んだ言葉となり、行動となり、
ついに彼女の心に“嫌悪”を刻み込んだ。
その時だった。
「優里さん!」
玄関の方から、切迫した声が響く。
「こちらへ! 警察も、もうすぐ来ます!」
勝利が、荒い息のまま立っていた。
「勝利さん……」
優里は一瞬だけ拓真を見て、そして――迷わず背を向けた。
「……行くな」
拓真の声は、床を這うように低かった。
「行かないでくれ、優里……」
だが、その懇願は、
「大丈夫ですよ。もう安心です」
という勝利の穏やかな声に、あっさりと掻き消される。
肩を抱かれ、ヴィラを出ていく優里。
彼女は、一度も振り返らなかった。
まるで、
片桐拓真という存在を、人生から消し去るかのように。
白亜のリビングに、取り残される。
拓真は、その場に崩れ落ち、自嘲気味に笑った。
「……自業自得、だな」
だが――
その瞳の奥の光は、まだ消えていなかった。
どん底に落ちたヘタレが、
初めて“なりふり構わない存在”へと変わる瞬間。
(……嫌われてもいい)
(軽蔑されてもいい)
(でも――他の男に渡すことだけは……)
拓真は、懐からスマートフォンを取り出す。
今まで、一度も頼らなかった番号。
実家――片桐グループの影。
「……俺だ。拓真だ」
低く、決意を込めて。
「手を貸せ。……手段は選ばない」
一拍置いて。
「獲物は、西園寺銀行の次男だ」
神系イケメンの顔が、
甘さをすべて捨て去った、深く暗い執念に染まっていった。

