神系御曹司の初恋は難攻不落 〜「お前じゃない」と言われ続けて十余年〜

「……ストーカー、って……言いましたか……?」

優里の声は、遠くで鳴り始めたパトカーのサイレンに溶けるように、小さく震えていた。

肩を掴む拓真の手。
その体温が、今の優里にはひどく恐ろしい。

「課長……もう、やめてください」

冷えた声でそう告げると、優里はその手を振り払った。
見上げた瞳に浮かんでいたのは、迷いでも戸惑いでもない。

はっきりとした――拒絶。

「美優が……可哀想です」
淡々と、しかし確実に胸を抉る声音で。
「あなたに、あんなに執着されて。あの子は、純粋に……あなたを慕っているのに」

拓真の喉が、ひくりと鳴った。

「私を盾にして、自分の気持ちを正当化するなんて……最低です」

「待ってくれ、優里」
拓真は必死に首を振る。
「違う……! 美優ちゃんは、ただの幼馴染で……」

「嘘をつかないで!」

優里の声が、鋭く跳ねた。

「勝利さんも言っていました。あなたは、昔から私を疎ましく思っていたって」
ぎゅっと唇を噛みしめる。
「そうでしょう? あなたが私に意地悪をするのは……私が、あなたの“愛する世界”の邪魔者だから」

その瞬間、優里の脳裏に、過去の記憶が雪崩れ込む。

幼い頃、突然スカートをめくられたこと。
大切にしていたリボンを、「似合わない」と捨てられたこと。
美優には向けられる優しい笑顔が、自分には一度も向けられなかったこと。

すべてが、一本の線で繋がる。

――自分を排除し、美優だけを守るための攻撃。

「……あなたの顔なんて」
優里は視線を逸らした。
「もう、見たくありません」

「優里……」
拓真の声が、壊れそうに震える。
「そんな目で俺を見るな……」

24年間。
彼女の視線を欲し、反応を求め、間違った方法でしか近づけなかった。

「好きだ」と言えなかった臆病さが、
歪んだ言葉となり、行動となり、
ついに彼女の心に“嫌悪”を刻み込んだ。

その時だった。

「優里さん!」

玄関の方から、切迫した声が響く。

「こちらへ! 警察も、もうすぐ来ます!」

勝利が、荒い息のまま立っていた。

「勝利さん……」

優里は一瞬だけ拓真を見て、そして――迷わず背を向けた。

「……行くな」

拓真の声は、床を這うように低かった。

「行かないでくれ、優里……」

だが、その懇願は、
「大丈夫ですよ。もう安心です」
という勝利の穏やかな声に、あっさりと掻き消される。

肩を抱かれ、ヴィラを出ていく優里。

彼女は、一度も振り返らなかった。

まるで、
片桐拓真という存在を、人生から消し去るかのように。

白亜のリビングに、取り残される。

拓真は、その場に崩れ落ち、自嘲気味に笑った。

「……自業自得、だな」

だが――
その瞳の奥の光は、まだ消えていなかった。

どん底に落ちたヘタレが、
初めて“なりふり構わない存在”へと変わる瞬間。

(……嫌われてもいい)
(軽蔑されてもいい)
(でも――他の男に渡すことだけは……)

拓真は、懐からスマートフォンを取り出す。

今まで、一度も頼らなかった番号。

実家――片桐グループの影。

「……俺だ。拓真だ」
低く、決意を込めて。
「手を貸せ。……手段は選ばない」

一拍置いて。

「獲物は、西園寺銀行の次男だ」

神系イケメンの顔が、
甘さをすべて捨て去った、深く暗い執念に染まっていった。