神系御曹司の初恋は難攻不落 〜「お前じゃない」と言われ続けて十余年〜

お見合いの席で起きた、あの「不審な男(拓真)」の騒動。
優里は内心ひどく気まずさを覚えていたが、対する西園寺勝利は驚くほど落ち着いていた。

食後のコーヒーが運ばれ、周囲のざわめきが少し落ち着いた頃。
勝利はカップを置き、まっすぐに優里の瞳を見つめて言った。

「優里さん。実は……今日お会いして、確信しました」

「……確信、ですか?」

「ええ。あなたのように控えめで、でも自分の中に静かな強さを持っている女性こそ、私がずっと探していた人だと」

あまりに真っ直ぐな言葉に、優里は息を詰めた。

「もしよろしければ」
勝利は少しだけ緊張したように指を組む。
「来週の日曜日、改めてデートしていただけませんか。横浜に、新しくオープンした美術館があるんです」

一拍置いて、柔らかく微笑む。

「……無理にとは言いません。ですが、あなたと、もう少しお話ししたい」

穏やかで、誠実で、逃げ場を与えてくれる誘い。

優里の胸が、戸惑いと同時に、かすかに温かくなる。
“選ばれない側”として生きてきた自分に、ここまで迷いなく向けられる好意は初めてだった。

「あ……はい」
小さく、けれど確かな声で。
「私で、よろしければ……」

その瞬間。

――グシャッ!!

背後の席から、妙に生々しい音が響いた。
振り返ると、例の不審な男が、手にしていた高級ナプキンを怪力で握り潰している。

(……横浜!? 美術館!?)

拓真のサングラスの奥で、理性が音を立てて切れた。

(俺ですら、まだ優里と近所の公園止まりなのに……いきなり横浜だと……!?)



翌週、月曜日。

庶務課で郵便物を仕分けていると、内線電話が鳴った。

「はい、庶務係の桜田です」

『……俺だ。今すぐ、課長室に来い』

低く、切羽詰まった声。
優里は小さく溜め息をつき、受話器を置いた。

(昨日のことには触れない。それが、大人の暗黙の了解よね……)

だが、課長室に足を踏み入れた瞬間、その考えは粉砕された。

「来週の日曜日は空けておけ!!」

バァン!
拓真がデスクを叩いて立ち上がる。

「……はい?」
優里は目を瞬かせた。
「日曜日、ですか? 休日に研修なんて、聞いたことが……」

「今、決めた!」
被せるように言い切る。
「これは――そう、『次世代リーダー育成のための庶務・営業合同フィールドワーク』だ!」

「……はぁ」

「講師は俺! 参加者は――お前一人!!」

あまりにも強引で、無理のある企画名。
優里は完全に言葉を失った。

「申し訳ありませんが、課長。その日は先約が……」

「西園寺か!?」
即座に反応。
「あの“敗北”男と横浜に行くつもりか!?」

「なっ……!」
優里は息を呑んだ。
「やっぱり、昨日の不審者は課長だったんですね!?」

もはや隠す気もなく、拓真はさらに身を乗り出す。

「いいか、優里。これは業務だ」
必死な目で。
「会社の命運がかかっていると言ってもいい。美術館なんて実利のない場所に行ってる暇はない!」

「実利……」

「研修場所は海だ! 山だ!」
意味不明な方向に手を振る。
「とにかく! 俺が指定する場所に、朝八時集合だ!!」

(翻訳:お願いだ優里、アイツと行かないでくれ。俺だけを見てくれ)

「……課長」
優里は唇を噛んだ。
「公私混同が過ぎます。美優に言われたからって、そこまで……」

「美優ちゃんは関係ない!!」

拓真の声が、部屋に響く。

「これは……俺とお前の問題だ!!」

あまりにも切実な叫びに、優里は言葉を失った。

だが、その真意を――
彼女は、こう受け取ってしまう。

(仕事ができない私への、個人的な制裁……)

「……分かりました」
優里は静かに頭を下げた。
「業務命令なら、従います。勝利さんには……お断りの連絡を入れます」

そう言い残し、部屋を出ていく。

ドアが閉まった瞬間、拓真は床に膝をついた。

「……勝った……」
かすれた声。
「いや……最低だ、俺」

職権乱用。
強引な妨害。

「でも……行かせたくない」
額を床につける。
「アイツに、優里の笑顔を見せたくないんだ……」

神系イケメンの仮面の下で、
後悔と執着が、ぐちゃぐちゃに絡み合っていた。

こうして――
日曜日。

「研修」という名の、
**あまりにも不器用な初デート(仮)**が、幕を開けることになる。