ついに――お見合いの日がやってきた。
都内でも指折りの一流ホテル。
天井の高いフレンチレストランには、柔らかな照明と静かなクラシックが流れ、非日常の空気が満ちている。
優里は、母が選んでくれた淡いブルーのワンピースに身を包み、背筋を伸ばして椅子に座っていた。
緊張で、膝がわずかに震えている。
(大丈夫……失礼のないように、ちゃんと……)
「初めまして。桜田優里さん」
向かいに座る青年が、穏やかに頭を下げた。
「西園寺勝利と申します。本日は、お時間をいただきありがとうございます」
銀縁の眼鏡の奥の瞳は、柔らかく澄んでいる。
優里が苦手としてきた“自信を振りかざす感じ”が、微塵もない。
「は、初めまして……桜田です。こちらこそ、ありがとうございます」
声が少し裏返ってしまった。
勝利はそれに気づいたのか、ふっと口元を緩める。
「そんなに緊張なさらなくて大丈夫ですよ」
穏やかな声。
「実は僕も、かなり緊張していまして」
「……え?」
「こういう席は、どうにも慣れなくて」
照れたように微笑む。
「でも……お会いできて、本当に良かった」
その視線が、まっすぐ優里を捉える。
「お写真で拝見した時より、ずっと落ち着いた雰囲気で……」
少し間を置いて、
「とても、素敵な方ですね」
(……素敵?)
胸の奥が、きゅっと鳴った。
妹に向けられる称賛とは違う。
“比べられない”“代用品じゃない”、
自分だけに向けられた言葉。
頬が、熱を帯びる。
「ありがとうございます……そんなふうに言っていただいたの、初めてで……」
勝利は驚いたように目を瞬かせ、それから静かに首を振った。
「それは……もったいないですね」
優しく。
「ご自分のこと、もっと大切にしていいと思います」
その言葉に、優里の胸のこわばりが、少しずつほどけていく――
その時だった。
「……ッ、ゴホッ! ゴホゴホッ!!」
やけに大きな咳払いが、斜め後ろから響いた。
優里が思わず振り返る。
そこにいたのは――
明らかに“場違い”な存在。
深く被ったハンチング帽。
大きなサングラス。
季節外れのストールで、顔の半分を覆っている。
……が。
その隠しきれない整いすぎた輪郭と、無駄に仕立てのいいスーツ。
(……え……?)
心臓が、跳ねた。
(拓真さん……!?)
「優里さん?」
勝利が心配そうに声をかける。
「どうかされましたか?」
「い、いえ……」
慌てて笑顔を作る。
「素敵なお店だなと思って」
「ええ。実はここ、私の親戚が経営に関わっていまして」
勝利は自然に話を続けた。
「……あちらの席の方、少しお具合が悪そうですね」
拓真(完全変装中)は、その視線に気づくと、
秒速でメニュー表を掲げ、顔を隠した。
メニュー表が――微妙に震えている。
(……今、優里のこと“素敵”って言ったよな!?)
(言ったよな!? 言いやがったな西園寺ぇぇ!!)
(それ、俺が人生で一番言いたかったセリフなんだが!?)
サングラスの奥で、拓真の嫉妬は限界突破していた。
「では、お食事を始めましょうか」
勝利が微笑み、スプーンを差し出す。
「ここのコンソメスープ、とても優しい味で……」
その瞬間。
焦った拓真が、袖でグラスを引っ掛けた。
ガチャン!!
派手な音。
水がテーブルに広がる。
店内の視線が、一斉に集まった。
「……っ!」
優里は思わず立ち上がりかけたが、
拓真は必死に片手で――**「来るな」**のジェスチャー。
(来るな優里!! 見るな!!)
(今の俺は、人生で一番ダサい!!)
(でも……アイツに笑うのは、もっとやめろぉぉ!!)
「……し、失礼しました……」
裏返った声で呟き、再びメニューの裏へ。
その様子を見つめながら、
優里の胸に、静かな疑念が生まれる。
(……どうして、あんなに必死なの?)
(もしかして……美優に頼まれた?
『お姉ちゃんに変な虫がつかないように』って……)
胸が、少し冷える。
(……やっぱり、理由はいつも美優なんだ)
「優里さん?」
勝利の声が、優里を現実に引き戻す。
「……すみません。少し、考え事を」
「大丈夫ですよ」
勝利は穏やかに微笑んだ。
「急ぎません。ゆっくり、お話ししましょう」
その優しさが、今の優里には――
どこか、遠く感じられた。
すぐ背後で、
必死に存在を消そうとしながら、
どうしようもなく執着を放っている“天敵”の気配のせいで。
一方――
(こうなったら……給仕に化けて……)
(いや、激辛は優里に嫌われる……)
(くっ、神よ! 俺に正解ルートを!!)
拓真はメニューの裏で、
完全に迷走していた。
「神系イケメン」のプライドは、すでに原形を留めていない。
二人の初お見合いは、
一人の不審すぎる御曹司によって、
混沼のラブコメ地獄へと引きずり込まれていくのだった。
都内でも指折りの一流ホテル。
天井の高いフレンチレストランには、柔らかな照明と静かなクラシックが流れ、非日常の空気が満ちている。
優里は、母が選んでくれた淡いブルーのワンピースに身を包み、背筋を伸ばして椅子に座っていた。
緊張で、膝がわずかに震えている。
(大丈夫……失礼のないように、ちゃんと……)
「初めまして。桜田優里さん」
向かいに座る青年が、穏やかに頭を下げた。
「西園寺勝利と申します。本日は、お時間をいただきありがとうございます」
銀縁の眼鏡の奥の瞳は、柔らかく澄んでいる。
優里が苦手としてきた“自信を振りかざす感じ”が、微塵もない。
「は、初めまして……桜田です。こちらこそ、ありがとうございます」
声が少し裏返ってしまった。
勝利はそれに気づいたのか、ふっと口元を緩める。
「そんなに緊張なさらなくて大丈夫ですよ」
穏やかな声。
「実は僕も、かなり緊張していまして」
「……え?」
「こういう席は、どうにも慣れなくて」
照れたように微笑む。
「でも……お会いできて、本当に良かった」
その視線が、まっすぐ優里を捉える。
「お写真で拝見した時より、ずっと落ち着いた雰囲気で……」
少し間を置いて、
「とても、素敵な方ですね」
(……素敵?)
胸の奥が、きゅっと鳴った。
妹に向けられる称賛とは違う。
“比べられない”“代用品じゃない”、
自分だけに向けられた言葉。
頬が、熱を帯びる。
「ありがとうございます……そんなふうに言っていただいたの、初めてで……」
勝利は驚いたように目を瞬かせ、それから静かに首を振った。
「それは……もったいないですね」
優しく。
「ご自分のこと、もっと大切にしていいと思います」
その言葉に、優里の胸のこわばりが、少しずつほどけていく――
その時だった。
「……ッ、ゴホッ! ゴホゴホッ!!」
やけに大きな咳払いが、斜め後ろから響いた。
優里が思わず振り返る。
そこにいたのは――
明らかに“場違い”な存在。
深く被ったハンチング帽。
大きなサングラス。
季節外れのストールで、顔の半分を覆っている。
……が。
その隠しきれない整いすぎた輪郭と、無駄に仕立てのいいスーツ。
(……え……?)
心臓が、跳ねた。
(拓真さん……!?)
「優里さん?」
勝利が心配そうに声をかける。
「どうかされましたか?」
「い、いえ……」
慌てて笑顔を作る。
「素敵なお店だなと思って」
「ええ。実はここ、私の親戚が経営に関わっていまして」
勝利は自然に話を続けた。
「……あちらの席の方、少しお具合が悪そうですね」
拓真(完全変装中)は、その視線に気づくと、
秒速でメニュー表を掲げ、顔を隠した。
メニュー表が――微妙に震えている。
(……今、優里のこと“素敵”って言ったよな!?)
(言ったよな!? 言いやがったな西園寺ぇぇ!!)
(それ、俺が人生で一番言いたかったセリフなんだが!?)
サングラスの奥で、拓真の嫉妬は限界突破していた。
「では、お食事を始めましょうか」
勝利が微笑み、スプーンを差し出す。
「ここのコンソメスープ、とても優しい味で……」
その瞬間。
焦った拓真が、袖でグラスを引っ掛けた。
ガチャン!!
派手な音。
水がテーブルに広がる。
店内の視線が、一斉に集まった。
「……っ!」
優里は思わず立ち上がりかけたが、
拓真は必死に片手で――**「来るな」**のジェスチャー。
(来るな優里!! 見るな!!)
(今の俺は、人生で一番ダサい!!)
(でも……アイツに笑うのは、もっとやめろぉぉ!!)
「……し、失礼しました……」
裏返った声で呟き、再びメニューの裏へ。
その様子を見つめながら、
優里の胸に、静かな疑念が生まれる。
(……どうして、あんなに必死なの?)
(もしかして……美優に頼まれた?
『お姉ちゃんに変な虫がつかないように』って……)
胸が、少し冷える。
(……やっぱり、理由はいつも美優なんだ)
「優里さん?」
勝利の声が、優里を現実に引き戻す。
「……すみません。少し、考え事を」
「大丈夫ですよ」
勝利は穏やかに微笑んだ。
「急ぎません。ゆっくり、お話ししましょう」
その優しさが、今の優里には――
どこか、遠く感じられた。
すぐ背後で、
必死に存在を消そうとしながら、
どうしようもなく執着を放っている“天敵”の気配のせいで。
一方――
(こうなったら……給仕に化けて……)
(いや、激辛は優里に嫌われる……)
(くっ、神よ! 俺に正解ルートを!!)
拓真はメニューの裏で、
完全に迷走していた。
「神系イケメン」のプライドは、すでに原形を留めていない。
二人の初お見合いは、
一人の不審すぎる御曹司によって、
混沼のラブコメ地獄へと引きずり込まれていくのだった。

