神系御曹司の初恋は難攻不落 〜「お前じゃない」と言われ続けて十余年〜

ヴィラでの襲撃事件から一夜。
拓真は、これ以上優里を危険にさらさないため、彼女を本邸の最奥――通称「奥の院」へと移した。

そこは、彼が幼少期から過ごしてきた、誰にも触れさせない私的空間だった。

だが、そこで優里は、想像を遥かに超える真実を目にする。

「……美優? 何をしてるの」

離れの広間で、優里は立ち尽くした。
拓真に内緒で「掃除」と称して侵入していた美優が、壁一面の巨大な収納棚を全開にしていたのだ。

「あ、お姉ちゃん! ちょうどよかった!」

無邪気な声。

「見てこれ! 拓真さんの“秘密のコレクション”!」

棚に並ぶのは、気の遠くなるほどのアルバムと、無数の小箱。

震える手で一冊を開く。

――三歳。泥団子を壊して泣く優里。
――七歳。リボンを失くして呆然とする優里。
――十五歳。雨に濡れ、部活帰りに走る優里。

「……これ、全部……私……?」

小箱の中には、捨てたはずのテストの答案、折れた鉛筆、落としたキーホルダー。
どれも、宝石のように丁寧に保管されていた。

「まだあるよ!」

美優は楽しそうに続ける。

「この部屋のPC、ぜーんぶ“優里フォルダ”。
献立案とか、お姉ちゃんが『美味しい』って言ったお店のリストとか、びっしり!」

ケラケラと笑いながら。

「拓真さんね、お姉ちゃんが好きすぎて、もはや神域。
私なんて、情報を横流しする“窓口”だっただけなんだから」

「……見られたか」

背後から、低く、冷えた声。

振り向くと、拓真が立っていた。
顔は蒼白で、秘密を暴かれた罪人のように肩が震えている。

(――終わった。
 気味が悪いだろう。
 軽蔑される。
 二十四年分の歪んだ愛が、彼女を壊した)

「……課長」

優里はアルバムを抱えたまま、声を絞り出す。

「これ……どういうことですか」

「……そのままだ」

拓真は、自嘲するように笑った。

「俺は狂ってる。
お前が美優を愛していると誤解していた間も、俺は……」

一歩、近づく。

「お前の抜け殻を拾って、影を追って、生きてきた」

優里の喉が鳴る。

「美優と仲良くしていたのは、お前の情報が欲しかったからだ。
偽装結婚を提案したのも……合法的に、お前をここに置いておくため」

視線を逸らす。

「……最低だろ」

(――愛してる。
 お前以外、何も要らない。
 怖いだろうな。でも、これが俺の全部だ)

だが、優里の思考は――止まった。

(……盾?
 妹のため?
 ……違う)

胸が、どくんと大きく鳴る。

(この人……二十四年間、ずっと……私だけを……?)

巨大すぎる想いを前に、
「嫌われている」という前提が、音を立てて崩れ落ちた。

「……じゃあ」

優里は、震える声で続ける。

「あの意地悪も、冷たい言葉も……?」

「……お前の気を引きたかった」

小さく、情けない声。

「……最悪だな」

その瞬間、優里は悟った。

目の前のこの男は――
神でも、独裁者でもない。

恋に振り回され、独占欲に溺れ、
二十四年間、空回りし続けた、世界一不器用で情けない男だと。

「……バカ」

「……え?」

優里は、アルバムを落とし、拓真の胸に飛び込んだ。

「二十四年もかけて……
こんな分かりにくいこと、しないでください……!」

「ゆ、優里……」

拓真の声が震える。

「気持ち悪くないのか?
軽蔑しないのか……?」

「……少し、キモいです」

正直な一言。

拓真の肩が落ちる。

「……だが」

優里は、彼の背中に腕を回した。

「こんなに一途な人、初めて見ました」

拓真の腕が、恐る恐る、優里を抱き返す。

「……離れたら、逃げるか?」

「……逃げません」

小さく、でもはっきり。

二十四年のすれ違いは、
“ストーカー部屋”という名の聖域で、ようやく真実に辿り着いた。

――もっとも。

背後で美優がスマホを構え、
門の外で勝利が重機を準備していることを、
二人はまだ知らない。